第35話 飛翔

 血にまみれた道をひた走り、ヴァンはひたすらに街の中心部へと向かった。グールが増え、兵士が増え、そして死体も増えていく。時々神通力でグールを吹き飛ばしつつ、ヴァンは走った。なるほど吸血とは非常に大切な儀式らしい。技の切れが、威力が、地を蹴る足の軽さが、段違いだった。副作用は今のところ感じていない。


 扉の壊れた家。子供の死体。こぼれた剣。グールの肉塊。


 リッチがいると思われる空の、そのほぼ真下まで到着した。元は噴水が置かれ、各通りと通りを隔てる円形の広場だったそこは、かつての華やかさなど見る影もない。


 その場所で、ヴァンは待った。ロボとはこの場所で会うことになっている。グールの数は多いが、今のヴァンにはどうということはない。


 しばらく時間が経った。辺りのグールはいなくなった。噴水のへりに腰掛けたヴァンのもとに、ようやく、白い影が近づいた。


「待たせたな、小僧」


 白狼の族長ブランカと、その脇にロボがいた。後ろには、更に数匹の白狼が控えている。

「遅かったなロボ。もっと早いと思っていたんだが……」


「すまない。爺の説得に時間がかかってな……」


 この惨事に、出撃を戸惑うことなどあるのかと思ったが、ヴァンは指摘しなかった。今はそれよりも重要なことがあったし、それぞれの部族にはそれぞれの想いがある。


「それで、詳しい作戦を説明してくれ」


「ああ……だがその前にヴァン、決して怒らないと約束してくれ」


「どういうことだ?」


「ロボよ、やはり儂が――」そう振り返ったブランカを、「もう決まったことだろう、爺」と、ロボが見返した。そして、


「責任を取れ、爺よ。族長として、一族を守り、世代を紡ぐ義務があるだろう。今更、こんなところでリタイアなど許さぬ。我々の族長は、爺しかおらんのだ。くだらぬ親心など、捨ててしまえ。過去の罪だと爺は思っているのだろうが、そう思うものなど1人としていない。そして今回も、これは爺の罪などではない。英断を下した、誇りを保った、我らの、狼煙のろしだ」と、続けた。


 疑問を呈すべく口を開きかけたヴァンに、だが彼がその声を発するより先に、ロボは言った。予想されうる、だが決して思考にはのぼらぬ、台詞。


「ヴァン、我はここで死ぬ。後は頼んだ」


"は?"という声も出なかった。空気が、口から漏れる。耳から入った振動が、そのまま脳天を揺らす。理解が及ぶよりも早く、相棒は、作戦を伝えた。簡潔に。それはまるで、今夜の料理に使う食材を、紹介するような口ぶりで。


 曰く、リッチは聖なる力に弱い。だが、単に聖なる力をぶつけるだけでは、不十分である。たしかに、ヤツは弱体化する。しかしそれでも、殺せるほどではない。故に、ここで、その弱体化のために、白狼の血液をヤツにぶつける。そしてその後で、爆発を起こす必要がある。莫大な力の。それに利用するのが、吸血鬼の、魔のエネルギーである。白狼の血液に、吸血鬼の力をぶつければ、反発する2力は爆発する。その力で、リッチを消し炭へと変えるのである。


 そう、以前は行った。死んだ白狼は、3匹。


 反論しようとした。激高しようとした。口を開いた。ロボに「わかるだろう」と言われ、口を閉じた。


 なぜお前でなければならないのだ、ロボ。そう思った。誰か他の白狼ではダメなのか。直後に自分で、なんと醜い思考だと、胃がねじれた。

 しかし、何も言わなかった。


 ロボはきっとずっと前から、リッチが復活しそうだとわかったその時から、覚悟してきたのだろう。その理由はわからない。だが、彼女のそれを、今更、自分がどうこう言うのは、相棒に対し礼を失しすぎている。


「行こう」だからつぶやいた。ロボに背を向け、ぼやける視界で空を仰ぐ。忌々しい黒、あるいは紫。


 飛ぼう――翼が生える。


 行こう――3匹、白狼がヴァンの背後へ。


 終えよう――見えない"手"が、ヴァンを掴む。


 ヴァンが翼をうった。3匹の"手"につかまれ、その質量を感じながら、それを見上げるブランカの視線を感じながら、巨悪に、向かって飛んだ。

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血の契約――吸血鬼ハーフの少年は白い狼とともに復讐を決意します。 三坂弥生 @3saka-Yayoi

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