「自動車で人が轢き殺された。誰のせいだ?」
この疑問は自動車が開発されて以降起こるあらゆる人身事故を解明するにあたって、警察や保険会社やメーカー、更には遺族やマスコミらが常に向けてきた関心事だ。そこへ昨今関心が向けられ忌む存在であるかのように扱われだした人々がいる。高齢者、である。
高齢者は認知機能が衰えている。高齢者は筋力が低下している。高齢者は傍若無人になりがちで反省しない。だから事故を起こす危険な奴らなのだ。……そんな思惑に、さらに加害者の社会的地位や老い先短い者たる社会貢献度の具合などが重なれば、あとはこぞって追い詰めるだけだ。これはひとつの、日常会話を他人と円滑に進めるためのよきトピックになるのだ。
少し話を脱線させる。日常会話を円滑にするトピックによいとはどういうことか。
コミュニケーションには情報を正確に他者へ伝達させることの他に、他者と親密になるために情報を共有することで生まれる連帯感を作るべく情報を吐き出すことそれ自体、という二つの目的がある。人間のコミュニケーションの殆どは後者なのだが、連帯感を持つために共有される情報は、否定的な内容であるほど受け取る人間にとっては相対的に優越感を生み出させよい気分にさせる。情報がもたらされるメディアがTV等一方向に流れるものであるほど不特定多数が否応なくその情報に接する機会が多くなるので、その分話題を大勢と共有できる。共有の場が匿名であるほど優越性が毀損される恐れがない。こうして不幸や不祥事というトピックは、優越感からの連帯感を他人と持ち合うにあたっては、都合よいことになるのだ。
これに加えて、日本特有の事情が絡む。災害を恐れる心性だ。
日本社会は「出る杭を打つ」と表現される例がある。風土が自然災害の多さ故日本人を何度も襲うのだから、種族の生存の為には和を以って協力し合うを是とし、協力関係を乱す何かがあれば生存本能で除去しようとする。従って何者かの突飛な行動が許せなくなるのである。となると、真に優秀な人はむしろ生まれづらくなるし、何かについてそれが問題であるものと規定されれば排除すべき敵になってしまうのである。問題の放置は生存に関わるからだ。日本の風土がもたらした人間の進化故、この心性は功罪どちらの側面もある。
話を戻す。この物語の中心にあるのは自動車の暴走事故だ。だがそれにまつわり様々な線が絡む。社内隠蔽工作と権力戦、高齢者・上級国民憎悪、第三者からのバッシング、優秀な人材、である。
社内での戦いはスリルを喚起する。隠蔽工作は明快な悪として言い訳の余地もないとはいえ、誰が勝利できるのか、登場人物たちは臨時株主総会の最後まで気が抜けない思いである。それにここには創業家豊国が加害者側かつ主人公雄二の味方として参加しているうえ、雄二は豊国の令嬢と若干のロマンスがある。こうして前半は頭脳で、後半は行動で、ドラスティックに話が展開していく。読者はアメリカのハリウッド映画を観るように楽しめるはずだ。
そこへ、日本的な情緒が現れていく。まず雄二は確かに優秀な人だ。ただし雄二には強力な仲間が居た。ということは、雄二は周囲から理解されない突出した才能=天才ではなく、理解が及ぶ技術的才能=職人なのである。職人は「出る杭」にならなかった(雄二自身が品行方正だというそもそもな理由もある)。次に第三者は被害者を不幸の人という神輿で情報を担ぎ上げ、連帯して加害者を追い詰めた。「プライムミサイル」というワンフレーズ・ポリティクスが、事故を劇場の演目のようにさせ人々の心を掴んだ。加害者が憎し高齢者かつ上級国民なものだから、平民は余計に日常会話が進んだことだろう。少数な強者に対して大勢の弱者は数の多さ故に強いのである。日本人の生存本能の一端を見て取った。
そうして物語は、臨時株主総会という最大の緊張場面のその後へ向かっていく。豊国自動車は事故を反省したことを表明した。技術を改良して新たな製品を作った。そうして別のトピックがもたらされ、人々は会話を始める。
主人公たちは戦うことで、その行動を次の時代への一歩として繋いだ。職人の優秀さを高齢者が強力に裏打ちした功績である。高齢者が関わった事故は、高齢者によって解決に導かれたのだ。
良くも悪くも日本的だと思った。