10

「姉さん、早く!早く!」


 可愛らしい子供たちの声が高い天井に響く。1番幼い少年はぴったりと父から離れず、頭を擦り寄せて甘えている。


「レオ、早く行くぞ」


「僕は父さんといる」


「何言ってんだもう。姉さんも準備したんだぞ」


 だってと言いながらグズるレオの頭をフランシスは撫でた。


「俺はいなくならないから行っておいで」


「本当?」


「ああ」


 レオは手を引かれ、2人の姉弟と出ていった。フランシスはそれを見送りながら、島に何か見慣れない船が来ていることに気がついた。そして同じく見慣れない格好の男たちが大勢フランシスの前に立った。


「誰だ?」


 彼の問いかけには答えず、甲冑の男の1人が逆に問いかけてくる。


「フランシス・エルドレッド・フラム殿下ですね」


「・・・もうただのフランシスだ」


「いいえ。あなたは『行方不明の第一皇子殿下』です。その赤い瞳はあなただけです」


 フランシスは男の言葉に違和感を覚えた。そしてどことなくその声に聞き覚えがあった。


「お前、確かジェラルドの・・・」


「はい、近衛騎士のハロンです。ジェラルド陛下から伝言があります」

「あなたに助けて欲しいと」




「ミモザ、どう思う?」


「どうもこうもないわ。自分で約束したのだから、宣言通り助けてあげればいいのではなくて?」


 彼らから事情を聴いたミモザはさっぱりとそう返した。ミモザは反対すると思っていたフランシスは、少し面食らった。


「君は反対すると思った」


「本当は賛成なんかしたくないわ。あの子たち全員に悲しい思いをさせるってわかっていますもの。でも、彼女には借りがあるし。私そんなに冷酷にもなれないわ」


「そうか・・・『全員』・・・」


「大丈夫よ。ずっとアネモネにだけは言っているから。魔女は一人だけ。一人だけでないと、世界の異変が上手く感知できないのだから、あなたはいずれ一人でこの塔を守っていかないといけないのよって」


 アネモネは二人の一番上の子どもであった。今年十二歳になった彼女は母の生き写しのようにそっくりで、しっかりと魔女の才能と特徴である部分的に違う髪色をしていたが、瞳だけは父と同じ赤色だった。


「アネモネは確かに聡い。悲しむだろうが、きっと納得するだろう。問題はあの二人だ」


 息子たちの顔を思い浮かべて、頭を抱える。とんでもないことを押し付けてくれたものだと、弟を呪った。


「あの子たちのどちらかを後継者にしたいなんて・・・一体俺はなんとあの子たちに言えばいい?」




 二人の息子たち――、アルマとレオは正反対の少年だった。正義感が強く、世話焼きのアルマと、いつも兄や姉の背に隠れてばかりいる大人しいレオ。この二人のどちらかを皇帝の養子に差し出さなくてはいけない。それがジェラルドのフランシスへの『お願い』であった。


「ミモザ、最初から一人だけ連れて行くのはどうだろうか?」


「もう三人とも顔を合わせちゃったわよ」


「そうだよなぁ・・・」


 文書には、「息子は全員連れてきて欲しい」と書かれていた。それがまた厄介であった。確かに継承権第二位まで用意しておくのは正しい。が、恐らく自分たちの時と同様、いやそれ以上に揉めるのは予想できた。


 二人の息子たちの今の性格でより皇帝向きの性格なのはアルマだ。でも能力に関してはレオに軍配が上がるのだ。恐らくジェラルドが全員と言ったのは、能力や性格で選ぶためだろう。長男だからアルマ確定というわけでもない。


「どのみち私たちはアネモネを置いて近いうちにここを出なくてはいけなかったのだから、これも運命よ」


「わかっている」


「それと、あと二年はアネモネの修業をしたいから、あなたは先にあの子たちと国に戻ってください」


「・・・ちゃんと来てくれるよな?」


「当たり前じゃない。あなたをまた一人で戦わせるわけないでしょう」


 ミモザは少し怒ったようだった。きっと昔の一人で貴族社会を戦ったフランシスを思い出しているのだ。ジェラルドは行方不明としてフランシスの籍を残していた。それをこう使われてしまうとは、弟の方が一枚上手であった。




