第4話
「聞きたいことだらけだけど、まずはこの場所の説明をして欲しい。僕が聞いていたのとはまるで違う世界だ」
「そうね、外の歴史と中の歴史は違うから入ってきてビックリしたでしょう? ここができたのは機械との戦争の後期、機械側の勝利が目前となった時だったわ」
「機械側の勝利? 人間側が勝利する目前の話だろ?」
「いいえ、人間は機械に勝利することは出来なかった。人間はこの大きなシェルターに逃げ込んだのよ」
「ここはシェルターだったのか」
「ええ、昔も今もシェルターよ。機械からというよりこの世界から人間を守るためのね。機械との戦争で人間が失ったのは家族や家、財産だけではなかったの。酸素や食物、水といった生物が生きていく上で必要不可欠なものも失っていた。戦争の末期、機械はその圧倒的な力で自然を破壊し、とうとう人間をこの大きくて小さな場所に追い詰めたわ。でもね、その頃には機械の中にも戦争を良いと思わない、早く戦争を終わらせたいと思う者も出てきたの、それがマダムゼロ達」
「ちょっと待て、その言いようじゃ、まるでマダムゼロが機械側といっているみたいじゃないか」
ジーンスの言葉にセツナとゴトーは首を横に振り、ゴトーはため息をつく。
「言っているみたい、じゃなくて言っているんだよ。クーロンゼロも勿論だが、この壁の外の世界で生きている連中は皆アンドロイドだ。生きようと思えばいくらでも生きられる」
「そんな……。アンドロイドは僕だけで、後は人間だとマダムゼロに教えられてきたのに」
「違うわ、逆よ。貴方は人間、貴方以外の者達全てがアンドロイドで機械なの」
ジーンスは何度と無くマダムゼロからは自分がアンドロイドだと聞かされ、機械が禁止されている世界だからそれが決してばれないようにと言われていた。
だからマダムゼロ達と生活の様々な点で違いがあっても、アンドロイドである自分と人間であるマダムゼロ達とでは違いがあって当然だと思っていたし、マダムゼロ達にもそう説明されていた。それが違うと聞いてジーンスは眉間にしわを寄せセツナとゴトーを見つめる。
「僕が経験し考えていたことは全て逆さまだったということなのか」
「えぇ、恐らくね」
「でもどうしてそんなことになったんだ?」
「それは、たった一つのきっかけからそうなったのよ。戦争を早く終わらせたいアンドロイドと、数えられるほどの人数となった人間が接触し、戦争末期に密約が結ばれた。たった一人生き延びていたエンジニアがあるプログラムを流し、その手引をクーロンゼロ達アンドロイドがする。そして、人間はそれ以降アンドロイドの許可がない限りこのシェルターから出ない。アンドロイド側と人間は直接接しなくとも連絡をとりあうことと協力しあうことが条件付けられ、その密約の証としてエンジニアの息子をアンドロイド側に引き渡すことで、密約は締結された。その息子が貴方よ」
「僕が密約の証?」
「エンジニアの名前はイチタカ。彼が流したのはアンドロイドが自らを人間だと思い込むプログラム。人間と戦っているアンドロイド自身が人間になってしまえば敵はいなくなり戦争をやっている意味が無く、戦争は終わる。一見人間の勝利に見えるけれど、戦争が終わった時、人間はこのシェルターに閉じ込められ世界に本当の人間は居なくなることになったのだから勝利とは言えないわね」
「この場所に外の人間がやってくるとき、それは、全ての計画が無事終了し、更に世界が我々を受け入れる体制がとれたというアンドロイドからの連絡。俺達が外に出ていいという合図なんだ」
「クーロンゼロ達密約を交わしたアンドロイドには人間と思い込むプログラムは組み込まれていないの。だから、死ぬという行為は絶対にしない」
「他のアンドロイド達は人間と思っているからこそ、ある程度来れば自然と死ぬふりをする。だが、アンドロイドが死ぬことはない。そういう時のためにクーロンゼロたちが居るんだ。クーロンゼロ達、アンドロイドが同じアンドロイドに引導をわたし、そのAIを回収させる」
「それが僕の仕事ということか」
「貴方はずっとコールドスリープ状態だったのよ。密約の証は貴方。でも人間には時間に限りがある。でも、あの時点でこの世界がたった数年で約束通り私達が戻れる世界になるとは思えなかった。だからクーロンゼロは時が来るまで貴方をコールドスリープ状態にして、決して目覚めさせなかったの。それに、貴方は人間だからこの囲まれた世界の外に出て、酸素や水などがない状態で生き続けることは出来ないしね。でも、数年前からクーロンゼロは私達に貴方をここに送る時期が来ると目覚めさせて成長させてくれたんだわ。私のご先祖様はイチタカだから、見た目は貴方のほうが年下だけど、貴方も私の先祖ということになるのよ」
全てを聞き終えたジーンスは目の前の冷めてしまったお茶を一口、喉を潤わせてから大きく深呼吸した。
「ここに向かわされた時点で僕は密約の証という立場から開放されたのか。この外の世界は表も裏も本当は機械だらけの世界だったというわけだ。で、ここにいる人たちはどうするつもりなんだ?」
「できれば外に出たいが……」
「僕はやめておいたほうがいいと思うけど」
「何故だ?」
「マダムゼロも言っていたけど、あまりに違いすぎるんだよ。僕はずっと自分がアンドロイドだからこんなに周りと違うのかと思っていた。そう思ってしまうほどに機械と人間、本当に違いすぎるんだ」
ジーンスはセツナとゴトー二人に今の外の様子を詳しく話す。人間として生きているアンドロイドだが、機械は機械であり、その暮らしぶりは人間の生活とは程遠い。それを聞いたゴトーは肩をガクリと落としてため息をつく。
「ここに残った連中から昔の外の様子を聞き続けてきた俺らとしては出て行きたい気持ちが大きい、でもそんな状況で出ていけば完全に異星人扱いだな」
「そうね、出たい。でも……、無理なのかもしれないわ。貴方はどうするの?」
セツナに聞かれ、ジーンスは少しも考えること無く「帰るよ」と即答した。少しは迷うかと思っていた二人はジーンスの答えに驚く。
「帰るってクーロンゼロの所に?」
「もちろん、そこ以外に帰るとこなんて無いからね」
「だが、お前は人間なんだぞ」
「うん、だから帰るんだ」
満面の笑みで言うジーンスに二人は瞳を見開いたまま、何を言っているんだろうと首を傾げた。
「マダムゼロは全部知っているんだろう? そして僕も知った。なら始められるんじゃないかと思うんだ。今度は争わないアンドロイドと人間の世界を作ることが」
「そんなこと、本当に出来るかしら?」
「さぁ、出来るかどうかはやってみなきゃわかんないけど、やらなきゃ何も変わらない。一歩ふみださなきゃ何も生まれやしないからね。僕はどんな形であろうと戦争を終わらせたイチタカの息子なんでしょ?」
そう言うとジーンスは机の上の端末を手に、セツナの家を出ていこうとして振り返り、
「もし、ここから出るって時は僕に声をかけてよ。悪いようにはしないからさ」
と、笑顔で去っていった。
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