12.あの日、母は、艦長は
資料映像は三本。岩国の高須賀艦長が務めた艦隊の『対領空侵犯措置』の管制室の様子、その同時期に起きた御園艦隊航行中に遭遇した『侵犯機、バーティゴ事故』の通信記録と、パイロット撮影の映像。
実際に起きた侵犯措置を元にして、城戸雅臣准将のオーダーで、エミリオは最後の演習に挑む。
再度、その趣旨についてウィラード大佐が付け加える。
「双子をオーダーどおりの状況に落とし込み、クインが侵犯機として空母を爆撃するまでの所要時間は、先ほど資料で閲覧したバーティゴ事故と対処に要した時間だ。たったそれだけの時間であれだけの判断と決断を迫られる。ここのところ、領空線で絶対に追い返すという訓練に重きを置いてきたが、今回は侵犯されたというところからやってみようと思う。故に、ジェイブルーにも侵犯機が侵入してきた場合の記録撮りについてもここで改めて検討するという流れになった」
ジェイブルー飛行部隊が設立されてまだそれほど年月も経っていないため、岩長部隊長や藍子たちにとっても、今後もさまざまなパターンを予測して対策をしていかねばならないのだろう。だから、このようなケースの演習に呼ばれたということらしい。
「それから城戸准将とこの話し合いをした際、双子だけではない、これから双子をコントロールしていかねばらない飛行隊長を務める柳田とその相棒として補佐をしていく戸塚にも今一度考えてほしいことがある」
ウィラード大佐はそう言うと、どうしてかこの部屋の隅にひっそりと控えている園田少佐を見た。園田少佐はひざにおいているタブレットを眺めているだけで、こちらの様子は気にしない姿勢を保っている。
「……その、双子の上官としての心得だが、」
銀次とともに、これから雷神へリーダーとして異動するために大事なことだと耳を傾けていると、その部屋の片隅でなにかの着信音が聞こえた。
「あ、申し訳ありません」
着信音が聞こえないようにミーティングや会議に出るのがマナーであるはずなのに、まさかの連隊長付きの秘書官がそんな失態をしたので、皆でそちらに視線を集める。
なのに、目上の立場であるウィラード大佐もなにもいわない。それどころか、どこか緊張した面持ちに変化したように、エミリオには見えた。
「園田、大丈夫か」
「少々お待ちいただけますか。秘書室からの連絡です」
園田少佐が持ってきたタブレットを指先で操作して、こちらもあの和むにっこり微笑みを消してしまった。
園田少佐が真剣な顔になるとき、格闘家でもあるファイターだと誰もがいう。それは身体で格闘する以外にも、彼女が戦う秘書官になるときもそう見えるからだった。いまその顔をしている。
ウィラード大佐もなにかを待っているようにエミリオには見える。やはりこのミーティングは異様だ。エミリオにも部隊長大佐の緊張が伝わってくる。
園田少佐が椅子から立ち上がり、パイロットが集う輪へと近づいてきた。
「城戸准将が望んでいた最後の資料、許可が出ました。五分後、クラウドに転送されます」
「出たのか、許可……そうか……、わかった」
なぜかウィラード大佐の表情が苦しそうに変化したとエミリオは感じてしまう。しかも大佐は、今度はちらりと海人を見た。海人もそれに気がついている。
「あー、その許可が出た最後の資料だが、本部クラウドに転送されるまでの五分で大まかに説明をする」
大佐はもうひとつあったホワイトボードを並べ、そこに黒ペンでなにかのラインを引き始めた。
「最後、城戸准将が望み、なかなか許可がでなかった資料だが――、正直、絶対に許可は出ないだろうと俺は思ってた」
ホワイトボードに黒い縦のラインを一本だけ引くと、ライン上部に『bridge』と記し、その下の向かって左側を『control room』右側は『passage』と書き込んだ。
「ここを空母の艦橋内として、左側が管制室そして右側が管制室を出た艦橋内通路、こちら右側には艦長室や指令室がある」
さらに大佐は、通路としているスペースにいくつかの丸印を書き込んでいく。
「俺も聞いただけの話だが、後方に『艦長』、この方の前方に護衛官二名、さらにもうひとりの護衛官が最前線を護るために。彼の目の前の丸印、ここに『主犯格』のテロリストが一人……」
この時点で誰もがはっとする。また銀次とエミリオは互いの目線を合わせた。目の前にいる藍子もなにか察したのか緊張した面持ちで不安そうにしている。
「いまから、とある日の無線を聞いてもらう。『コーストガード襲撃事件』と呼ばれている事件当日の、御園艦隊、空母艦内で起きた『フロリダ海兵隊員少佐による不審者誘導、ブリッジ制圧未遂事件』について」
もう異様な雰囲気どころではない。エミリオだけでなく、そこにいるパイロット全員が凍り付く。
噂どおり、『この事件は連合海軍の艦隊空母でも何かが起きていた』!
