13.ジョーカーを持て
さらに編集されて切り取られた部分だけの無線音声が続いて流れる。
『su27、su35、不審船へと接近中。7号機バレット、追尾中。このまま追います』
『爆撃後、王子フランカーがなにかに狙われていないかも要注意だ』
『ラジャー』
『爆撃ロックオン完了との通信。あと50秒、爆撃成功後、雷神全機も退避――。ただしsu27とsu35の監視は続行しろ』
城戸雅臣准将が艦長のかわりに指揮をしている様子で、当時は雷神のエースパイロットだった鈴木少佐のバレット機への指示だった。
『王子フランカー』という対国パイロットの『通称名』を初めて聞いたため、銀次が『当時の大陸国のエースをそう呼んでいたのかもな』とエミリオに囁いてきた。
「次は映像が流れる。バレット、雷神7号機からの撮影映像だ。su27を追尾している。バレットは西南沖、スコーピオンの俺は沖縄方面」
タブレットに流れた映像に、またその場がざわめく。
いつか新聞で見たものと同じ、コーストガードの巡視船が煙を上げているものだった。
「おそらく朝刊で使われたのが俺が撮影したものかと」
さらに映像が切り替わる。
「バレットが撮影したものだ。これが、報道されていない部分だ」
su27がsu35フランカーを先導している映像。最後尾に雷神のバレットがいる状況ということらしい。
「すでに領空内だ。バレットの映像、もう少しすると赤い大型漁船と黒い漁船、三隻が見えてくる」
その通りの映像が流れた。静かな室内、誰もがその先をもう勘づいていながら息を潜めて眺めている。
爆撃をしたのはフランカー。雷神のバレットが追尾しながらも、漁船三隻を爆撃したのは二機のフランカーだった。
「こちらの沖縄方面も、俺が撮影。スコーピオンも同様にフランカーを追尾、しかしコーストガードを取り囲んでいた船団を爆撃したのはフランカーsu35だ。su27は対艦ではないためフランカーの先導役だ。尾翼を見てわかったと思うが、コーストガードと海軍航空団艦隊を襲撃してきた船団を一掃したのは大陸国側の飛行隊だ。どうして報道されなかったかは、もう察してもらえたと思う」
まさか、大陸国側の飛行隊を領空に引き入れていただなんて。エミリオにも衝撃だった。
ウィラード大佐はもうなにも言葉がでなくなった若いパイロットたちへと続ける。
「前回のバーティゴ事故のときもそうだったが、このときも、御園艦長がこの決断をしなくては、漁船三隻船団からミサイルで砲撃されていた。コーストガードは間に合わなかったが、空母はなんとか避けられた。それもこれも、あちらの大陸国の飛行隊がわざわざ御園艦長を名指しで国際緊急チャンネルで呼びかけ、引きずり出し、交渉をもちかけたからだ。中央管制センター、横須賀司令部でも動いていくれていたが間に合わない状況での、艦長の決断だった」
そこでウィラード大佐は一息つき、海人を見下ろしている。
しかし海人はもう沈痛な面持ちで言葉を失っている。いつもの明るさはもうない。
「これを最後に、御園少将は巡回航海任務から退いている。二度と艦長として着任ができなくなった。さらに、小笠原空部大隊長も退いている。一時だけ更迭もされ横須賀司令部に呼び戻され、再度艦に戻っているがそれが最後の任務となった。つまりそれが艦長の責任として科せられたもので、第一線から退く形になっている」
訓練校校長を任命されたから、現場から退いたとエミリオと銀次の世代ではそう思われていた。だが違っていた。
静まるパイロットたちに、ウィラード大佐は最後にこう締めくくる。
「このとき、艦長直属の副艦長として着任していた城戸雅臣准将は当時は大佐だったが、この時のことは『御園艦長がジョーカーを切った瞬間だった』と……」
『ジョーカー』、エミリオにはその意味がなんとなくわかった気もしていた。
『最悪の状況に出会うことを、上官はつねに胸に抱き責務へむかう』。
最悪の状況、ジョーカーというカードを持ち歩いている。
それを使い捨てるときは、最低最悪の時だけ。ほんとうに最後の切り札。それを手にしていた御園艦長がそのカードを使った瞬間は『艦とクルーを守るために、侵犯を許す』という判断を下したこと。
その意味はきっとエミリオだけではない、後輩や部下を持つ隊員ならば少しは心で思うことができるもの。そんな顔をしているパイロットばかりだった。
ウィラード大佐も続けた。
「城戸准将も常々、口にしている。『責任ある者はこのジョーカーを胸にゆかねばならぬ』と。彼が目指してきただろう御園艦長が目の前でジョーカーを切ったのを見て、その指揮に従った経験があるだけに、そう話すことが多い」
