第12話 協力者

【事故から二日後、TTC(豊国テクニカルセンター)】


 昨日の取締役会で社長が代表取締役を解職され自宅謹慎を命じられた情報は朝からあっという間に豊国自動車社内を駆け巡った。

 雄二の上司、EV開発部の課長の武川にも社長の事は耳に入っていたが、彼はもっと理不尽な事態に納得が行かず憮然としていた。先程、浦山部長に雄二の自宅謹慎解除をお願いに行ったが『けんもほろろ』にあしらわれ、剰えこのまま彼は懲戒免職の可能性もあると告げられたのだ。

「くそっ浦山の野郎……。雄二の才能を知らないのか。彼を失う事は豊国自動車にとって計り知れない損失だぞ!」

 その声はフロア中に響き渡り、ふと武川が顔を上げると全員が自分の方を見ているのが分かった。武川は何でもないからと言って、頭を冷やす為、二八階のカフェテリアに向かった。

 武川はカウンターでラテを頼むと、カフェの窓側のテーブルに腰を降ろした。そこからは豊国市の全景が良く見える。遠くに豊国中央駅前に一昨日オープンした豊国市立図書館の建物も見えた。武川は図書館前の道で前会長のプライムが暴走したんだと複雑な想いでその建物を見つめていた。

 突然、武川のスマホが鳴った。それは雄二からの着信だった。

「雄二か? どうした大丈夫か? えっ? プライムの暴走……? うん? ADAS開発課の大山か? 話できると思うぞ……」

 


【その二時間後。TTC 二九階 社長室】


 中西社長代理が執務室で決済書類の処理をしているとドアをノックする音がする。

(この後は昼までは予定が入っていなかった筈だが……)と怪訝な表情で彼は顔を上げると。

「入ってくれ!」

 と声を掛けた。ドアを開けたのは秘書の高橋だった。

「社長代理、失礼します。大山課長が緊急の要件と言う事でお出でになっています」

「分かった。入って貰ってくれ」

「失礼します!」

 大山が社長室に入ると高橋が後ろでドアを閉めてくれた。

「どうした大山君。不具合解析の進捗でもあったか?」

 大山は足早に執務席の前まで歩み寄ると背筋を伸ばして言った。

「はい、不具合の原因と対策ソフトの目処が立ちました!」

 その瞬間、中西が大きく目を見開いた。

「何だと? 本当か? 見つけたのか問題を?」

 大山が頷く。

「はい、問題は太陽が真正面にある場合のカメラのハレーション処理サブルーチンのバグでした。そのプログラムを開発したのはサプライヤーの『モバイルグラス』です」

 中西も大きく頷いた。これで自分の豊国自動車のトップとしての将来に不安要素は無くなった。

「対策プログラムも作成済みです。早速、国土交通省にリコールの届け出をしまして、全てのプライムに対し、車載のコネクティッド機能を使ったリモートでのリプログラムを実施します」

 突然、中西の顔色が変わり、執務席から物凄い勢いで立ち上がった。

「大山! お前、俺の説明を聞いていなかったのか? 何故、国交省に届ける? リモートでリプロ出来るんだろ? ユーザーにも知らせる事無く書き換えれば良いじゃないか! 何故、届ける必要がある?」

 中西は激高していた。しかし大山は引かなかった。

「この不具合はプライムの走行制御に関する物です。コネクティッドの回線を使って夜間処理でリモートリプロ出来るからと言っても、豊国自動車には届け出の義務がございます。国土交通省にリコールの届け出を行い、その後、工場の生産車を一旦出荷停止にして対策プログラムを採用し、対策必要車両のウィンドウを確実に閉じます。そして販売会社在庫車、既に販売済みの車両に対しリモートリプロを行なっていきます。勿論、お客様にもご説明を差し上げる必要が……」

 中西は執務席を離れ大山の前に立つと、彼のネクタイを掴んだ。

「お前は何を言っているんだ! そんな事をしたらプライムの暴走事故は開発トップの俺の責任になってしまうじゃないか? 良いか! これは品質保証部へも連絡する必要はない! 工場にもだ! 情報を秘匿したまま直ちにリモートリプロを始めるんだ! 分かったな?」