「マジかよ……、テロリストを味方の海兵隊員が内部に誘導して、ブリッジを制圧しようとしていたのかよ……。しかも海人の母親が艦長なのに通路に護衛官と一緒にテロリストと対峙しているってどういう状況だよ」
銀次も絶句していた。そして誰も国籍不明の漁船が爆破した原因を知らない。
おそらく誰もがその真相を知らない、知ろうとしてはいけない『機密重要な案件』。その生の無線を聞かせてくれるという。
誓約書にサインをさせられた重みを、エミリオはいま初めて噛みしめる。それだけではない。目の前には、いつもは何事も余裕で微笑んでいるお日様サニーが表情を強ばらせているのが見える。
それもそうだ。母親が、テロリストと対峙していたその日の無線を聞かされるだなんて――。こんなことあるか。当然、藍子も相棒の胸の内を思いやってか、ずっと隣にいる若い青年のことを案じた様子で見つめてばかりいる。
これも御園家子息故か。残酷なことではないかとエミリオは震える。そして悟った。これが御園のタブーにつながっていくのかもしれないと。
―◆・◆・◆・◆・◆―
コーストガード襲撃事件。
国籍不明の船団が、日本国側のコーストガート巡視船を取り囲み砲撃、着弾するという事件だった。
それだけではない。この不穏な情勢を考慮して西南海域のパトロール強化で御園航空団艦隊もその海域に出動、別の船団からミサイル攻撃をされる寸前だった。しかし国籍不明の船団は爆破。空母に被害はなく、数隻の大型漁船が爆破した原因は『不明』と発表されて終わっている。
世間民間はそのときはその調査結果に納得できずとも年月とともに忘れていく。しかし軍部内では『そんなことあり得ない』と現場を経験する海軍隊員は不審に思う。だがこれも軍人の常、そこは触れてはいけない。任務で起きたことは上層部が管理する情報。目にしたものは口外はできず、話せる範囲は上層部に管理される。
そのコーストガード襲撃事件の日の真相がわかるものなのだろう。だから口外はするなの誓約書まで出てきた。
「ウィラード大佐、クラウドの転送を終え、閲覧視聴可能との連絡が秘書室から来ました。どうぞ」
園田少佐の落ち着いた声が届いた。ウィラード大佐は億劫とも言いたげな顔をしている。
「この、護衛官は園田だったな。いちばんよく知っている一人じゃないか」
おまえが説明しろと長年ともに御園少将のそばにいた同士ゆえの親しい口調で、大佐が園田少佐を呼んだ。
「ですが、ウィラード大佐が夫のソニックに代わって伝えたいことは、パイロットとしてでしょうから、わたくしなど……」
と、彼女が微笑みながら遠慮を見せた。
「よく言う。いいか、この裏切り者のフロリダ海兵隊員の少佐を最後に仕留めたのは、あそこで楚々とした顔をしている奥様だからな」
それはもう、なんとなく誰もがわかっていたこととは言え、彼女がどこで功績を挙げたか知ると、それはそれでまた驚きだった。
驚きをそろえるパイロット一同に対しても、シュガードールと言われるふんわりした微笑みを園田少佐は崩していない。
「大佐もでしょう。上空も緊迫した現場でした。いまから閲覧できる映像は、現役時代、雷神のリーダーだったスコーピオン、雷神1号機から撮影されたものもあります。そうですよね、ウィラード大佐」
見事に園田少佐にやり返され、ウィラード大佐が顔をしかめた。
「……、空母より北、コーストガードが襲撃された後の、……、爆撃の、映像だ」
報道では曖昧にされた『爆撃』について、初めて現場にいたパイロットが言及した。いままで口止めされてきただろうから、口にするのが大佐でも躊躇うような様子だ。
エミリオは再度、息をのむ。いまからのこのタブレットに当時の『真実』が映し出されるということらしい。
どうして。それを双子の演習のためという名目で、またはこれから雷神のリーダーとなる銀次とエミリオに見せてくれるのか皆目見当もつかないが、希な機会であることだけがわかる。
それは、これをを見ることを『許される立場になった』ということ。それは確かに上層部をまとめている御園に近づいてきたことでもあるのだと、雷神へ異動する実感は湧いてきた。 そして藍子も同様にだ。おそらく藍子はこれからジェイブルーを牽引していく隊員として、岩長部隊長が育てるのだろう。御園長子の海人がいて、さらに戦闘機防衛勤務で西南海域最前線にいた菅野と城田もキャリアがあり、まさにこれから管理職を見据えていく中堅どころだ。
きっと、いまここに集められたパイロットはこの小笠原の要になっていく。
妻とともに……。エミリオはそう思った。
「では、開始する」
一同、緊張で静まる中、タブレットの映像が流れ始める。
ただし画面は黒い。
「まず無線から」
『いまからsu-27二機、su35四機の領空侵入を許可する。その間、迎撃、撃墜はいったん停止! 管制ともに上空の雷神は各指揮官の指示に従え!』
御園葉月艦長の声だとすぐにわかったが、エミリオは愕然とする。艦長が対国機を領空に引き入れる指示をしている!
銀次も呆然としている。
これだけで『なぜ、漁船団は爆撃されたのか』その『真相』がわかってしまった。
海人はもう青ざめ震えている。
「嘘だ、こんなこと――! 母が……、領空侵入を……」
ウィラード大佐はどこか苦悶を思わす顔つきでうつむくだけで、何も言わない。
※コーストガード襲撃事件※
【Final】お許しください、大佐殿3 60話~71話 収録しているエピソードです
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