10.ソニックオーダー


 雷神から呼ばれたゴリラことモリス中佐も不思議そうだった。


「心優さんがいるのは海人がいうとおり、なんかありそうだな」


「でしょ。見てよ、あのにっこり。昔はやさしいお姉さんの笑顔だったのに、いまは全ての感情を隠しちゃう心優さんの最大の武器だよ。わかるっしょ、昔から一緒だったゴリラなら」

「わかる。心優さんの笑顔は最近、怖い」

「でしょ、でしょ」


「こら、海人。いくら子供の頃から親しくしてくれていたモリス中佐であろうと、いまは勤務中。慎みなさい」


 また岩長部隊長に窘められたが、モリス中佐が『いや、本当に海人が子供の頃から知っているからそんな怒らないでください』と笑っている。


「最後に海人と演習が出来て嬉しいよ。子供のころから雷神が大好きで応援してくれて、その男の子がパイロットになって、こうして業務で共に出来るなんて――感慨深いです」


 雷神の飛行隊長まで務めるようになった男の目に涙が光った。そこにいる若いパイロットたちも、しんみりとした空気になる。


「はあ、俺もゴリラのダイナミック飛行大好きだったのにな。はあ、なんだよ。なんで引退とかあるんだろ……、シアトルに帰っちゃうし」


「遊びに来いよ。待ってる。いいだろ美瑛ステイが出来るようになったと最近大喜びみたいだが、シアトルステイもできるぞ」


「日本に住みたいって言っていたくせに」


「まあ、まず……両親がいる国に帰ってからゆっくり考えることにした。娘と息子たちにもアメリカでの暮らしにも馴染ませたいものだからね」


 海人がやっとなにも言わなくなった。長く日本にいて馴染んでくれはしても、そのまま在日を選ぶ隊員も家族もいれば、モリス中佐のように祖国に帰る者も多い。


「ま、おまえのお母さんと離れてしまうのはちょっと寂しいかもな。防衛パイロットとしての存在意義を存分に発揮させてくれた上官だったよ。おまえのママは」


「知りませんよ。あの人がどんな大隊長で艦長だったかなんて。俺が知っているのは、大人たちから聞かされてきたあの人の姿だけ――」


 自分の目ではなにも見ていないと海人が言いきった。そんな態度のお坊っちゃんを見て、岩長部隊長が溜め息をついている。


「遅い反抗期だと思ってください」


 その一言で、そこにいるパイロットたちがふっと笑みを浮かべあった。藍子も、エミリオもだった。


 そして海人も自覚しているのかツンとしてなにもいわなくなった。





 今回はデスクとデスクを付き合わせ、数名で輪になり向きあう配置にされ、エミリオと銀次もそこに座った。


 部隊長がそのデスクとデスクを付き合わせた上座に立ち、準備されたタブレットの資料を各自の機器に表示させた上で話し合いを開始する。


「では今回の演習についての概要と目的、そして手順などを確認していこうと思う」


 ジェイブルーの部隊長と、藍子を含む四人のパイロット、そして雷神のゴリラとフジヤマのベテランパイロット、エミリオと銀次のサラマンダー中堅パイロットという普段ならあり得ないメンバーが集っているそこで、アグレッサー部隊長のスコーピオン大佐が全員に告げる。


「この演習名は『ソニックオーダー』としておく」


 ソニックオーダー? 岩長中佐は報されているのか、それ以外の現役パイロット全員が怪訝そうな顔を揃えた。


「つまり。空部大隊長である城戸雅臣准将自らのオーダーで執り行う演習ということだ。もう薄々感じ取ってくれたかと思うが、これは『双子』の二人に特別につけられる演習だ」


 海人がすぐに手を挙げた。


「質問はまだ受け付けるつもりはないが、まあいいだろう。御園海曹、なんだ」


「双子に特別というのはどういうことでしょうか」


「いままでリードしてくれたベテランのおじ様二人のサポートが外れる、それがどういうことかというのを体感してもらう。という意図だ。だから、ここにモリスと裾野がいるということになる」


 質問に対応してしまったためか、今度はモリス中佐から手が挙がる。


「ま、いいかな。ではゴリラ」


 元は同じ雷神で任務をこなしてきた間柄のスコーピオンとゴリラだ。そこはウィラード大佐も気易いのか咎めない。


「雅臣さんに……、いえ失礼、城戸准将にとにかくここへ行って、サラマンダーの演習に協力して欲しいと言われてフジヤマと来ましたが、イエティとブラッキーに対する最後の私たちからの指導ということでしょうか」


「そう。ここにいるサラマンダーだけではなく、雷神のゴリラとフジヤマ、さらにジェイブルーが一体となって『双子に仕掛ける演習』ということだ」


 海人がさらに手を挙げる。


「はあ、なんだ海人」


「双子に知られてはいけないということですね」


「そうだ。演習当日、双子は頼って守ってもらってきたゴリラとフジヤマにも仕掛けられるが、上空でそれに気がつく時には、サラマンダーにやられているという流れにしていきたい。ジェイブルーもいつもの訓練でいるというふうに見せかけていきたいが、岩長中佐にも賛成してもらったが、いまから閲覧視聴してもらう資料どおりの状況が起きた時、ジェイブルーもどう対応するべきかというケースを体験するという目的もある」