『さて』と、ウィラード大佐が『懐かしき現役時代のスコーピオン』の顔から、いつもの厳格な部隊長の顔に引きしまる。
「司令部もなかなか許可をしてくれない映像と無線記録を、惜しげもなく今回の演習に出してくれたのには、おそらく御園連隊長も然り、ジョーカーの信条を胸に刻んでいる城戸准将の深き思いがあってのこと。おそらく新島にいらっしゃる総司令の細川中将もその想いを知ってほしいと思ってのことだと思う」
その部隊長が、なぜか銀次とエミリオへと身体をむき直し、なおかつ冷徹な視線を送ってくる。
「今回の演習だが、双子に『正しい判断とはなにか』を促す狙いがある。これは、イエティとブラッキーがどこまで指揮官の判断に従えるか、或いは同士隊員を守るためにどこまでの判断が出来るかを試すものだ。もし双子がバーティゴではないと指揮側が見極めを間違えていると判断出来た場合、おそらく上官命令を無視をしてまで艦隊を守るための撃墜体勢を取ると思う。だがそれで良いのかどうかを考えさせたい。この場合、本来は双子は判断する立場ではない。では、誰が判断する? 新しい雷神の体制で言うと?」
ウィラード大佐が次期雷神リーダーとなる銀次に返答を求める目線。
「自分と戸塚です」
「そうだ。もし、本当にバーティゴではなかったと現場レベルで確信した場合、艦長が手を出すなと判断し指令を下しても、そのままでは艦隊が攻撃される危機を逃れるため、では誰が撃墜の判断をするか。若い双子にはまだ飛べる力がある、ないのは経験と判断力。そんな時のための、……、そこは柳田と戸塚で話し合って覚悟を決めて来て欲しいとの城戸准将からの言葉だ」
かえせば、これから柳田と戸塚が双子の上官としてどのようなさじ加減を考えるべきかを体感する機会でもあると言われていると、エミリオは気がついた。
そうか。俺も雷神に行くと、銀次と一緒に『ジョーカーを持つ立場になる』のだ――と、エミリオも肝に銘じる時がきたらしい。
上空の現場レベルでパイロット自身が指揮側の判断が違うと思えたとき、では誰がその指揮に背く? 若い双子か、それとも飛行隊長となる銀次とその相棒のエミリオなのか。
そのときに、おまえたちは『若い者を守るために、ジョーカーを使えるのか?』。
雷神に異動するために、そこにすでにいる若手のパイロットと、新しく着任するアグレッサー経歴のある上官パイロットとの摺り合わせをする機会ということなのだと、エミリオもこの演習の意図を理解した。
―◆・◆・◆・◆・◆―
「今回の閲覧視聴をしてもらう資料は以上である。明日からはこの時間に、演習で行う飛行形態について参加者で摺り合わせの話し合いをしてほしい。本日はここまで」
ウィラード大佐の指示が終わり、皆がやっと緊張から解き放たれたようにほっと表情を緩めた。
だが一人、そうではない隊員がいる。エミリオも気がついたが、隣にいる藍子も気がついていて怪訝そうにしている。
ウィラード大佐も気がついていて、昔なじみである海人の様子をうかがっている。
「海人、あとで俺の部隊長室へ」
「いえ、大丈夫です」
「本当か? ……まあ、あの資料をおまえに見せるか聞かせるか、随分と悩んだようだよ。お母様は……」
ウィラード大佐のその声かけに、席を立ち帰り支度を始めていたパイロットたちの動きが止まる。
そんな中、後ろにそっと控えていた園田少佐がパイロットの輪に入ってきた。
「ウィラード大佐、こちらで引き取ります」
「園田がそう言うなら……」
母親が対国の戦闘機を引き入れる許可をしてしまった瞬間の無線記録、そしてその後の母親の処遇。それを知って、海人がいつもの快活な明るさを消してしまっているのが誰の目に見てもわかるほどの痛々しさだった。
「海人君、一緒に連隊長室へ行きましょうか」
園田少佐がいつものシュガードールと言われる、ほんわりとした笑みで海人へと触れようとしたのだが。
「結構です。母から聞きたいことはなにもありませんから。大丈夫です。お疲れ様でした」
そう言いながらも、海人は今にも怒鳴りそうな形相でミーティング室を飛び出していった。
「こら、海人!」
岩長部隊長が呼び戻そうと席を立ち上がった。
「私が行きます」
それを止め、藍子がさっと相棒を追いかけていった。
ウィラード大佐もいつになく心配そうで、今にも追いかけていきそうな様子を見せた。だがそこは部隊長、『昔馴染みのおじ様』ではないと思いとどまったようだった。
