5. エピローグ
エピローグ
目の前にペンギンがいる。いや、正確には頭の上か。
とにかく、ペンギンが空を飛んでいる。
「ほらね、ほんとに飛んでるでしょ」
隣で嬉しそうに空を見上げる彼女の名前は、美咲。またの名を、美樹。
「そうだね、本当だった」
苦笑する。空飛ぶペンギンという手品の種は、頭上まで続く水槽があるだけだった。うすうす予想していたが、ペンギンは空を飛ばない。
それでも頭上をペンギンが泳ぐ姿は十分に幻想的だった。
「ペンギンは自分が空飛んでるって思ってるのかな」
首をかしげる美咲を横目で見ながら、きっとそうだよ、うなずいた。
空を飛ぶのも、空中にある水槽を泳ぐのも、本質的には変わらない。
それがつまり、バーチャルっていうことだ。
僕らはEndless Worldの水族館に来ている。残念ながらまだ、本当の水族館は営業を再開していない。というか、東京にもまだ入れない。
現在、東京は超音波を使ったゾンビ掃討作戦の真っ最中。詳しいことは聞いてないが、銃火器を使って行うのに比べて相当効率的に行えているらしい。他の国でも同じ方法が採用されはじめているとか。
あの日、多摩川を渡って神奈川の県境に着いた僕らは、当然のように自衛隊に止められた。もちろん簡単にはいかなかったが、リーダーの論理的な説得と、実際に音波を使ってゾンビを倒している動画を見せたことが功を奏して、僕らは当面の間県境にある施設に隔離されることになった。
僕らが感染していないということと超音波の有効性が確認され、ようやく開放されたのは数週間が経ってから。すでに新しい年を迎えていた。
美樹は設備が整った病院に入れたおかげかすぐに体調が安定した。念のため入院は続けているが、もう間もなく退院できる予定だ。
今日は二人で病室からEndless Worldにダイブしていた。そういえば、僕のEndless Worldはもう一七倍速じゃないし、ゾンビも出ない。東京を脱出した後に最初にやったのが、その修正だった。
「私、毎年初詣は浅草寺行ってたんだけどな。今年は無理かなぁ」
「そりゃあ無理でしょ、現実では。Endless Worldなら行けると思うけど」
「そうじゃなくて、みんなと一緒に行きたいんですよ、初詣。リアルで」
「じゃあ、神奈川でいい神社探しておくよ。この近くだと川崎大師とかかなぁ」
都外では、思ったよりも普通に日常が送られていた。お店だってやっているし、初詣にだって行く。
早くも東京での出来事は何かの夢だったんじゃないかという気持ちになることがある。
「そういえば、ずっと聞きたかったんだけどどうして美咲は僕に正体を隠してたの?最初から気づいてたでしょ、僕のこと」
「それは……」
美咲は少し言いよどむと、もじもじしながら続けた。
「前に話したでしょ、大学に受かったらリアルで会おうって。それなのに先に会っちゃったから、なんだか気まずくって。それでなんとなく」
なんだか彼女らしいなと思って、僕は微笑んだ。
◇
その夜、なんとなく寝付けずに一人でEndless Worldにダイブすると、メニューに見慣れないボタンが出現しているのを見つけた。
「Message」とだけ書かれたそのボタンを押すと、目の前に簡素なダイアログが現れた。
『このシミュレーターを最高に使いこなして、世界を救ってくれたことに、ありがとう』
まるで機械翻訳した日本語のような短い文章。
おそらく運営からのメッセージであるそれをそっと閉じる。
彼らはどこまで想定していたんだろうか。
会ったことも無い彼らの思惑に少しだけ思いを馳せるが、結局のところ想像の域を出ない。
――まぁ、いっか。
それよりも、今度行く初詣の下見でもしよう。
再びメニューを呼び出すと、仮想世界の川崎大師へとワープした。
◇
その日は雲ひとつ無い快晴だった。
数日前に退院した美樹とみんなの予定をあわせて、だいぶ遅めの初詣。
きちんと歩いて移動しないといけない現実世界の不便さに脳内で愚痴りつつ、駅から神社まで歩を進める。少し歩いただけでも息が上がる。去年はずっと建物にいたから、すっかり運動不足になってしまっていた。こんなことならササミのトレーニングに少しはつきあえばよかった、なんて柄にもないことを考えていると、大きな鳥居が見えてきた。
鳥居の前にはもうみんなが集まっている。女性陣はみな晴れ着姿だ。
ポケットに手を突っ込んで小走りで近づくと、僕を見つけた美樹が手を振る。
それにあわせて他のメンバーもこっちを振り返る。
何か楽しい話をしていたのか、みんな笑顔だった。
また新しい一年がはじまる。
現実もバーチャルも、今年はきっといつもより楽しい年になる。そんな予感がした。
空飛ぶペンギンとエンドレス・アンデットワールド 彩川楽和 @neu_1010
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