 大山は首を絞められながらも最後の抵抗をした。

「それはリコール隠しとなります。それは犯罪です!」

 更に激高した中西は大山を床に引きずり倒した。

「お前は何も考える必要は無い! 俺の命令を聞けば良いんだ! 分かったな?」

 床に転げた大山を見降ろして中西は更に大きな声で叫んだ。流石の大山もこれ以上の反論は無駄だと諦めた。

「はい……、中西社長代理。命令通りリプロ作業を開始します。口答えをして申し訳ありませんでした」

 床に転がったまま大山は中西を見上げて弱々しくそう答えた。

 立ち上がる大山を見ながら、彼のその返答に満足した中西はやっと落ち着いた様だ。

「元々はお前のADASユニットのプログラムの問題だからな。 尻拭いはお前の責任だ。分かったな?」

「はい、承知しました。また進捗を報告致します」

 大山は中西に大きく頭を下げると社長室を辞した。

 中西は執務席に戻ると、先程激高した事も忘れて微笑んでいた。彼は何より一番の頭痛の種が消えた安堵感を一杯に噛み締めていた。

【同日、豊国私立図書館四階】


 EV開発部の武川は午後から半休を取り、初めてこの図書館を訪れていた。彼はそこに整然と並ぶワークステーションと奥の部品群を見て大きな驚きを隠せなかった。

「こんな物を市立図書館に……」

 四階のセキュリティーゲートを抜けると雄二が見覚えのある女性と並んで彼を待っていた。

 雄二が嬉しそうに武川を見て手を振っている。

「武川さん、お忙しいところ申し訳ありません。こちらは……」

 雄二が女性を紹介しようとすると、その女性は会釈をして自分で口を開いた。

「武川さん。私は豊国理紗です。初めまして。宜しくお願いします」

 名前を聞いてやっと武川はその女性の正体に気付いた。

「君は社長の娘さんか……。それで見た事が有ったんだ。雄二と一緒に解析をしてくれたのかい? ありがとう」

 理紗がニッコリと笑った。

「雄二。それじゃ、見せてくれるかい。『真実』を……」

「分かりました。こちらへどうぞ」

 そう雄二は言うと武川を解析ルームに案内し、事故を起こしたプライムの映像と解析データーを説明した。

「驚いた。電話で説明を受けても半信半疑だったからな。でも大山に説明した通りの内容だったな。これを隠蔽しようとするなんて……。中西社長代理は狂ってるな……」

 全ての『事実』を知った武川は大きく溜息を吐いていた。それは現在の自分達のトップに対する大きな失望感だった。

 その時、武川のスマホが鳴った。スマホに表示された名前を見て武川が頷く。

「ああ、俺だ。うん、そうか、分かった。ありがとう。引き続き連携させてくれ」

 そう言って武川は通話を切った。

「大山さんからですね。社長代理の反応はどうでしたか?」

「ああ、俺達の予想通りだ。もう中西に何も頼れないのが分かった。予定通り俺達で動くしかないな……」

 雄二は大きく頷いた。

「そうですか……。残念ですが……。武川さん、それでは豊国自動車内部からの動きをお願いします」

「おお、任せろ。なんかワクワクするな」

 武川が嬉しそうに頷いた。

「そして僕と理紗さんは、会社の外側で動きます。他の二人の協力者と一緒に……」

 武川が怪訝な顔をする。

「二人って……?」

 その時、解析ルームのドアがノックされた。

 理紗がドアを開けるとそこには若い女性が立っていた。それは武川も良く知っている人物だった。

「えっ? 麗奈……ちゃん……?」

 武川が驚いた様に呟いた視線の先には、今をときめく若手ナンバーワン女優、川橋麗奈が立っていた。

「麗奈、忙しい所、ゴメン」

 理紗が麗奈の両手を握っている。

「親友の頼みを無下に断れないわ。それに理紗のパパやお爺さんにもお世話になってるし」

 そう言いながら麗奈が雄二に手を振っている。

 武川が「お前麗奈の知り合いなのか?」と雄二に聞いている。

「ありがとう麗奈、本当に助かる」

 そして雄二は麗奈の後ろにもう一人の男性が立っているのを見つけた。顔見知りのその男性がもう一人の協力者だった。

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