第2話 ほおら、あなたにとって大事なものほどすぐ傍にあるの




 などとMONGOL800モンパチさんの大好きな歌の一小節をもじってタイトルに使わせてもらっているのでお分かりかもしれないが、沖縄回である。



 おいらは仕事、半仕事、プライベート全てを含めると、都合7か国の外国に訪れたことがある。

 ただし、これを自慢とは受け取らないで欲しい。

 実際少なくない金を払い、時には半日も狭い飛行機の中で耐えながらも、もう一度同じだけのお金を払ってでもまた行きたいと心から思えたのは、なんとたったの2か国しかないからだ。


 打率にしたらヒドイもんだ。確実に2軍行きであろう。

 更に、その内の3つは自打球ボテボテのゴロで併殺打。

 つまり、残りの5か国の内3か国は、お金を払ってでも・・・・・正直2度と行きたくないってぐらいの国なのである。


 どの国が気に入って、どの国がキッツかったのは、また別の機会で語らせてもらうとして、ここで多くの人々が旅に感じる満足度、その起点となる要因について言及させていただければと思う。


 大きく3つに絞らせてもらおう。


 一つ目、風光明媚な土地、名所名跡。美しい景色。

 二つ目、実際に旅してみての新たなる発見、訪れて良かったと思える出来事、そして人、異国情緒など。

 最後に三つ目、現地でいただくその土地ならではの食べ物。


 この上に挙げた3つの項目の中、どれを重視するかは人それぞれだよね。人によっては全く気にしない、気にならないって人もいるかもしれないし、その項目に興味を示さない人だっているかもしれない。


 ただ、最近気が付いたのだが、おいらの中では最後の三つめが比重として圧倒的に割合がデカい。他の2項目も、全く無視出来るワケはないし、満足度に大きくかかわっては来るんだけど、仮に比重を示すとするならば2対3対5といった感じ。

 まぁつまり、メシウマかメシウマではないか、おいらにとってその国の印象というのはこれがドデカく左右することになる。


 当然、圧倒的自打球併殺打だった3か国はマズかったかおいらにとっての期待を大~きく下回り、逆に特大場外ホームランだった2か国はとんでもなく素晴らしく、予想だにしないほどに突き抜けて美味だったっつーワケ。

 今でも思い出すと食べたくなる。日本橋か横浜のタカシマヤに行けば、非常に再現度の高い料理をいただけるのだが、その話もまた今度にしよう。


 だがしかし、しかしながら、この特大場外ホームラン級2か国を、圧倒的超特大場外逆転満塁ホームランばりに超える土地が、何と我が国日本に実在したのである。


 正に灯台下暗し。そこは沖縄である。方々回って探しに探した青い鳥は、すぐ傍にいたのである。青い海だけにな!


 青い空、青い海、白い砂浜。

 使い古された南国を記号のように表す文言そのままプラス様々な名所名跡。

 ならではの風土に、落ち着いた時間の流れる島独特の雰囲気。

 至る所から流れてくる三線さんしんの穏やかな音色に乗せた涼やかな歌声、そして素朴で素敵な島の人たち。

 語ればキリが無いよなぁ。


 海の綺麗な南国の地と言えば、アメリカのハワイ州やオーストラリアのケアンズ、他にもいくらでも思い浮かぶよね?

 でも、おいらはその中であっても沖縄の海がダントツであると確信している。と言うより、有り体に言ってしまうと、もはや沖縄より上の楽園を見つけることなど不可能であると諦めた、と言った方が早い。


 さすがに都市部である本島の南部と八重山諸島の石垣市周辺の海はその限りじゃあないけれど、ホンの少し小船に乗って陸を離れたり、片道2~3時間かけて離島に行けば、眩いばかりに輝き透き通った海と、熱帯魚に囲まれるこの世の天国を味わう事が出来る。

 石垣島から少しだけ離れたシュノーケリング・スポットに連れていってもらった際には、あまりの透明度に8メートル下のサンゴ礁が丸見え過ぎて船が何もない空間にぽっかり浮いているかのような感覚に陥った。

