三章 止まない雨

第9話 雨に願いを

ぽつ……


それは歩くようにゆっくりと。


まるで舞い散る桜のように、突然の風に吹かれた。


────


『やだねぇ、降ってきたよ』

『今日は家の中で過ごすかぁ』

『洗濯物が干せないじゃない』


雨はしとしとと。


水溜まりを作ってきた。


嫌な天気だ、と感じる者も少なからず。


だからこそ、油断する。


現実は此処に在るのだから。


先延ばしにしていたのは、他ならぬ自分達だ。

ずっと近付いてきていた物から眼を背けていた。


『自分達は気を付けていれば、大丈夫だろう』と。


何の手立ても神頼みもないままに。


──ザッ


再三の忠告は猶予ゆうよと共に掻き消えた。


──ザッ、ザッ


獣のように威嚇はなく。

は足音と共にやってきた。


『…時は来た。』


列を為した人影から、声が漏れる。


そんな異様な光景にも関わらず、雨が降り注ぐ。


この場の者達は事が起きてから、知るだろう。



丁寧に、丁寧に、歩こう。


この地から生きる物が無くなるよう。


大事に、大事に、摘もう。


この地から希望と呼ばれる可能性を。


ゾワワ───


奪われし者達を含む、人に非ず者達。


─曰く、霊魔。


そう呼ばれる集団は継続して希望を喰らい、生を喰らう。


『さあ、逝こう』


その声を皮切りに、集団が分け隔てなく絶望を撒き散らしに動き出した。


対処法を持ち得ない者達が無差別に、その命を捧げ──


……



…?


なんだ。


どうした。


阿鼻叫喚の声や音は遠い。─いや、


聴こえるのは雨の音のみ。


それが、可笑おかしい。


『どうした、一体…』


「─あっはは、どうしたんだろうね。」


…!?


返る声があった。


今しがた散った同胞はらから達が見逃すはずがない。


『…馬鹿め。逃げられると思うな』


「馬鹿だなぁ。?」


『…なんだと』


嘲笑あざわらうかのような受け答えは霊魔のかつて神経であった部分を逆撫でするようで。


『これだけの数を相手に、何を』


「お引っ越しするんだ。」


さえぎるように飄々ひょうひょうとした口調はより滑りが良くなる。


「─だから。邪魔をされると困るんだよね。」


『知ったことか!』


怒号に似た叫びと共に、無力な人間へとその異質な右腕を人ならざる勢いにて頭上より振り下ろせば。


ビッ



『……あ?』


視線が己の腕の落下に合わせて、下りてゆく。


目の前の人間の右手。

逆手に握られた小太刀の刃が上を向いている。


『誰だ…なんだ、お前は…!』


「道に外れし者。キミに名乗る名前は無いよ。」


チャッ


ビッ


上を向いていた刃、柄を掌の上で反転させたソレを握れば。


真下へと、糸のような軌道を描いた。


断末魔の叫びすら残せず、言葉を話す霊魔はその場に余韻をのこす事も許されず。


霧散むさんを余儀なくされた。


「次は平和な世で会いたいものだね。」


─納刀。


霊魔と呼ばれる怪異かいいを斬り伏せたこの刀。


スミレ

霊魔をほふ刀霊とうれいを宿す業物わざものなり。



皆が逃げる時間を稼げたろうか。


この方角から、一部の彼等は逃亡劇を始める事になる。


率いるは御影家前当主。


「こっちは任されたよ、息子。」



北の方角

御影みかげ あずさ


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禱れや謡え花守よ【日常】 水本由紀 @mizumoto

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