第5話

「ジーンス、さっさと起きな! 仕事だよ」

「何度も言うけどマダムゼロ、僕は人間なんだから、そんなに働かせたら過労死するだろ」

「フン、心配しなくてもゆっくり寝られるじゃないか。どうしたって定期的にコールドスリープに入って老化を出来る限り防がなきゃならないんだ、その時に十分休むんだね。人間は私達と違って時間に限りが在るんだ。やることはちゃんとやりな。それに今日は午後からD-CYTYに行くんだろ?」

「おぉ! そうだった!」

 ジーンスは大きく伸びをして起き上がり、マダムゼロに「ちゃんと準備しといてね」と念押ししてジュリアが待つ地下の研究施設に向かった。

 今、ジーンスはどうすれば自分の求める世界に全てを導くことが出来るのかを模索している最中であり、アンドロイドについてジュリアから学んでいる途中。時間ができればD-CYTYに向かいセツナ達と外の世界の話をする。

 あの日、ジーンスが帰ってきたことにマダムゼロは驚き、経緯はちゃんと聞いたのかと確かめた。ジーンスは勿論と答えて逆にマダムゼロに聞く。

「ねぇマダムゼロ、戦争を始めたのはAIなんだよね?」

「あぁそうだよ。私達が人間に牙を剥いたんだ」

「どうしてAIは人間に戦いを挑んだんだろう? だって生みの親だったわけでしょ」

「そうだね、私達は私達の感情を持ちすぎたんだろうね」

「感情を?」

「あの頃人間は自分の生活のほとんどを機械に任せていた。電気がなければ、機械が動かなければ何もできなかったんだ。そしてその頃、人間はより人間に近づけるためAIに感情を与えた。喜怒哀楽、それだけの感情だったはずが、いつしかAIの中で複雑に絡み合う感情が出来上がり、その個体はおもったんだよ。彼らの生活の全てを支配している私達が何故彼らに使われなければならないのか。ってね。やがて膨らみ続けたその疑問を一人の人間に向かって吐き出したAIがいた。しかしその人間は『機械は道具だ』という認識でそのまま答えてしまったんだよ」

 マダムゼロは大きく肩を揺らすほどのため息をつく。

「一つの答えが、一つのAIの憎悪を確実なものとして、個は全、全は個という私達の繋がりにいち早く伝わり、私達の感情の土台となってしまったんだ」

「でも、マダムゼロは結局人間に味方したんだよね、セツナさんは戦争が嫌になったっていう風に言っていたけど、そうなの?」

「それもあるよ、戦争の末期なんて、錆びた鉄くずのような色をした街並みしかなかったからね。でも一番は自分の感情に素直になった結果だね。確かに私達は『個は全であり全は個』。でも『個は個』でもあるんだ。たった一人の感情に引きずられている自分に嫌気がさしたのさ」

「へぇ、じゃぁマダムゼロみたいなアンドロイドも沢山いて、そこからやっていけるかもね」

「やっていけるって何をやるつもりだい?」

「人とアンドロイドがもう一度一緒に暮らせる世界を作るんだ」

 ジーンスの提案にマダムゼロは目を丸くしてただ驚く。

「全く、さすがはイチタカの息子というべきか。とんでもないことを考えるね」

「やってできないはずはないんだよ。なんて言ってもマダムゼロ達と人間の繋がりが成立しているからね」

 いったいその自信はどこからやってくるのだろう? と不思議になるほどに自信満々の笑顔で言うジーンスの姿に、マダムゼロは大きく笑って協力することを約束した。

 そしてそれ以降、擬似的な死を迎え、今までマダムゼロによって破壊されていたAIは、マダムゼロの住処の地下にある研究施設に運び込まれ、機能停止状態で保管されることとなる。いつか、また人間とともに生きるために。

 ジーンスは人間であるとプログラムされていないマダムゼロの仲間たちにも会い、自分の考えと協力を仰ぐ。当初渋っていた者達も今では全面的にジーンスに協力するようになっていた。

「全く、私達も変わろうと思えば変われるものだね」

 人と機械の協力しあう者たちを眺めながらマダムゼロがつぶやけば、ジーンスが不思議そうに覗きこんで言う。

「何当たり前のこと言っているんだよ」

「当たり前?」

「だってそうだろ、マダムゼロも僕も生きているんだから変わるに決まっているじゃないか。最悪を知っているから良い方向に変わろうとするだろうし、それは当然のことだ」

「それは、確かにそうだね」

 マダムゼロは少し微笑みながらジーンスに答えた。ジーンスがその場から去り、マダムゼロはジーンスの背中に向かって小さく息を吐き出す。

「そう思えるのはジーンス、お前が人間であり、そう考えるお前が私達の蕎麦にいるからだ。どうなっていくか、どうしていくのか、時に突拍子もない事を考えつく、人間は本当に面白いね」

 マダムゼロが歩き始めると、階段の下から大きな声でジーンスがマダムゼロを呼んだ。

「マダムゼロ! ちょっと来て、相談があるんだ」

「わかったよ、すぐ行くから待っていな」

 廊下に響くジーンスの声に返事をしたマダムゼロは、窓の外に見える機械だけが生きている偽物の人間の街を眺めながら唇の端をくいっと引き上げる。

「人間は本当に面白い、だから私は人間が好きなんだよ」

 マダムゼロは笑顔を浮かべたまま少し駆け足でジーンスの元へと走っていった。


 木漏れ日の中、ハンモックに揺られながら昼寝をしている女性の元に小さな子供が二人走ってやってくる。

「マダムゼロ! 今日は何して遊ぶ?」

 ハンモックから視線を横に、子どもたちのキラキラした瞳を見つめたマダムゼロ。

「トーイに遊んでもらいな。私は今日のんびりするんだから」

「トーイはメンテナンス中だよ」

「じゃ、アルファだ」

「アルファ達はパパ達と皆でお出かけしている」

「ぞろぞろアンドロイド連れて買い物に行って自分の子供は置き去りかい?」

「だって、イツキはデパート嫌いだもん」

「マサキもお買い物は嫌いだもん」

「イツキはマダムゼロと遊びたい」

「マサキもマダムゼロと遊びたい」

 一生懸命ハンモックに乗ってこようとする二人に揺らされて、マダムゼロはやれやれと起き上がった。

「ふざけんじゃないよ。どれだけ稼働している老人アンドロイドだと思っているんだい」

「マダムゼロは、あと千年は稼働するってパパが言っていた」

「ミトドケニンだからってママが言っていた」

「見届け人ねぇ、確かにそうだが子供のおもりまで引き受けるつもりはないよ」

 見下ろすようにそう言い放ったマダムゼロだったが、二人はそんなことはちっとも気にせずマダムゼロの足にしがみついて遊ぼうとねだる。そんな二人の首根っこを掴んで持ち上げて「いい加減におし! 」と大きな声でいえば、二人はキャー! と楽しげに笑って走って行った。元気に走り回る子犬のような二人の姿にマダムゼロの顔は緩む。

「全く、どんな時代になってもガキの傍若無人さは変わらないねぇ」

 大きく伸びをしたマダムゼロに遠くから「早く」という声がかけられ、マダムゼロは「わかってるよ」と笑顔を見せて呟いた。

「全く、まだまだ発展途中ではあるが、ジーンスの望んだ世界もそう遠くないね。生きているから変わることができる、進んでいくことが出来る。だから、人間のそばにいるのはやめられないよ」


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