Deep Trip

無名

4月17日

 食器を洗う音、その奥で「ピー」という冷たい音ともに洗濯機が洗濯を終えたことを告げる。

「はあ。」

 今にも狂いそうな顔をしながら私はひたすら家事を行う。

 時刻は23:46、一通り家事など終え、ようやく一息ついた。

 私はストレスのせいもあって手は荒れており、目の下のくまも酷かった。

 ソファに座り天井を見上げる。

「いつになったらこんな“見えない何か”に追われない生活できるんだろう」

 掠れた声で一言つぶやいた。

「もう時間も遅いし使ってもいいよね…」

 そう言いながらポーチから丁寧に梱包されたLSDの紙片を複数枚取り出し、徐に舌の上に乗せて目を閉じた。


 そうすると次第に気持ちが穏やかで暖かくなり天に昇天するような気分になった。そのままソファの背もたれに寄り掛かり身体全身の力を抜いていった。

 まるで春の心地いい太陽に照らされながら緑生い茂る丘で昼寝をしているような感覚だった。

 永遠に眠っていられるような、この世界の自然に包まれながら現実世界の醜い部分を忘れられる、そんな気分だった。

 今が何時か、どこにいるか、外の天気などまったく気にならないほどに心地よかった。

 気持ちの良い感覚のまま眠ってしまいそうだったその瞬間、


「うわっ!!!!!」

誰かに首根っこを掴まれ後ろに引っ張られるような強い衝撃を受けた。


そのまま、





 そのまま

    どんどん


        深く深く、

    フカク、フカク。

                  沈む、しずむ。


        シズム 沈む、szuム


「はっ!」

 *            *   *

       *              *    *

 後ろを振り向くと地球があり、目の前には月があった。

 見上げると数々の星々がか輝いている、美しい。


 *          *                     *


 ただ、美しい。

                   *


 文字通り“息を呑んだ”

  息を呑んだお腹は次第に膨れていく、  風船 の ように どんどん 膨  らんで ゆく。


「な にこれ ? !」

 膨らみに 膨らんだお 腹は、

「パン!」 と 音 とともに 弾 け   た。


 そ の 破裂 のいきおいでウチュウ空間ヘ、コウソクデトンデイッタ


 ハヤイ


 ハヤイ


  ハヤイ


   ハヤイ


    ハヤイ


     ハヤイ


      ハヤイ


       ハヤイ


        ハヤイ

         ハヤイ

          ハヤイ

           ハヤイ

            ハヤイ


       トテモハヤイソクドデ宇宙クウカンヘトンデユク・・・


 ソシテシダイニそくどは遅くなっていき止った。

 そこには眩い輝きの星々が身体の周りを囲む



 そして星々がどんどん身体に近づいてくる

 最後には身体に纏わりつき、身体は光に包まれた

少しくすぐったくなり、星々を払い除けようとしたら星々は次第に細長く延びウネウネと動き出した。

次第にその物体はモノから蛆虫へと変化していった、振り払おうとした手も蛆だらけにいなっていて気が付けば蛆虫達は着ていた服を食い千切り、皮膚の上で這いずりながら蠢き合っていた。そして蛆達は皮膚を静かに、でも確実に食い荒らして筋肉や骨にまで到達された。痛い痛い、身体の至る所が食われたせいで激痛が走る。痛い痛い。痛い、振り解こうと何か動作を行えば行うほど全身に激痛が走り“動こう”という意思すらも食い千切られていた。そして蛆虫達は顔にまで侵食してきた。鼻、唇、口の中にまで侵食してきた。舌の上で蛆虫達がうねうねと踊り狂う、その感触が伝わってくる。そして眼球の上でも踊り始め、瞬く間に蛆虫達が眼球を喰らい始めた。どんどん視界が白くなってゆく、全身が脆く崩壊してしまうほどの痛みにまで到達したその瞬間。





