11.サラマンダー、最後の演習


 映像は、ゴリラとマックスが見失い、しかしレーダーを確認する空母管制室の指揮官たちは、直進するようにむかってくる機体を追えとの指令で、あの橘准将ですら差し迫った声色……。


「本当にこのようなことがあったのですか」


 その緊迫する空気に耐えられなくなったのか、銀次からウィラード大佐へ、当時、スコーピオンとして上空に飛んでいった本人へと尋ねずにいられなかったようだ。


「そうだな。資料用に編集されてまとめられているものだが――。さて、この後どうなるか。このsu27、どうして侵犯をして空母に向かっているのか、」



『見つけた。キャプテン、侵犯機を発見』


 これも聞き覚えのある男の声だった。


「鈴木英太少佐、バレットだ。ゴリラとマックスが見失った侵犯機をバレットが見つけ、スプリンターと共に追跡を始めるのだが……」



『パイロットがバーティゴを起こしている可能性があると思う!』



 タブレットから若き日の鈴木少佐の声が聞こえ、そして、これが大陸国機の故意の侵犯ではないという状況の可能性が出てきたことに、そこにいるゴリラのモリス中佐以外のパイロット全員の息引く様子が漂った。



『バレット、そう思うのはどうして』


 ここで初めて、御園艦長の声が聞こえてきた。


『背面で急降下なんて不自然だし、正常体勢でも急降下は重力負担がかかるのに、背面で急降下するのはもっと重力がかかる。なのに、まるで海に落ちるためのような角度で落ちていってる! こんな恐怖のある操縦は自らしないと思います』


『スプリンター、貴方はどう思う?』


 この緊迫した中、噂どおりの落ち着いた静かな返答、まさに『アイスドール』だと、エミリオは初めて御園少将がそう呼ばれる由来にひやっとさせられる。


『自分もバレットと同じです。不自然です。空母への攻撃が目的の接近だとしても、あのような体勢を望んで接近するパイロットはいないと思います。四方が薄紅の霧ばかりで、自分も上下感覚に不安を覚えています』


 つまり、侵犯機が敵意を持って攻撃をしてきたかもしれない状況の中、いちばん側で追跡をしているバレット機が『不自然だ、あれは意図的ではない。不可抗力でこっちに入ってきた、パイロットの意に反して起きていることならばバーティゴしかない』と判断しているのだ。


 ただいちパイロットの瞬時の所感を、艦長たる者がどう受け判断するのか、エミリオはそこが気になった。


 そして藍子はもう顔色を失い、ただ海人を気にしている様子だった。しかし海人は鬼気迫る眼差しでタブレットから流れてくる音声に集中している。


 だが、そこで二本目の映像が終わってしまった。


「これで終わりなのですか」


 思わずそう突っ込んだのは、銀次だった。


「演習のための資料という編集をしている。だがここにモリスもいる、この後、既に上空に四機発進していたのだがサポートのためにスコーピオンだった自分も発進している。そしてどの隊員も無事に帰還している。つまり上手く対処が出来たというわけだ。見て欲しいのは、いまのバレット機が『バーティゴだと思う』と報告した後のバレット機から撮影したバーティゴを起こしているだろう大陸国機を追う映像と、スプリンターがバレット機の後方から、バレット機と大陸国機を追う映像だ。それが三本目」


 呼ばれたどのパイロットもなにかを問いたい様子だったが、そこをウィラード大佐が抑えむように先に進めていく、そしてタブレットの画面も切り替わっていく。


 説明されたように、コックピットから降下する戦闘機を追う映像だった。雷神ではないカラーリングの戦闘機がぐんぐんと降下しているのがわかる角度の……。


「鈴木の7号機から、発見した侵犯機を追う映像だ」


 同じパイロットとしてその映像だけで体感からある程度のことが予測できるから、エミリオは絶句する。


「かなりのスピードですね」


 エミリオの呟きに、同じように感じただろうパイロットたちが頷いた。藍子もどうしてこのような映像をいま見せられているのか、これから自分が受け持つ仕事内容に不安を覚えているような顔色だった。だがその不安を消し合うように両脇にいる海人と囁きあい、岩長中佐にもそっと質問を投げかけている。


