第34話 ギーラの告白

 清潔感のあるベッドの上で、ヴァンは目を覚ました。左を見ると、椅子に座り、心なしかぐったりとした様子のギーラがいた。彼はすぐそばに広げられた地図を見ながら、部下に指示を飛ばしている。


 ヴァンは体を起こした。身体に異常はない。むしろ、かなり万全の状態だと言えるだろう。力がみなぎっているとか、そういった印象は受けないが、"出そうと思えば出せる"、そんな気がした。


「目が覚めたか」ギーラがヴァンに気付き、そう声をかけた。


 ああ、と返し、ヴァンは1周ぐるりと首を回した。

「状況は?」


「芳しいとは言えないが、悪くはない。士気は低くなく、また、戦況も劣勢ではない。しかし、無尽蔵に沸いてくるグールが相手では……時間の問題だろう」


「そうか」ヴァンはすぐにでもベッドを出ようとした。


 だが、「今ここで、話しておきたいことがある」というギーラの声に、その動きが止まる。


「お前がここで死ぬと思っているわけではない。だが、その可能性はあるだろう。だから、私はお前に話しておかねばならないことがある」


 部屋の中にいた二人の兵士が、静かに出て行った。少し白んだギーラの顔の、その色素が更になくなったように感じた。一度口を開き、閉じ。


 そしてもう一度開いて、彼は語りはじめた。先の厄災に、軍が犯した罪……ではなく、その後に起こった、この国の民と、軍の悲しい仕打ちについて。


「闘いが終わった後、我々は怖がった。翼を持つ吸血鬼の存在と、人語を操る狼の存在に。そしてこの国の民は、吸血鬼と白狼に、石を投げ始めた。国は混乱していた。リッチの襲来というかつてない危機が、民に与えた負の感情は大きすぎた。故に、どこからか出た噂や、火のない煙が、次第に抑えられなくなっていった。リッチを呼んだのは実はあの吸血鬼なんじゃないか、召喚された女は人の肉を食べている、狼がこの国に災いをもたらす、といった具合に。

 間違いだったのは、我々軍がそこで、その適切な処理と、暴動の鎮圧を行わなかったことだ。軍は負い目を感じていた。災厄の時に何もできず、肥大化した自尊心が潰され、焦っていた。だから、軍は全力で民にアピールを試みた。最悪の選択肢を取って、だ。

 すなわち、軍は白狼や翼持ちの吸血鬼の、争闘作戦を計画し、盛大にプロパガンタを行った。国民は歓喜し、暴動はある程度落ち着いたさ。だが、白狼はその我々の仕打ちにひどく落胆し、姿を消した。吸血鬼と召喚者の二人も同様だ。おそらくは争いを避け、小さな村に素性を隠して隠遁したのだろう。軍はそれすらも利用し、あたかも「諸悪を断罪した」と言わんばかりに触れ回った。愚かな話だ。本当に、本当に愚かな、話だよ。私はおかしいと思いつつも、権威にしがみついて何もしてこなかった。今は亡きグラム・オリエンタの代わりに、お前に頭を垂れさせてもらいたい。済まなかった……。軍を代表して、そして1人の、この国の当事者として、申し訳なく思う」


 意外にもヴァンは、一抹達観を覚えながら話を聞いた。いつかダライニが言っていた、「ヴァンは吸血鬼であることをひた隠しにされて育てられたのではないか」という言葉が思い出された。

「なぜ、今になってそれを、俺に?」


「贖罪……などというつもりはない。これて罪が贖えるなどと、そんな厚顔無恥を言うつもりはない。だが、お前がこの事実を知らず、このまま我々を助けるために戦地に赴くなどということが、私には恥の上塗りに思えてならなかった。許されざることだ。だが、その恥を塗りたくることでしか、もはや我々軍は民を助けることができない。ヴァン・オリエンタ、無礼な願いだとはわかっている。リッチを、討ち滅ぼしてはくれまいか」


「今更な願いだ。ずっとそのために準備して、軍さえも動かして、それで今更、そんな事実を知って、俺がコイツを降りるって思ったのかよ。軍のためでも、国民のためでもない。俺はこのまま、レイリの思い通りにコトを進めるのが嫌なだけだ。アイツをこの手で殺すことは出来なくなった。でもまだ、アイツらが呼んだ、どでかいゴミが残ってる。親を殺され、全部奪われて、踏みにじられたこの怒りを、俺は最後に、あの空の、ゴミにぶつけるんだ。それに、それが終わったら、今度はアンタは、ちゃんと事後処理してくれんだろ?」


 ただ「ああ」とだけつぶやいたギーラを残し、ヴァンは立ち上がった。廊下に出る。背後で扉の閉まる音。

 それほど寝ていたわけではないようだ。時計を尻目に、ヴァンは走った。

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