 三人にこのことを伝えると、三者三葉の様子を見せた。長女のアネモネは予想通り納得したが、想定より早い家族との別れに涙を流した。長男のアルマは勇ましく、自分が弟を守ると母に宣言していた。そして末っ子のレオはよくわかっていないようだが、姉と母との別れだけは理解し、大号泣した。


「レオ、母さんは二年後には一緒に暮らせるのだよ」


「長いよーやだー」


 いやいやをするレオをアルマは叱りつけた。


「姉さんは、これから一人になってしまうんだぞ。お前は皆いるからいいじゃないか」


「ううん」


「いいの、アルマ。私よりあなたたちがこれから大変なのよ」


 アネモネは不安を隠しきれないようだ。出発はすぐそばまで来ている。




「それじゃ、ミモザ。先に行くよ。アネモネ、元気でな」


「ええ、いってらっしゃい」


「さようなら、父さん。アルマ、レオ」


 出発のその日、子どもたちとミモザは涙を流す。抱きしめあいながら、言葉をかけている。フランシスは娘を抱きしめた。


「すまない、アネモネ」


「いいのよ、父さん。いつか来ることが少しだけ早くなっただけ」


「いや、それでもだ。俺はいつでもアネモネを想っているよ。愛している」


「ええ、知ってる!私もよ。二人のことよろしくね」


 まだ泣いているレオを抱っこして、三人は旅立っていった。



 島から移動して、馬車に乗り込むと、アルマとレオは落ち着かない様子を見せていた。島から出るのは二人とも初めてであった。豪華な馬車に自分たちの立場がどれぐらいのものか察したかもしれない。二人がこれから変に勘違いしなければいいが。


「父さん、僕はフラム帝国のことをもっと知りたいです」


「ああ、いいよ」


 レオを膝に乗せながら、答えた。その前に彼らに先に言わなければならないことがあった。


「その前に。いいかい?周りが何を言おうと、自分で見て聞いて確かめたことだけを信じて欲しい。これからは俺が必ずお前たちのすべてを見ているわけにはいかないからな。それと、兄弟は大切にすること。後から手遅れになったりすることもあるからな」


「僕、兄さんだいすきだよ!」


「僕もレオを守るよ。母さんにも約束したからね」


 二人は頷いた。ほっと息をつきながら、目の前の彼らを見つめる。真っ赤な瞳に黒い髪、そして自分にとてもよく似た顔のアルマ。魔女の子孫らしく髪が一部だけ母親と同じ金色であった。皇族の血をしっかりと受け継ぎながら、魔女の力まで得ている、今までにいなかった皇帝になるかもしれない。


 一方のレオは、全くもって両親に似ていなかった。真っ赤な髪に金色の瞳でそれは初代皇帝と同じ容姿を持つ、いわゆる特別な子どもであった。皇族の中でもまれにしか生まれない生まれ変わりに等しい子ども、それがレオであった。特別なのは見た目だけではないのだが、恐らく彼はそのせいで祭り上げられてしまうのはほとんど確実であろう。どちらを支持しても、強力な貴族であるミモザの実家が支援するのでどちらを推しても損はないのだ。国中の貴族の意見が割れるだろう。


 願わくばこの二人が殺し合い、憎み合うことのないように。それだけがフランシスの願いだった。




「ねぇ、母さん」


「なぁに?」


 二人きりになるとアネモネは、ミモザの肩に頭を乗せた。幼い弟たちが普段は甘えていたため、ここぞとばかりに母にべったりとくっついていた。


「ずっと聞きたかったんだけれど、父さんと母さんはどういう風に出会って好き同士になったの?」


 ミモザは娘の可愛らしい質問に微笑んだ。彼女の年齢ならば一番気になる年頃だろう。さすがに父には聞けなかったのだろうが。


「ええ、話しましょう。男の子たちはいないし、秘密よ?」


「父さんはね、私の初恋の人なのよ――」









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星詠みの魔女の初恋 江真 @mekkme

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