第23話 薄汚い男

 あの調査クエストの後、ジェイロとゴードを仲間にすることには失敗したが、リィナの想いを断ち切ることには成功した。もうこれで、完全に俺のものとなっただろう。

 と思っていたのだが、時折あいつは俺を見ながらも、何やら別の男を幻視しているようだった。やはり、そうそう切り替えられるものではないということだろうか。

 まあいい。そこまで強く依存されても、あとが面倒だ。はっきり言って、こんな病み気質を持っている重い女はごめんだ。楽しむだけ楽しんだらそこらに捨てておこう。そこでもしも、無理やりにでもすがりついてくるなら───。

 まあ、その時はその時だ。今はこの現状を満喫しよう。

 無黒インフェリアがいなくなったことで、合わせてバカにされることもなければ、無駄に低い難易度のクエストを受ける必要も無い。


 呪縛から解放されたような気分で、悦に浸っていた頃。街中で俺達は声をかけられた。


「あのーすいません」


「道を尋ねたいんすけど……」


 青い髪の少女と、緑髪の少年。事情を聞くと、二人は友人で、これから冒険者になろうとしているのだがギルドの場所が分からないということだった。


 リングを見やると、二人のジョブは中位。ジョブの上下がそのまま実力に直結するものでもないが、中位なら将来性は高い。

 また一からパーティーメンバーを募るのも面倒だし、こいつらは素直で操りやすそうだ。


「なあ、ギルドに行ったら、俺達とパーティーを組まないか?」


 俺の問いに、ハオズとセティアはほぼ即答で首を縦に振った。


 それから、クエストを二個ほど引き受けて、四人で遠方へ旅に出た。まず一つ目は、東の山々を超えた辺りに出没している魔族の討伐。

 もう一つは、東街スティギルの近辺にある、アスラ洞窟という岩山の調査だった。


 俺達はまず遠くへと赴き、魔族狩りを終わらせた。そして、東街スティギルの方へと戻ってきたのだ。


 その戻ってきた晩、ハオズの提案により、夜も更けてきた頃に星を見に行った。


 ───そして、そこで出会ってしまった。いるはずのない。生きているはずのない、男と。

 キリカは自ら洞穴に落ちていったが、生きている可能性はあると考えていた。しかし、こいつはただの無黒インフェリアだ。あの状況で生き残ることなど、ありえないはずだ。

 加えて、この無黒インフェリアの雰囲気はガラリと変わっていた。自信に満ち溢れ、大きな驕りを抱いているかのように見えた。

 あいつに、一体何があったのか。問いただしたが、答えることはなく去っていった。


 翌日、俺達はアスラ洞窟へと向かった。しかし、居心地は最悪だった。リィナは瞳を虚ろにして意識があるのかないのか判別できない状態にある。そして、昨日の話しとユーリスの忠告により、ハオズとセティアが俺に疑念を抱き警戒するようになった。


 ちっ。めんどくさいことになりやがった。


 俺の計画は成功とは言えないが、無難に終わったはずだった。しかし、今その結果にヒビが入ろうとしている。

 確かに、証拠がないためあちらから俺達を訴えることは出来ない。事情聴取を受けてもシラを切ればいいだけだ。

 だが、ユーリスの存在は不安分子であり、何よりリィナの心情に大きなぐらつきが生じてしまう。折角徐々に安定してきたというのに。


 これは、奴をまた消すしかないか。


 などと思考しながらも、アスラ洞窟の中を進んでいく。ここは定期的に冒険者が見回りに来ており、魔族が住み着いてないか確認しているそうだ。比較的簡単でポイントも報酬も高いため、俺はこのクエストを受けた。


「……行き止まりか」


「そうみたいっすね」


 ある程度一本道を進んだところで、地面は途切れた。

 そして、目前には古ぼけた看板に、急斜面の坂がある。その坂の先は見えず、ただひたすらに暗闇が広がっているだけだった。


「この先、アスラが眠りし地。踏み入るべからず……?」


 ハオズが看板の文字を読み上げると、セティアがふむふむと頷きながら情報を補足した。


「このアスラ洞窟には、文字通りアスラっていう魔族がいるらしいんです。階級は特級。A級冒険者数十人に匹敵する力を持っているようです」


「そんな危ないヤツがいんの?!」


「はい。圧倒的な殲滅力とあらゆる属性スキルを吸収するという特性を持っているそうです」


「詳しいな、セティア」


「一応、事前に調べましたので」


 俺達がセティアの知識に感心している傍らで、リィナは沈んだ表情で目前の暗闇を覗いていた。

 おそらく、あの時のことを思い出しているのだろう。洞穴ではなく斜面ではあるが、あの時の光景によく似ている。クソが、と内心舌打ちをした。


「それにしても、管理が杜撰っすね。看板一つしか置いてないなんて」


「今私が話したのも都市伝説みたいなものですから、あまり重要視していないのかもしれません」


「へぇ……」


 それを聞き、俺は興味本位でさらに坂の方へと近づいてみた。

 すると──。


 グラッ。


 唐突に足元が不安定になり、嫌な浮遊感が襲う。即座に下に視線を向けると、俺が立っている地面が僅かに剥がれていた。おそらく、長い時を経て足場が不安定になっていたのだろう。


 俺はそのまま引きずられるように、斜面へと落ちていく。


「なっ!」


「ロット……!」


 そんな俺の手を咄嗟に掴んだのは、先程まで意識をぼやけさせていたリィナだった。

 落下が止まり、ほっと胸を撫で下ろす。しかし、それも束の間だった。

 俺を掴んだリィナの足場もまた、崩れ落ちて行ったのだ。


「え……?」


 俺達は互いに手を取り合ったまま、空中へと投げ出された。


「リィナさん!」


「ロット!」


 残る二人も手を伸ばすが、僅かな差で届かない。


「「うわああああああ!!!」」


 俺達は凄まじい速度で斜面を転がっていき、瞬く間に暗闇の底へと姿を消していった───。





 セティアとハオズは、唐突な事故に身を硬直させた。


「そんな……」


 ハオズは顔から色を無くし、瞼を痙攣させていた。

 しかし、セティアはすぐにショックを取り払い、ハオズに力強く告げた。


「助けを呼びに行きましょう、ハオズさん!」


「え……?」


「下に降りる道も見当たりませんでしたし、一刻も早く洞窟を出て誰かの手を借りましょう!」


「でも、早く助けに行かなくちゃ、二人が……!」


「もし本当に斜面の下に特級魔族がいたら、私達で太刀打ち出来ますか?」


「それは……」


「行きましょう!急いで!」


「わ、わかった!」


 こうして、二人は洞窟を飛び出し、ある一つの馬車に行き着いた。

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