第22話 愛と黒 後編

 私はその後、激しく後悔した。ユーリス以外に体を許してしまった自分が許せなかった。自己嫌悪に押し潰されそうになり、心に亀裂が入る。


 それほど強い悔いが残り、鬱屈とした想いが傷となって自らを痛めつけている。だというのに、翌日の夜も、ロットの来訪を受け入れてしまった。


「よう」


「…………」


「大丈夫だ。俺に任せておけば」


「…………うん」


 そして、彼の体を受け入れた。隣の部屋では愛しの幼なじみが眠っているというのに、私は他の男に抱かれている。そんな状況でも、やめられなかった。

 だって彼は、私の耳元で「愛してる」「好きだ」「お前しかいない」と何度も呟いてくれるのだ。私が何よりも欲した言葉を、彼は無数に授けてくれる。

 ロットはユーリスの代わりにならない。そんなことはわかっている。けれど、私の寂しさを埋めてくれて、私のことを鮮烈に求めてくれるロットを、拒絶出来なかった。


 回数を重ねる度、抵抗は無くなっていく。それどころか、自分からロットを求め出していた。満たされるために、愛されるために。


 しかし、ある時から行為をしている最中に、もう一人の自分を幻視するようになった。それは、私の抑え込んだ罪悪感が形をなしたものだった。


「あなた、何してるの?」


「そんな男に跨って、嬉嬉として体を重ねて」


「幼なじみのユーリスのことは、どうするの?裏切るの?」


「あなたの愛なんて、所詮そんなものだったんだね」


「可哀想なユーリス」


「あなたは、最低な人間だよ」


 絶えず脳に響くその声が、煩わしくもあり、痛々しくもあった。それは、心の慟哭だったのかもしれない。

 息苦しい。鈍い頭痛が襲いかかる。自身への嫌悪感に寒気と吐き気が止まらない。こんなの、耐えられない。

 私は、寂しさを埋める代償行為と、自分の長年の想いの狭間で溺れていた。


 そうした日々が続いた、ある日の夜。私はユーリスの元を訪ねた。いつも通り、明るく優しい、ユーリスが愛してくれるリィナとして。

 ここで、私は答えを聞こうとしたのだ。もし彼が私を求めてくれるのであれば、ロットとの関係を断ち切る大きな転機となるだろう、と。こんな錆び付いた日々に終止符を打てるのだと。

 その暁には、全てを告白しよう。私の全てを。許されることも、受け入れられることもないかもしれない。それでも、私はあなたを生涯愛したいと。


 ───しかし、彼の答えは。


「僕は、君のことが.......!」


「うん」


「.....す.......す.............」


「..............」






「────凄く、尊敬していたんだ!」





 逃亡だった。私の望む答えは、貰えなかった。涙は出ない。もはや枯れ果てたものを、流すことは出来ないからだ。


 その後、私はロットの元へと戻った。


「あいつはああ言う奴だ。無力な上に腰抜けで、お前のことを何もわかっていない。だが、俺はわかってやれる。俺を選べ。そしたら、お前が寂しい思いをせずに済む」


 そんなことを言うロットの目は、ひたすらに情欲にまみれていた。彼は、私のそういうところしか見てない。

 そうわかっていたとしても、私は彼と共に生きることを選んだ。

 ユーリスのことも好きだ。それに間違いはない。けれど、私を満たしてくれて、率直に愛してくれるロットの方が、私にとって大切な存在となっていったのだ。


 そして、そのロットはある計画を実行しようとした。それは、ユーリスを追放し、キリカをネタに有力な戦士をパーティーに入れるというものだった。

 それなりに前からその計画は立ててたらしく、すぐにでも実行できるとのことだった。


 キリカに関しては、ロットが必要だと言うなら、きっと必要なことなのだろうと納得出来る。


 しかし、ユーリスの追放に関しては、それだけでは私はダメだと感じ取った。自分から冒険者に誘っておいて追放する。もはやその行いにさして罪悪感が湧かないほど、盲目になっていた。

 ならばどこに引っかかりを覚えたのか。それは、私が彼への想いを捨てきれていないことだった。別の男を選んだからと言って、好きという感情を即刻消し去ることなど出来はしない。


 もし、私の知らないところで彼が他の誰かと幸せな家庭を築いていたら。もし、彼と再び出会って落ちぶれた私を見続けられたら。


 そう思うだけで、胸が張り裂けそうだった。だから、もうその存在ごと消えてもらおうと思った。そうすれば、全て忘れて自分の道を進める。振り返らずに、歩いていける。

 もうそこに、彼の知るリィナなどいない。黒く染まりきった、穢れた女がいるだけだった。


 その案は無事に通り、キリカは取り逃してしまったものの、ユーリスの殺害には成功した。

 これで、大丈夫。私は生きていける。いくらロットが私の容姿ばかりを気に入っているとはいえ、きっとそれだけではないはずだ。心の底から、私を愛してくれているはずだ。


 ここから、新しい一歩を踏み出そう。


 ───そう決めた矢先に、彼は姿を現した。かつての仲間、キリカと共に。


 動揺、なんて言葉じゃ言い表せない。目前の現象を、その場の現実を受け入れることなど出来なかった。


 完全に脳がフリーズして意識の混濁に見舞われていると、新しい仲間のセティアさんが介抱してくれて、街の宿まで連れていってくれた。


 あれは、夢なのか幻なのか。定かではない。けど、現実ではないのだろう。


 きっと、きっと──。

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