第24話 決心

「リィナとロットが、洞窟の中の大穴に落ちてしまったんす……!」


「…………!」


 驚愕や困惑、衝撃が身体中を走ったのは事実だ。しかし、その言葉を聞いた瞬間、俺は既に一歩目を踏み込んでいた。ただ衝動に任せて、走り出そうとしていたのだ。


 しかし、そんな俺の腕を後ろから掴まれ、体は前のめりにガクンとしなる。


「あんた、どこに行くつもり?」


「………わかるだろ?」


 俺を止めたキリカに続いて、ルミナとクロエも馬車から降りてきた。


「大穴って……。もしかして、アスラ洞窟のですか?」


「はい、そうです……」


 ハオズの同意を聞くなり、クロエは顔を真っ青にした。


「そんな……。あそこには、特級魔族のアスラが眠っているかもしれないのに」


「アスラ……?」


「ええ。伝承ではそう伝えられています。あくまで伝承ですから、信じるものも少ないですが。もし本当なら、二人は……」


 クロエの言葉に、一層自分の中で焦慮する感情が強くなっていく。

 俺はさらに一歩踏み込むが、尚もキリカは手を離してくれなかった。


「待って、ユーリス。そんな危ないヤツがいるなら、尚更行かせられない!」


「…………」


「それにあんた、今何をしようとしてるのかわかってるの?」


 キリカの言葉が、胸を深く貫く。


「あの二人は、あんたを裏切って殺そうとした!忘れたわけじゃないでしょ?」


「……忘れるわけねぇだろ」


「なら、あんたが助ける必要なんてない。大穴に落ちたのは自業自得でしょ。人を突き落としたバチが当たった。それだけ!」


 彼女に背を向けているため、表情は見えない。けれど、どんな顔を浮かべているのかはなんとなく想像がつく。

 それはきっと、一言で言い表せるものでは無い。悲哀とも、憤怒とも、憎悪ともとれる、そんな表情をしているのだろう。


 けど、そのどれもが、今の俺の中には無かった。


「確かに、お前の言う通りだ。たぶん、ここで行くのは人としてなにかが違うんだろうな。──けど、それでもいい」


「え……?」


「ロットだけなら別にどうでもいいけど、あいつは放っておけねぇよ」


「そんな……。あんたまさか!」





「───許す許さないじゃねぇ!」






 喉の奥。胸の底から、言葉と感情が天を衝くように湧き出てくる。


「俺は、あいつに伝えなきゃならないことがある。話さなきゃいけないことがある。そうしないと、たぶんダメなんだって、気づいたんだよ」


「ユー、リス……」


「だから、俺は行かなきゃならねぇ。見殺しにするわけには、いかねぇんだ。けど、心配すんな」


 俺は振り返りながら、俺の服を掴んでいる彼女の手を取った。


「必ず戻るからよ。それに、特級魔族なんて相手に出来んの、この辺りに俺ぐらいしかいねぇだろ?」


「………本気なの?」


「ああ、色々カタをつけてくる。だから、信じて待っててくれ」


 俺がそう告げると、彼女は一度顔を伏せた。その後、こちらに向き直ったかと思えば、何かを口にしようと息を吸い込む。しかし、その先の言葉をキリカは飲み込んでくれた。


 そして、俺の手を強く握り返し、瞳をしかと見据えながら静かに告げた。


「───わかった。あんたが、そこまで言うなら」


「ありがとよ」


 俺は思わず頬をほころばせた。


「絶対、帰ってきて」


「おう!」


 俺はそう返事をすると、その場の人間達に背を向けて洞窟へと走り出した。


 待ち受けるは、かつての仲間でも、特級魔族でもない。運命という壁だ。それに、俺は真っ向から挑もうとしていた。

 恐怖はある。だが、迷っている場合ではない。もう逃げることはしないのだと、この土壇場でようやく覚悟が真に固まったのだ───。






「ちょ、行かせて良かったんすか……!」


「彼、無黒インフェリアですよね!?」


 ユーリスの後ろ姿を見届けていると、二人が大きな困惑を示した。


「早く応援を呼びましょう」


 同じく焦った様子を見せているクロエ。しかし、そのもの達をルミナが手で制止した。


「よい」


「ですが……!」


「余も心配だが、あれほどの決意を見せられては余計な手出しは無粋に思える」


「そんな感情論では……!」


「確かに、普通に考えればこのまま見送る訳には行くまい。しかし、ユーリスの一番の理解者であるキリカが送りだしたのだ。ならば、大丈夫なのだろう。余は、ユーリスのことも、キリカのことも信じておるからな。そうであろう?」


 ルミナに問われ、あたしはユーリスの行く先を見つめたまま首肯した。

 あんな瞳で見つめられては、とても止める気にはなれない。いや、ああなってはどうやっても止めることはできないのだろう。


 それに、ユーリスが特級魔族と渡り合えるという言葉も、虚勢や虚偽の元で告げているようには思えなかった。実際、あたしはあの洞穴でゴブリンオーガを壁に埋めているところを目撃している。


 きっと、ユーリスにとって今この瞬間が、大事なターニングポイントなのだろう。


 ならば、もう心から祈るしかない。彼の安寧を、彼の運命の行く先を。





「がんばって、ユーリス」



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そういえば俺、最強の『空間術士』だったわ。〜幼馴染は寝取られ、その上裏切られて殺されかけたので、もうテキトーに生きていこうと思う〜 @root0

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