そんな大佐を見て、園田少佐が申し訳ない顔をしている。
「お辛い立場を、ありがとうございました。御園少将にもそう伝えておきます」
「いや……、隼人さんから聞かされていたもんだから。どうして二度と艦に乗れなくなったのか、体調が理由なら、補佐官をもっと増やせばお母さんならやめなくてすむだろうと、あのあとしばらく海人は葉月さんと口をきいてくれなくなったとね……」
そんな話をぽろっと部隊長がこぼしたので、そこいるエミリオを含めたパイロットの誰もが驚きの顔をそろえた。
「あ、ヤバかったか。いまの……」
あの部隊長が、本当にただのおじ様の顔で焦って口元を手で塞いだ。
それでも園田少佐はいつもと変わらぬ優しい微笑みを見せる。
「いいえ。こちらのパイロットさんなら大丈夫でしょう」
なんて、すっと一同をシュガードールの微笑みで見渡した。逆にエミリオはぞっとする。
口外したらどうなるかわかりますね? 案にそう含めた笑みだとわかったからだ。
「きっとお母様のところには海人君は行かないと思います。お父様のところか、鈴木少佐のところでしょうね」
「ああ、なるほど。もしかするとお父さんの前に、現場にいた英太兄貴のところかもな。あいつちゃんと扱ってくれるのかね」
「鈴木少佐は、海人君の良きお兄様でもありますよ。お母様と海人君の間に必要なお兄様ですから」
四十過ぎても悪ガキみたいなあの人が、そんな繊細な母子の間を取り持っていたのかと、エミリオも驚きで、隣の銀次も『想像できねえ』とそっとつぶやいている。
「それでは、失礼いたします。皆様、お疲れ様でした」
園田少佐がこんな時はクールな秘書官の面差しで一礼をし退室した。
ウィラード大佐もホワイトボードに書いた文字を、補佐にさせないで自分で消し始める。
「あーあ、御園と仕事するとはこういう気苦労もあるってことだ」
一人の隊員としての本音のようにエミリオには聞こえた。
そして背を向けて消しながら、素になっているからこそ、またもや部隊長だからこそ驚くことをこぼした。
「そもそも、葉月さんは体調を理由に艦長職を辞退する準備をしていたんだ。そのために雅臣さんを側に置いて引き継ぐ準備を……。それがあの事件でちょっと早くなっただけ。ご本人はなんら後悔もされていない。むしろ船を下りるときは清々しい……」
ボードの文字消しクリーナーを動かしていたその手が止まり、部隊長たる彼の声がくぐもった。
「アイスドールと言われていたあの人が笑顔で……。ああ、そうか。笑顔になる日はあの人にとって『終わり』を意味することだったんだなあと現役の時に思ったよ」
部隊長はそれだけいうと、いつものピンとしたまっすぐに伸ばした背筋に戻った。そしてすすり泣く声は部隊長ではなく、エミリオの隣にいるモリス中佐から。
「海人は十五歳で、まだハイスクールに入る頃でなにも知りませんでしたしね」
エミリオの胸にドキリとした緊張が襲ってくる。なんとなく『御園のタブー』に触れてきた気がする。
「まだ子供だった。云えるはずないだろう。ママがどうして艦を降りたかなんて。海人は父親の隼人さんが一緒に任務に指名されたのは、軍から最大最適なサポートを母親のために頼まれたからだと思っている。まあ、実際そうなんだけれどな。だったらお父さんがずっと側でサポートすれば辞めなくてもいいいのになんで辞める。事件の責任はお母さんにはないのに、どうしてお母さんはそれに立ち向かわない。いままで俺のことはほったらかしでも、なにがなんでも最前線に立ち向かっていたくせにどうしてだとまあ怒ったらしい。もちろん、対国機を領空にひっぱりこんで艦を護ったとも言えなかっただろうから、今日は真相がわかってショックを受けるだろうと思っていたよ」
いきなりそこに、『御園のタブー』に大佐が触れてきた。ひやりとしたエミリオは向かい側にいるジェイブルーの先輩二人を見る。
特に驚いた様子もない……。
モリス中佐は御園葉月連隊長自ら『雷神へ』とシアトル湾岸部隊からスカウトしてきたからすでに知っているだろうし、フジヤマの裾野少佐も然り。沖縄にいた菅野と城田も目をそらすようにしてじっとしている。岩長部隊長も当然、ジェイブルー新設の責任者であった御園隼人准将から引き抜いただろうから、この基地にやってきたからには知っていることだろう。
そしてエミリオは気がついた。『藍子だけがなにも知らない』のだと。
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