 海人も呟き始めた。


「確かに背面飛行をしている。これをバレットはバーティゴを判断したんですね……」


 さらに海人は少し躊躇うように続ける。


「母も……、これをパイロットの報告を信じて、バーティゴと判断したということなのですね」


 その呟きの行方を追うような空気が漂ったが、ウィラード大佐は閲覧開始前に告げたようになにも答えなかったため、もう誰も言いたいことを呟くことはなくなる。エミリオも口をつぐんだ。


 タブレットの映像はバレットコックピットからスプリンターのコックピットから撮影されたものになる。


 そこでまたここにいるパイロットは揃ってざわめき青ざめる。


 ジェイブルーの菅野が思わず声をあげる。


「空母が目の前に……!」


 隣にいる相棒の城田も同時に。


「このままでは追跡している侵犯機が空母に衝突、墜落する……」


 これは本当に現実に起きた撮影なのか、本物の現場の記録なのか、CG編集ではないのか。そんな目を避けたくなる映像だった。


 エミリオの隣にいる銀次もそっと耳打ちをしてくる。


「バーティゴだと思うか?」


「でも、すごい角度で落ちている。意図してこんな角度で空母を狙ってこられるかどうかですよね」


「これだけの飛行映像では、わかり難い。それに空母側が大陸国機が侵犯で侵入してもう目の前に来ているのに、空母側からも横須賀の中央指令センターからもなんら対空侵犯措置としての動きを行っていない」


 銀次の所感はもっともで、エミリオもそこは疑問に思うため一緒に頷いた。


「艦隊の指令にいる御園艦長が、意図した侵犯ではないと判断しているからなのでしょう」


 ふと気がつくと、銀次とエミリオのささやかな取り交わしだったのに、漏れ聞こえていたのか皆がこちらを見ていたので、銀次と共にハッと我に返る。


「母が……、そう判断している間に、こんなに……、このままでは……」


 空母がもう目の前。海人が苛ついている。きっと息子として『なにやってんだ。艦長ならクルーを守る行動をいますぐ起こせ』と思っているのだろう。


 そんな海人を見ていられなかったのか、ずっと落ち着きがなかったモリス中佐がついに口を開く。


「この時には既に、追尾しているバレットが照準しながらいつでもロックオンの状態だった。御園艦長はこの侵犯機が意図せずバーティゴという事故を起こして侵入してきたとして、すぐには撃墜はしないと決断をし『事故』として扱う判断をしていた。だが進路は空母へ一直線、もし空母直進を回避されなかった場合は、事故であり故意でなくとも撃墜をする、つまりクルーを守ることを優先する選択をしていた」


「まさか、いまから……バレットが? 撃墜するのか」


 また一同騒然とする。しかし今度はモリス中佐も落ち着いている。そのわけはすぐに目の前で起きる。


「脱出した、ベイルアウト……!」


「入ってきた国で乗り捨てたってことか」


「進路も変わっている!」


 一同の驚きが揃う。映像は大陸国機のsu27が空母から僅かに逸れた海上で着水爆破、その閃光がチカチカと繰り返している。


 モリス中佐が付け加える。


「御園艦長が始終、国際緊急チャンネルからバーティゴを起こしているから、計器を信じていますぐ脱出をしろ。そうでなければ空母のクルーを守るために撃墜をするとの通信を届けていた。本来ならバーティゴに陥ったらほぼ助からない」


