α-セカンドライフ-【期間限定・試し読み】

@yayo09

第1話

 カンカンカンカン…。

 少年は足音を鳴り響かせながら上へ上へと目指して階段を上る。

 そこは雑居ビルだった。

 もう取り壊しも決まっていたため建物の中には何にもなかった。その日は平日でもあったが、きっと工事は休みだったのだろう。建物の中に人の気配もなく、建物の敷地内で唯一あったのは黄色い規制線が貼ってるだけであった。

 誰もいない少年だけの世界。自分だけの世界。

 非日常な空間に自分がいるとわかっていながらも、少年の規制線を越えて建物の中入って行く足取りは重かった。

 屋上へ上る靴の音が建物の中に鳴り響く。

 そこは都内の雑居ビルだった。

 本当に何にもない日だった。

 普通に学校に行って、普通に授業を受けて、あとはこの建物と反対側の方向にあるはずの自分の家に帰れば無事に一日は終わっていた。別にいじめられたわけでもない。別に家族と喧嘩したとかそんなわけでもない。特に近所でイベントやセールとかやってるわけでもない、本当に何もない、そのくらい平凡で何にもないつまらない一日。

 だからこそ。

 だからこそ、少年は今日決意した。

 学校帰りで制服姿の少年は、気がついたら規制線を越えてこのビルの階段を上っている。

 その日の天気は快晴。屋上の扉を開ければそこには雲一つない青空が広がっていた。

 その空に向かって少年が大きく息を吐く。

 絶望するにはもったいないほどの快晴だった。


   ×  ×  ×


 都内にある進学校。

 その学校のとある教室の窓際にマジックで暴言の書かれた机が影薄く置かれていた。

 その机は今日突然そのクラスに現れたものというわけではない。

 少し前からその場所にあってその机の主が不在の状況でその教室に同化していたものである。

 落書きの量はほかの机よりかはかなり…いや結構多い。

 前は普通の机だったのだ。

 新学期、少年が登校してくるとそれは落書き机に変わっていた。

ドラマやなんかでは、よく見るいじめを象徴するものとして机が使われる。なんかイメージ的にそんなのでよく見る、まさに「ザ・いじめ机」といったところだった。

 新学期から、そのいじめ机は本人不在でどんどん進化していった。

 何で主がいないかって?長期留学で夏休みからホームステイ。そんなこと高校生で、しかも親の金でできてしまうんだから、その主がどれだけの金持ちかわかるといったものだ。クラスメートたち、とくに少年には興味関心がなかったが、ほかの連中はホームステイしている彼の机がとてもお気に入りのようで、いつも休み時間にこれでもかといたずらしては先生に怒られていた。

 最初はまだ「さみしい」だの「金持ち」だの「ホームステイいいな」だの、まだかわいい言葉が落書きされているだけだった。

 なんか違う、少年がそう気がついたのは数日前。ホームステイのクラスメートが外国に行ってふた月ちょっと経ってからだった。。

 机には馬鹿だの死ねだの文字が並ぶ。しかもマジックで。その机の上は落書きのオンパレードだった。少年も学校に来るのが早い方だが、これを書いた本人たちはこれを書くためだけに何時から教室にいるのか。少年には不思議だった。

 何となく学校は居心地がさほど前までよりもいい場所ではなくなっていたが、そんな時、担任からその机の主が帰ってくるという発表があった。

 その帰国子女が帰ってくる。

 それはクラスにとって、教室にとって、何より一番落書きを楽しんでいたそいつにとって大ニュースだった。

 翌日、本当にホームステイしていた机の主…、クラスメートが教室に戻ってきた。

 彼は自分の机が落書きでぐしゃぐしゃであることに言葉を失う。

 教室を見渡すとそこにはくすくすと笑ういわばいけてる系のグループがいた。

 その中でも、グループの中心で一番笑っている金髪のダサい奴。

 一番、落書きを楽しんでいたやつだった。そいつがくすくすくすくす嫌味な感じでずっと笑っていた。

 笑ってはいけない。本能的にはわかっている。

それはわかっている。こんなひどいこと、容認されていいはずがない。

 だけど、そのグループから、その金髪から発生した笑い声は広がり次第に教室中が嫌なくすくすとした笑い声に包まれていく。

 流されやすい10代の少年少女たちは悪意に満ちた空気に飲み込まれていく。

 少年も気がつけばいつの間にか笑っていた。


 きっとこんなことで笑うよりも。

 世の中にはいくらでもフィクションで面白いものはたくさんある。

 連日連夜のくだらないニュース。

 面白くもないテレビ。

 つまんない音楽にドラマに娯楽に。

 世の中が肯定する「面白い」だの「娯楽」だを少年はあまり詳しくはない。それは少年の家柄的に少々厳しいからというのもあったが、それでも、今の状況があまり好ましくないことぐらいはなんとなく理解できる。

 世界が供給してくる娯楽は共通して誰もが幸せになろうとするオチを考える。

 でも現実はきっとそうはうまくいかないんだ。

 誰かにとっての「面白いこと」は誰かにとっての「悪意」になる可能性がある。

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