 電源を消したテレビの画面のように急に目の前が真っ暗になった。





 だが、だんだんとメのショウテンが合ってくる。

 sidaiに真っ暗kaら暗イながらも周りのかんきょうが把握できるほどには分かるようになってきた。

 左ゆうには壁がある。

 前ごには壁がない、

 道はあるが果てしなく長い。


 ドンッ!・・・ドンッ!・・・ドンッ!・・・


 何か大きな足音がする。

 後ろを振り返った。

 正体は分からない、

 人型の黒いモヤのようなモノが

 こちらに迫ってくる。


 何だかわからないが怖いので

 前に走り始める。

 黒いモノも同じく走り始める。


 走る。

 走る。


 黒いモノも走る。

 黒いモノも走る。


 焦って加速する。

 少し距離を離そうとする。


 黒いモノも加速する。

 少し離れた距離を縮める。


 走って逃げる。


 加速し距離を縮める。


 走る


 加速してくる


 逃げる


 もう掴まれそうな距離まで来てる


 逃げる!



 その瞬間

    道は途切れており

            無の空間へ

                 落下していった



 光も


       音も


              物も

                     空間も

           

                             時間も


 なにもないきょむへ落ちる。

 落ちる。

 落ちる・・・


 ダンッ!


 急に地面にぶつかった。

 無の底に到達した。


 先ほどの走った疲れ、そして地面にぶつかった痛みでうつ伏せから仰向けになるので身体の体力を使いきった。

 何もない“上”を見上げる。


 そうすると上からタンポポの綿毛のようなものが降ってきて、その一つが腕に乗っかった。

 美しい、と脳内で感じることができる力は残っていた。

 そして上から次々と綿毛のようなものが降ってくる、

 身体の上に乗る物もあれば遠い地面に着地する物もあった。

 腕や身体に乗った綿毛をただ眺めていた、その時一つの綿毛が根を生やし美しい花を咲かせた。

 綺麗な白い花びらの花だった。

 一輪の花が咲いたのを皮切りに他の綿毛たちも根を生やし、花びらを咲かせていった。

 ピンク、黄色、青色、レッド、茶色、グレー、ブラック等々きれいな色からお世辞にも美しくない色まで様々な色の花びらが咲いていた。

 その花々が咲いていくのを見てなぜか気分は幸せだった。


 疲れ切り、何も力が残されていない心身に花びらが咲いていくのを見てまるで自分自身までもが花びらのように美しくなったように感じた。

 虚無的な幸せを感じながらただ、天を仰いだ。


 穏やかである種の天国に辿り着いたと感じていた、天国と信じていた。

 その時、先ほど追いかけてきた黒いモノの顔が天から迫ってくる。

 一気に心拍数が上がり、汗が額を伝う。

「ムァーマ・・・ムァーマ・・・」


 何か言葉を発している、それが余計怖かった。

「ムァーマ・・・ムァーマ・・・ムァーマ・・・ムァーマ・・・」

 やめて……やめて!!!





 ・・・

「ねぇママ、お~き~て~よ~!」


「はっ!!!!!はぁ…はぁ…はぁ……」


「ママ、だいじょうぶ??」


「っはぁ…えぇ??あっ、うん…!ママは大丈夫だよ」


「ほんとぉ?ママ、すごい汗かいてるよ?」


「大丈夫ぅ~笑、ママちょっと怖い夢見ててさ」


「そっかぁ…、こんどこわい夢みたら教えて!

 こわい夢からママのこと助けてあげる!」


「本当に~?じゃあ今度怖い思いしたら助けてもらおうかな~」


「助けてあげる!」


「ありがとうね、じゃあ……朝ごはん食べようか」


「うん!」


 ふと時計を見る。

 4月18日(土) 

 08:32


 どうやらこの時間まで逃避をしていたみたい。

 私は今日も同じように周りからも、子供からも期待通りの“私”を演じる。

 本当は疲れ切っているのに。

 今度はもっと量を増やそう…


 そんな考え事をしながら私はまた現実へ戻る。

 すべて“自己責任”の一言で片付けられるこの現実(せかい)に。

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