9
フランシスが話し終えると、部屋はしんと静まった。ミモザはなんと言ったらいいのかわからない。ただ、その顔を見つめ直すばかりだ。
「フランシス様、私貴方のこと何も知らなかったのですね」
思わず声が震えた。自分がそこまで大切にされていたとは知らなかった。そして、皇位継承争いという大きなゲーム盤の上にいたことでさえよくわかっていなかった。彼は全てから自分を守ってくれていたのだ。だからこそ。
「ありがとうございます。私を守ってくれて。でも――私はあなたにちゃんと全て話して欲しかったです」
「ミモザを巻き込みたくなかった」
「ええ。あなたのお気持ちもわかりますわ。でも、私はそれを聞いて巻き込まれたなんて思いません。大切な人の困っていることなら一緒に考えます」
目線を下にしてしまったフランシスの手をミモザはそっと取った。昔と違って、お互いボロボロになった手。でも、それさえ愛おしいとミモザは思った。
「勇気が出なくてずっと言えなかったのです。貴方はブレンダ様やリーシャさんが好きだと思っていたから。貴方に私の気持ちを否定されるのが怖かったから。もっと早く言うべきでした。フランシス様、私は貴方が好きです。出会った時からずっとずっと。きっとこれからも大好きです」
「ミモザ・・・」
二人は見つめ合った。ミモザの目には涙がにじんでいたが、それは悲しみの涙ではなかった。
「もっと俺たちはお互いの気持ちを早く言うべきだった」
「本当ですわ」
「すまない。全部ミモザに言わせて、背負わせて」
「女を追いかけて、皇族の地位を捨てるなんて信じられませんわ」
「ああ、だからこそ俺は皇帝には向いていないよ。俺が欲しいのはミモザの隣にいる権利だけだ」
フランシスはそっとミモザの頬に触れた。触れた所からじわじわと熱がこもっていくのをミモザは感じた。
「ミモザ、俺はもう一番価値のあるものを手放してしまった。俺に残っているのは何に使うかわからない魔力と無駄にデカい身体だけだ。それと君への異常なまでの執着だけ。そんな俺でも良ければ君と一緒にいる権利をください。君がずっと笑えるように、俺は全てを捧げたい」
彼女はあふれる涙を止められないまま答えた。
「はい。ずっと私と一緒にいてください」
「・・・ありがとう」
フランシスは彼女の額にキスを落として抱きしめた。彼の胸に抱かれながら、ミモザはただ唯一の不満を口にした。
「私まだ貴方の気持ちを聞いていません」
「今言ったじゃないか」
「そうではなくて」
口をパクパクとさせて、少し顔を赤くしてミモザは抗議する。
「だってずっと前に俺は君に・・・いや言ってなかったな。すまない」
少し寂しそうに笑ってフランシスはミモザに向き直った。
「ミモザ好きだ。愛している。これから先もずっと」
フランシスが回復するまではそう長くはかからなかった。回復した彼はミモザの仕事を手伝った。ミモザ同様一年の間、自分で自分のことをしていたためにすっかり炊事も洗濯も自分でこなせるようになっていた。今のこの二人を見て、貴族令嬢と皇子と気付く人間はいないだろう。やっとたどり着いた神殿の人々は、フランシスに驚いてはいたが、深く追求してこなかった。配偶者が塔に住むのは問題ないが、魔女は基本的に一人だとだけ言い残して、彼らは帰っていった。直後は二人は何故だか少しだけ気まずくなった。
「この塔の人数を増やすのはもう少し先にしよう」
「そ、そんなの当たり前です」
「そうか?じゃあずっと二人だけでも俺は構わないけれどな」
「え?・・・それは嫌です」
「ああ、俺もそう思う。だけどまだ俺だけの君でいてよ」
ミモザはフランシスの肩に寄り掛かった。その顔は気取った婚約者の頃ではなく、二人が出会った頃の無垢な顔に似ていた。
ミモザはまた昔の夢を見た。婚約よりも前の二人が城でよく遊んでいた頃の記憶。ミモザが城の中の大きな池に落ちてしまった時、またフランシスが助けてくれた。
「ミモザ!おい!しっかりしろ」
「・・・ぷはっ、フランシス。ありが」
「何やってるんだよ!!危ないだろ」
「ごめんなさい・・・」
ミモザは思わずびしょ濡れの身体をすくめたが、フランシスの顔を見てまた固まることになった。彼は泣いていたのだ。それは濡れた際の水滴にも見えたが、目からだけとめどなくその雫が流れ落ちていたのだ。
「もうこんなことしないでくれ・・・お願いだ。俺を一人にしないで・・・」
「フランシス・・・。私、どこにも行ったりしないわ。約束する」
「本当に?ずっと一緒にいてくれる?俺のこと嫌いにならないでくれる?」
「うん。嫌いになったりしないわ。あなたがいいっていうまでずっと一緒だよ」
フランシスは何度もそれでいいのかと確認をする。ミモザは何度も頷いた。当時は気が付かなかったが、フランシスの顔は泣いているだけでなく、渇望の表情が浮かんでいた。ああ、全然気が付かなかった。彼の苦しみに。
「じゃあ、俺はミモザのこと絶対守るって約束する」
「本当?ありがとう!」
何も知らないミモザは無邪気に喜んだ。
「うん。どんなことをしてもミモザを守るよ。だから俺の事、信じて」
「わかった!」
「ありがとう。俺も君が好きだ」
こんな事を約束していたのか。これがフランシスの支えであり、もうひとつの呪いだった。あの最後に会った時の「約束」はこれだったのだ。リーシャの断罪が終わったら、これからは一緒にいようそういう意味だったのだ。すっかり忘れていたのは、この後ミモザが体を冷やしすぎて高熱を出したからだ。そのままこの記憶ごと抜け落ちていたのだ。目が覚めたミモザは、隣に眠るフランシスに目を向けた。起きたら忘れていたことを謝ろうと考えながら、ふといつか見た水晶のことを思い出した。
「えっと、この辺に…」
水晶はホコリも被らず、相変わらず美しく輝いていた。あの時は点が動いていたが今はどうなっているのか。
「あ…」
点は塔の中で光っていた。
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