第6話
細く頼りない女性の後ろ姿が、道の途中で、ふっと消えた。
「ずるいよ、ヤギさん」
バクは少しむくれて、俯いた。
ぱちん、とヤギが、ライターの炎を消す。ふっと道が消え失せ、あたりは暗い闇に包まれる。
「道なんて、ないくせに…」
「でも、それが望みだ。依頼人の」
消えゆく恋人が、少しでも、幸せであるように。
「第一、彼女の本体なら、とうに向こう側へ行っている。あれは残滓だよ」
「それなら、最初っからそういってあげたらいいじゃん」
「言えるか。アナタの恋人の強すぎた思いが残って悪さしてるんで、それだけちょちょっと片づけときますね、って、言えるか?」
「言い方」
ヤギはバクの髪をわしわしとかき混ぜる。
「いいんだよ。『どこかへいってしまったもの』を商ってんだから。『今、ここにあるもの』じゃないんだ。もういなくとも、手遅れでも、どうにもならなくても、どうにかしたいと思う人がいるのなら、それをなくすのが俺たちの仕事なんだよ」
「思い出せば、傷つくのに。忘れちゃえば、楽なのに」
「忘れたくないから、なぞるんだろう、何度でも」
「ふうん、そういうもの?」
「お前はとりあえず、飯にしとけよ」
はあい、とバクは部屋に散らばる死絡みの燃え残りを部屋に集める。
「ねえ、ヤギさん。依頼人の中の記憶ももらっちゃって、いいの?」
「日常生活に支障が出るほどの『悪夢』ならよし」
ぺろりと、舌なめずりをして、バクは目を煌めかせた。少年の綺麗な口元が耳まで裂けて、その身体が輪郭を崩し、白黒の小型の獣の形になる。
「おい、獏、素が出てるぞ」
聞こえないふりをして、悪い夢を喰らう幻獣が小さな耳を振った。
ばくん。と床に散らばった死絡みを飲み込み、部屋の隅で眠る依頼人の男の上に屈みこむと、煙のような悪夢を吸った。
後に残るは、愛しい恋人の、淡い記憶だけ。
誰もいない部屋で目覚めた男は、長い夢を見た気がして、洗面台で顔を洗った。ふと顔を上げて鏡を見た時、一粒、涙が零れて落ちた。その訳は、もう、遠い闇の中だった。
鏡の向こう 中村ハル @halnakamura
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