「だけれど、この時は日本国側の艦隊でそう判断が出来たので伝えることもでき、大陸国のパイロットも救助することができた」


 黙っていたウィラード大佐もそこでやっと海人のためなのか言葉を添えた。


 現場にいた隊員でもあったモリス中佐とウィラード大佐説明に、海人がほっとした顔になったのをエミリオは見る。


 そして海人はもう疲れ切ったようにうなだれてなにも言わなくなり、残りの映像をただ黙ってみるだけになった。



 資料映像が終わった。


「資料は以上となる。では、ここでこの実際にあった『事故と対処』の資料を参考にソニックオーダーの概要を説明する」


 ウィラード大佐があらかじめ置かれていたホワイトボードへと向かい、黒ペンで概要を書き出す。


「ソニックオーダーで行う演習の形態であるが……」



① 侵犯機が背面で飛行することを双子に確認させる、イエティとブラッキーはバーティゴと判断をするか、バーティゴではないと判断するか。


② 指揮側(管制:スコーピオン)では、資料にある御園艦長同様に『これはバーティゴだ。こちらで緊急チャンネルを利用し警告をする』と、パイロットに指示をする。


「これはイエティとブラッキーに管制側つまり、艦長役であるスコーピオンである俺から指示をする予定ではあるが……」


 さらにウィラード大佐がホワイトボードに書き出す。


③ 実際には『バーティゴに見せかけて、日本国側の空母を撃墜する作戦で侵入してきた』設定とする。


④ ゴリラとフジヤマも『あれはバーティゴだから上の指示どおりに手出しはせず、艦長が交渉を済ますまで待機』とエレメントリーダーとして指示を出す。


 この演習内容に、エミリオは息を呑む。資料で見た御園艦隊と同じ状況を作りながらも、実際に起きた記録とは反対の意志と状況で侵犯機が意図的に入ってきたという設定だ。


 しかも今回は指揮側が『判断ミスを犯す』。双子が頼り切っている先輩ふたりも上に従うだけでそれ以上の判断を下さないスタンスをとる。しかしこの設定では、銀次とエミリオが演じる侵犯側の望む目標そのままに、空母へと爆撃できる状況が易々と出来上がってしまっている。


 ウィラード大佐がそこで黒ペンを置き、不敵な笑みを浮かべる。


「さて。双子がどう反応するか。これを見定める演習をして欲しいという城戸雅臣准将からのオーダーだ」


 さらにウィラード大佐がホワイトボードの側に立っているその位置から、エミリオを見下ろした。


「クイン、侵犯機あるいは攻撃機をおまえにやってほしい。シルバー、おまえはイエティとブラッキーを撃墜する後方機だ」


 エミリオは目を見開く。あのバーティゴを起こしている状態を演じる侵犯機の役をやれと来た――!


「管制のスコーピオン、エレメントリーダーのゴリラとフジヤマ、仮想敵のシルバーとクイン。この役回りで双子が判断に迷う状況に落とし込めていく。時間は八分から十分とする」


 八分から十分。銀次とともにエミリオは頷く。現場で何かが起きたらだいたい数分での判断は当たり前。演習のプロならこの時間内にどうにか状況を作ろうとするのは日常茶飯事だ。エミリオはタブレットを見つめる。


「先ほどの資料の状況……、発生から侵犯機着水までの時間がそれぐらいだったということですか」


 ウィラード大佐が満足そうに微笑む。


「そういうことだ、クイン」


 雷神へ異動する前の最後の演習。そこには若きファイターパイロットを先輩と上官が一斉に陥れるという厳しい条件のものだった。


 しかもエミリオは侵犯機を演じ、双子を最後まで騙して、最終目標をロックオンするまでがサラマンダーとしての最後の仕事とされた。



※資料とされた対国機バーティゴ侵入事故のエピソードはこちら⇒

お許しください、大佐殿 本編 (未読ネタバレ注意)

62話 艦長、更迭も厭わず!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887097420/episodes/1177354054888199249

63話 Hard a starboard!回避せよ!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887097420/episodes/1177354054888199384

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