 船長が言うには、実際、高所恐怖症の人は怖がってしまって船を降りれなくなったりもするらしい。


 一方で、本島の那覇港から船で行ける久米島の、港から島の反対側にあるホテル前のビーチは、5メートル程度沖に向かって泳げばもう周りは色取り取りのお魚だらけ。

 下手に泳ぐと手足が当たってしまいそうで、人懐っこいお魚を傷付けないよう気を付けて戻らなきゃあいけない。


 無論、海だけではない。

 ないのだが、今更一つ一つ詳しく書くと本当に終わりゃあしないので、掻い摘んで他の南国と比べてのおいらのとって大きな違いを、たった2つだけでも提示したい。


 一つ、日本語が通じる。

 当たり前の話だ、って思うでしょう? 日本国内なのだから。だが、本当にこれは大きなアドバンテージだと思っている。何と言っても安心感が違う。

 無論、その国に行くのであれば多少なりとも日常会話の勉強をし、可能な範囲で単語も脳みそに落とし込んで行かねば海外旅行なんぞ楽しめない。けど、例えば、レストランでメニューの微妙なニュアンスなどを聞くときや、シャワーの調子が悪いとかちょっとした細かいトラブルの際の説明にはどうしても困る。

 しかし沖縄にはそんな心配など一切無い。

 今まで道に迷ったことは無いし、迷う事も旅の醍醐味だと思ったりもするのだが、そんな時すら心配は無用だろう。どーにでもなる。

 ただし、外国では下手に迷うとイキナリ危険な地区、例えばスラムとかに気が付いたら侵入してしまっている危険性があるので是非に気を付けていただきたい。


 もう一つ、これがおいらにとっては最も大事。米と汁物がある!

 これがあれば10年は戦えるッ!

 さすがに言い過ぎかもしれない。

 が、あるとないとでは大違い。日本人なら結構分かってくれる人、多いんじゃあないかなぁ。


 突然来るんだよね。コメ、っていうか日本の定食食べたいっていう禁断症状。これが発症すると本当にツラい。解消できないと、日本に帰るまでのその後の日程全てが苦行と化す。

 今のご時世、美味いコメぐらいは何とか用意しようと思えば海外でも大抵イケるみたいなんだけど、みそ汁だなんてゼイタク言わないからコメと合う汁物を同時に用意出来て、更に美味しいおかずと共に、なんてどう考えてもクッソ高い日本料理店にでも行かなきゃ無理。


 でも、沖縄だったらダイジョブ。たまに汁物が付いていないお店もあるけど、単品で追加すりゃあ良い。

 しかもおかずも逸品ぞろい。ラフテー、ソーキにチャンプルー系、モズクの天ぷらにジーマーミ豆腐だ。

 海ぶどうや島らっきょうなんかも良いね。酒が進んじゃう。

 オリオンビール片手に島唄聴きながら、タコライスをご飯に見立てておかず兼汁物として沖縄そば、なんて組み合わせもサイコーだ。


 あまりに美味しくて、おいらには忘れようにも忘れられない味になっちまった。

 ここまで書くと只のファンだね、沖縄の。

 ああ、そうさ。認めるよ、おいらは只の沖縄ファンだ。

 大好きどころじゃあない、愛してる。初めて沖縄に上陸したのは10年ほど前だが、もう5回以上は訪れている。でも、毎回新たな発見があるし、全く飽きやしない。寧ろ時間とお金さえあれば毎年行っても足らないぐらいさ。


 そうまでになっちまうと時々、無性に沖縄の食い物を胃の中に収めたくなってしまう。

 けど、おいらが沖縄にハマり始めた10年ほど前は、都内でも中々ちゃんとした沖縄料理を提供してくれるお店は少なかった。


 ウマいんだけど、……これラフテーじゃあなくて只の角煮だよね!?

 とか、

 このタコライスの肉味噌、デミグラスっぽい味がする……。いや、オイシイけどさ!?


 なんて具合だ。美味しいだけまだマシだが、当然そんなことすらも無い店も数多くあった。

 事ある毎においらは、この店はどうだ? と沖縄料理の看板を掲げる店に入ったんだけど、なかなかこれだ、っていう店は見付けられなかった。



 途方に暮れてたおいらは、ある時ふと隣町の飲み屋街に、たまたま仕事が早く片付いたので足を延ばした。時間にして夕方の6時くらい。

 季節は夏も終わりかけ、もうすぐ秋が訪れるかってところ。その日は暑かったけど、風が気持ち良くて少しだけ沖縄の気候を思い出した。


(あ~~……、こんな日は沖縄料理が食べたいなあ。沖縄料理じゃあなくっても、せめてそれっぽいものが良い)


 そんなことを考え、ふらふらと彷徨い歩くと、車一台すらも通れぬような路地の先に、オリオンビールと書かれたのぼりを発見する。よく見ると、沖縄料理という文字が店先に書かれてもいる。

 え? こんなところに?

