第1章 1

バス停から学校までは中々に険しい坂が待ち構えている。

長さこそあまり長くはないけれど、なんと言ってもとにかく急で左右どこもかしこも完全な森なのです。

蛇の如く、ぐにゃぐにゃと曲がりくねった道は容赦なく私の体力と気力を奪い、今の時期は丁度花粉の季節というのも相まって花粉症の私にとっては過ごし難い時期。


──朝っぱらからなんでこんなに..疲れないといけないの...


少しずつ服の中がじめじめと湿り気を感じ始めた。

ふと視界に入った烏は私の苦闘を嘲笑う様に悠々自適に空を舞い、あまりにも爽快感溢れるその羽ばたきは自分が人間である事に後悔の念すら感じさせた。


「鳥はいいなぁ...飛べて..」


自然とそんな言葉を発してしまって周囲に聴かれてないか心配になったが周囲にいた何人かの生徒は自分達の話で盛り上がっていて聞こえてはいなかったようだった。

──と思っていたのだけれど.....


「鳥さんも人間を見て、同じように思っているかもしれないですね」


突然傍らに現れた声の主は、私の発言を聴いて話しかけていた。


「はぅぇっ...」


思わず驚いて変な声を出してしまった...

そこには高校の制服姿をした女子高生がいた。

まさに容姿端麗という言葉がぴったりな可愛さも美しさも感じさせる整った顔立ち。

髪は黒髪ロングで目は鮮やかな茶色。そんな美人さんが私に話しかけていた。


「ふふっ。すいません驚かせてしまって...

盗み聞きという訳ではないんですけど、自然と聞こえていたので...」

「えっ..いいえ、別にいいけれど...」


少し申し訳なさそうにそれでいて小悪魔的な笑みをみせながら、彼女は言う。


「それにしても、゛鳥はいいなぁ゛なんて聞こえて来たら、何か面白そうだなって思って話しかけちゃいますよ」

「いや、かけないと思うけれど...」

「えぇ?、そうですかね...」


普通はそんな事言ってる人が近くにいたら近寄らないわよ。

私だったら知らない人に絶対話しかけない。

でも、゛あぁ、この人は人生の苦境の真っ只中なんだな゛と思って同情はしてしまうから、少しは思う所はある。

けれど、自分に出来る事はないからと結局は俯瞰してるだけに留まるのが常。

そんな事を考えていると彼女は続けて話す。


「でも、良かったなぁ。先生みたいな゛面白い゛人がいて」


うん、出会ってから少ししか会話をしていないのにいきなり馬鹿にされたような発言をされた気がする。

一体この数回の会話からどう理解したら、私が面白いなんて結論に至るのだろうか...

何が言いたいのかと訝しげに彼女に視線を向ける。


「あれ?...、先生...ですよね?、天田高校の」

「えぇ、そうだけれど。ただ、初対面でいきなり面白い人って言うのはどうかと」

「あっ、すいません。別に面白いっていうのは馬鹿にしてるとかそういうことではなくて、今日から新しい学校生活が始まるので私が馴染めるか心配だったから、先生みたいな個性的な優しい人がいて安心したからの面白いという意味です!」

「あ..そうなのね」


何だか凄い勢いでフォローされた気がするけれど、悪意がないタイプの言い回しなら素直に良い意味で受け取っておこう。

──じゃないと私のプラスチック製の心が折れる...


そんなこんなで、その後もたわいのない話しをしながら登っていると、やっと学校がある丘の頂上に辿り着いた。

そこから少し歩いて生徒用の昇降口付近まで着くと、軽く別れの挨拶を交わす。

「先生、ではでは」

「えぇ、ちゃんとクラスと席の番号確認してね」

「は~い、分かってますよ~」


彼女は昇降口に貼り出されている貼り紙を確認しながら返事をしていた。


にしても風変わりな子だったなぁ。あんな子もいるのかと思わず心昂る自分がいた。

──あぁ、そういえば彼女の名前聞くの忘れてしまったなぁ。まぁでも、直ぐに分かるでしょ。私、先生だし。

それよりも今はここからの戦いを乗り越えなきゃ。


「私も今日から頑張らなくっちゃ...」


小声で自分に喝を入れて来賓兼教師用の昇降口に向かいながら、これから待ち構えるであろう出来事に、期待と不安を募らせつつも自分のやりたい事をやっていこうと強く決めた。

──取り敢えず、独り言をもう少しやらないようにしよう...うん...







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凪ちゃん先生のきまぐれ模様 タビビト @Galryu1225

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