地球最後の日曜日

天野蒼空

地球最後の日曜日

「地球が消えるらしい」

いつからだろうか。こんなことがささやかれ始めたのは。確か、六年程前から。だって、あの頃は、私、まだ小学生だったから。噂がいつからたっていたのかは微妙な所だけど、正式な発表がでたのは四年前。あるある大学の偉い先生が言ってしまったのだ。

「今後数年間に隕石が落ちてくる回数は格段と上がるだろう。地球が二つに割れる可能性も出てくるその確率は七十パーセント超えるだろう。」

後に「地球破壊説」と呼ばれるこれを聞いて、世界中パニックになってしまった。地球が二つに割れる。それは私達に未来なんてものはないと断言されたようなものだから。

電車に飛び込んでくる人が増えた。恋人と海に飛び込む人も増えた。周りを巻き込んで死んでいく人もいた。世間は悲しいニュースで溢れていた。明るくなる兆しなんてどこにもなかった。暗闇と哀しみが静かに降りていた。

そうして時は過ぎていった。空気がどれだけ重くなっても、時間の速さは変わらなかった。

「今後、1年間のうちに地球が消える。」

父はそう言って手帳をくれた。そこに記されていたのは隕石の衝突予想だった。父は大学で隕石について研究していた。ちょっとばかり偉い先生だったらしい。 「らしい」というのは私もあまり知らないのだ。地球破壊説が発表されてからは父と話すことも無くなったから。

父の研究室の学生でさえこのことは知らなかっただろう。知っていたら何か変わったのかと言われれば、そんなことはない、としか言えないのだけれど。

そして、これは父からもらった最後のプレゼントとなった。次の日父はいなかった。出かけてくるとだけ書き残して。それきり帰ってこなかった。

これで私は一人になってしまった。母は幼い頃交通事故で亡くなった。兄がいたのだが地球破壊説が発表されてからしばらくたったある日から家に帰ってこなくなった。みんなどうなったのか、薄々わかってはいたのだが、口にするのは怖かった。なんだかそれを認めてしまうようで。一人暮らしも慣れた。ただこの家は広すぎる。慣れたけど寂しくなれた。家族で過ごした時間が懐かしい。

「兄ちゃん父さん母さん私ももうすぐそっちに行くからね。」

何度も死のうと思った。一人はあまりに寂しかった。でも、我慢した。 父がくれたあの手帳。父は「最後まで 生きろ 」って言いたかったんだと思う。

カーテンを少しだけ開けて星を見た。この星を見られるのもあと片手で数えられるほどなんだ。さて、もう寝ようか。

明日は、地球最後の日曜日だから。


──ピピピ、ピピピ

いつもと変わらない電子アラームの音。まぶしい朝日がカーテンの隙間から漏れている。

「ふわぁぁー。」

大きな欠伸を一つして、カーテンをあける。雲一つない青空。窓を開けると涼しい風がほほをなでた。この風を感じることも、この青空を見ることも、もう、数えるくらい。そう思うと、少し寂しくなった。

「何を今更。」

そうつぶやく。支度をはじめよう。今日の予定はずっと前から決めていた。アイツに会いに行くんだ。

鏡と何度も睨めっこしてから家をでた。

「おかしく、ないよね。」

気合を入れすぎてないように見せなくちゃ。でも、少しは気合い入れて。その加減が難しい。そんなふうに思ったりするから時間がなくなってしまう。

いつもは乗らない電車に乗る。見慣れない車窓。聞き覚えのない駅名。少し、少しだけど、不安になる。知らない場所だから、不安になる。それだけじゃない。もしかしたら、アイツは約束を忘れているかもしれない。もしも、もしもそうなら……。

そう考えながら、私はアイツと約束した日のことを思い出していた。


放課後の教室。私は日直だった。黒板を消していると、足音が聞こえてきた。

「誰だろ。まだ見回りの時間じゃないよね……?」

日直の仕事をうっかり忘れていて、部活が終わった後、仕事をしに戻ってきて今に至る訳なのだか…。もしも、先生なら確実に怒られる。だから、そぉっとドアについた窓から外を見た。

見慣れた中学校の廊下。二年生の教室が並んでいる。そこを歩いていたのは、クラスメートのアイツが歩いていた。

「何しに来たんだろ。」

先生じゃなくてよかった、と、思いながら黒板を消す。

──ガラガラ

教室の後ろのドアが開いて、アイツが入ってきた。

「どうしたの?もう、部活終わったんじゃないの?」

「うるせー。忘れ物だよ。」

そう言ってアイツはプリントをひらひらさせた。

「ふーん。」

開けっぱなしの窓から、夏の蒸し暑い風が入って、カーテンが大きく揺れた。蝉の声がさっきより大きく感じられる。西陽がカーテンの隙間からまっすぐ入り込んで、教室の床に長い長い影を落とす。

「なあ、地球がなくなるって本当の事だと思うか?」

しばらくの沈黙の後、アイツはそう言った。その言葉があまりにも唐突で驚いた。

「当たり前じゃん。あんなに正確に隕石落下確立が出ているんだよ。それに、今更。」

少し馬鹿にした言い方だったな、と、言った後から後悔した。

「お前の父ちゃん、そっちの方の研究者だっけ?なあ、地球破壊説ってやつ、嘘だって言ってくれねぇかな。」

おどけるような言い方。無理矢理作った笑いは何かから逃げているようだった。

「残念だけど無理ね。もっと言えば、あれより細かい数値とかだって出てるんだから。」

こんな冷たい言い方しなくてもいい筈なのに、口から出てくるのは気持ちと反対なトーンの言葉。

「急にどうし……。」

「あのさ、俺、引っ越すんだ。」

被せるように吐き出された言葉。私はまじまじとあいつの顔を覗き込んだ。夕日で赤く照らされた教室。逆光で黒い影となっているアイツはいつもより一回りくらい小さく見えた。 

「嘘、でしょ?」

嘘じゃないのはその声のトーンからして分かっていた。でも聞き返してしまった。信じたくなかったから。

「悪ぃ。本当だ。」

照れくさそうに笑うアイツ。

「俺さ、友達とか作るの苦手だからさ、地球が終わる直前はぼっちなのかなって、思ってさ。ほら、ここならお前とかいるじゃん。でもさぁ…」

普通を装って話すアイツの手は小刻みに震えていた。

「ならさ。私が会いに行ってやるよ。地球が終わる前に会いに行ってやるよ。」

「ああ。待っているよ。」

アイツは嬉しそうに笑って言った。いつもと同じアイツの笑顔に私も嬉しくなった。


だから行く。地球最後の日曜日、私はアイツに会いに行く。


知らない駅で降りて、バス停へ。バスから見える風景は、差し障りのない、ごくごく普通な住宅街。街路樹の青い葉が風に揺れた。

バスを降りてからは地図とにらめっこ。目的地は小さなアパートだった。

インターホンをおさなきゃ。

指先が小刻みに震えている。ねえ、私の事、忘れてないよね。祈るしかない。緊張で胸がはり裂けそう。大きくひとつ深呼吸してから、ゆっくりとインターホンを押す。

──ぴんぽーん

間延びした鐘の音。瞼の裏にはアイツの笑顔。

──がちゃり

ドアが少しだけ開く。






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