 正直、最初はそう思ったよ。奥まった場所過ぎるからね。でも、こういう店が美味かったりするもんだ。

 看板には『うさぎや』という文字。まだ時間も早いものだからお客はいない。

 それでもおいらは迷わずに暖簾をくぐった。


 大将前のカウンターに座ると、まずはゴーヤチャンプルーを頼む。これが一番ちゃんとした沖縄料理を出してくれる店を見極めるのに適した料理だと、おいらは思っている。何しろシンプルだからだ。


 結果は、涙が出るほど美味かった。それもその筈、その店の大将は沖縄出身だったのさ。

 ソーミンチャンプルーを頼み、シークワーサーサワーも頼む。そしてラフテーと共に最後は泡盛も頼んじゃった。もーだめだ。


 それからおいらはしばらく足繁く通ったよ。1週間に1回以上は行っていたかもしれない。


 もう何度目かの来訪かも数えなくなっていた頃、季節はもうすっかり冬になってた。

 その日は特に寒い日で、その上次の日が朝早く起きねばならなかったので、おいらは早々にシメにいこうとして大将に尋ねた。


「ねぇ、大将。なんか温まって、腹に溜まる料理とか、何かないかな?」


「そうだねえ、じゃあ、アーサ汁の雑炊はどうだい?」


「アーサ汁の……雑炊?」


 聞いたことが無かった。アーサはアオサ、またはアーサーなどとも言われる海苔の一種だが、おにぎりに使われるような焼き海苔に比べて香りと風味、そして緑色が非常に濃い海藻である。沖縄ではお吸い物の如き澄まし汁っぽいものの中に浮かべられていることが多く、本州における味噌汁のようなものだが、雑炊で使われるとは聞いたことが無かった。

 そもそも、沖縄料理で雑炊なんて初めてである。


 俄然、興味が湧いてきた。


「そいつでヨロシクお願いします!」


「あいよっ」


 『うさぎや』はカウンター6席ほどにテーブル席が5~6組と、多いときは20人超のお客さんが入れるし、2階席もあるのだが、大将のこだわりなのか、大将以外が調理をするところは見たことが無い。

 なので混雑時はちょっと時間が掛かるのだが、そんなことは百も承知なので大人しく待つと、程無くして土鍋から湯気立つそれが運ばれてきた。


「うわぁ」


 くつくつと煮込まれた土鍋の中には透明だけど薄く色のついた出汁と米、そしてその中に泳ぐアーサと細かく賽の目に切られた豆腐が見え隠れする。とっても良い匂いだ。カツオ系と若干の肉っ気、そこに濃い海苔にも似た香りが包み込んでくる。

 あっさりとした濃い匂い。こう書くとよく解らないよね。


 とにかく、取り皿に取り分けてふうふうしてから食べる。熱いに決まってるから、念入りにやったけど、まだまだ熱い。

 口の中で何とか冷まそうと例の動き、はふはふすれば、出汁のうま味がじん~~わりと広がってくる。

 想像通りの味なんだけど、想像以上。素材のうま味が溶け出して、もはや混然一体となり過ぎたスープの中で、アーサの香りと風味がガツン! と来る。

 沖縄産の豆腐は、本州のものよりちょっとだけ固いので良い食感のアクセント。それらをお米の甘味が少しだけまとめている。


 美味い。


 もう取り皿も使わずに、後はそのまま食ったね。おいらの数少ない長所に、熱さに強いってのがある。もう3分程度で平らげちゃったかな。


 それ以来、その店に行くと大抵シメにそいつを頼む。


 月日が経って、いつの間にかその『うさぎや』は2号店、3号店を出した。しかも沖縄の石垣島と宮古島に。

 わけわかんないでしょう? 本店は本州の埼玉にあるんだぜ?


 あ、因みにこれを書いている3年前に石垣島店には行った。雰囲気も料理もやはりサイコーだった。

 けど、アーサ雑炊が無かった。


 今ではその店と自宅との距離が少しだけ離れちゃったので、前ほど頻繁には行けなくなった。が、それでも定期的に通っている。

 そして、シメにまたあの美味い雑炊を頼む。

 いやあ、シアワセというものは、案外近くに転がっているものなのだ。




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とある吞兵衛の食道楽々な探索隊 大虎龍真 @ootora-ryouma

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