「その資料をいまから閲覧するということなのですね」


「そのとおり。なので、海人、これで質問は締め切る。なお、資料の閲覧中の質問は受け付けない。最後まで映像を見た上で、説明と質疑応答を行う」


 全員が至極真剣な表情に固まり、頷いた。


「その前に――」


 タブレットにその資料映像を閲覧しようとウィラード大佐が進めようとしたそこで、彼がパイロットが集まっているデスクとは離れた後方で、ひとりぽつんとパイプ椅子に座って待機している園田少佐を見た。


「園田、頼む」

「はい、大佐」


 今日はタイトスカートの制服姿で楚々としている園田少佐が、エミリオやパイロットがデスクとデスクを付き合わせ輪になっているそこにやってきた。


「連隊長秘書室の園田です。空部大隊長の城戸准将とアグレッサー部隊長のウィラード大佐より依頼を受けまして、これからご覧いただく資料を準備いたしました」


 園田少佐は微笑むとベビーフェイスと言われている。彼女のボスである御園葉月少将が冷たい顔つきのアイスドールなら、いつも側にいる護衛官の彼女は『シュガードール』と言われるほど。本気の時は凛々しい戦闘員の顔になるが、微笑むと愛らしい笑顔が特徴的で、その微笑みに誰もが和んでしまう。


 そういう微笑みを見せていたのに、急に彼女が真顔になり、ひとりひとりの目の前に一枚ずつなにかの用紙を置いていく。


「いまから見て頂く資料は司令部でも極秘扱いになっております。閲覧視聴した内容は口外しないという誓約をしていただくことになっています。サインをお願いします」


 それにも岩長部隊長以外の現役パイロットは一斉に驚きの顔を揃え、ウィラード大佐を見た。


「だからソニックオーダーだと言っているだろ。雅臣さんが望んで、この資料を使う許可を得てくれたということだ。そうだな、園田」


「はい。夫の城戸准将が、当方の連隊長室まで訪ねてきて、御園少将に申し出た上で連隊長から許可を得ています。もちろん司令部からもです」


「それだけ双子の今後について『試しておきたいこと、知って欲しいこと』ということだ。なにも叔父だからというわけではない。自分もアグレッサーの部隊長として必要だと感じた。洋上に出す前に、ここで知っておいて欲しいこと。さらに――」


 部隊長が自分の部下であるエミリオと銀次を見下ろした。


「これから双子をコントロールしていかねばならぬ、新しい飛行隊長とその相棒という、双子の新しい上官にも知っておいて欲しいことだ」


 それを聞いてすぐだった。銀次がすぐに胸ポケットにいつも差しているペンを手に取り、さっとサインを始める。


 エミリオも従った。極秘の資料なんて滅多に見られるものではない。それが演習とかかわるような内容のものなら断るのももったいない。しかも司令部からも許可が出ているほどの――。


 アグレッサーの二人がサインをすると、それに従うように雷神のベテラン二人が、そして藍子と海人、二人の先輩である菅野と城田のジェイブルーパイロットもサインをした。


「確かに。では、こちら誓約書の規約に従って頂きます。こちらの規約を破りますと懲罰がありますのでお気を付けください」


 園田少佐が一枚一枚、サインを確認して回収していく。


「それでは、わたくしは控えております。ウィラード大佐、よろしくお願いいたします」


「うむ、ご苦労。園田」


 また園田少佐が離れた後方でひとりきり椅子に座って控える形に。


「では、資料閲覧視聴を開始する。資料は3本。無線録音のみのものと映像。『実際の航海任務』で起きたことを記録したものになる」


 実際に起きた記録? それだけでタブレットを見つめるパイロットたちに緊張が走った。そしてエミリオは正面にいる藍子を気にしながら、別のことに気がついた。


 海人の顔色が変わった気がした。そして彼が落ち着きをなくし、隣にいる岩長部隊長になにやら耳打ちをしたが、元々、海人を高官の息子として面倒を見てきた彼が『落ち着いて見なさい』と諭しているのが聞こえてしまう。


 それでエミリオにも緊張が走った。


 まさか、これから流れる映像とは――。


 ついにタブレットにその映像が流れる。映像にはひと昔ともいえる朱雀前身と言える大陸国の戦闘機、su27が映っていた。


「だいぶ前だな。俺等が入隊した頃か」


 銀次の呟きにエミリオも頷く。


 ウィラード大佐の解説が入る。


「岩国所属の空海飛行部隊を艦載していた、高須賀艦長率いる艦隊の当時の映像だ」


 日付が表示され、確かに――と予測通りだったため、銀次とエミリオも頷いて落ち着いて閲覧をする。


 すると今度はエミリオの隣に座っているモリス中佐が落ち着きをなくしているように感じた。


 映像から流れてくる音声は、空母管制室の官制員の各報告。まず横須賀中央指令センターから、高須賀艦隊より空海飛行部隊のスクランブル要請、そして発進――。到着前に大陸国機が侵犯、領空に侵入してきたことが官制員に報告される。


 高須賀艦長の音声は『なにをされても落ち着いて回避せよ。危険を感じたら降下し、こちら空母にすぐさま帰還せよ』だった。


 高須賀艦長の声は落ち着いていたが、官制員の矢継ぎ早の報告は緊迫していた。


「この頃から、西南海域はこちらが指定したADIZも領空も無視され、連合軍の防衛力を試す或いは大陸国の軍力を誇示する、そんな駆け引きのための侵入をされるようになっていた。では、次」


 映像2本目。

 次の映像は始まりから、コックピットから撮影されたものだった。


 ――『キャプテン、追いつけません!』


 ――『見失いました!』


 パイロットからの音声だった。再度の緊迫した様子に、エミリオと銀次の視線が合う。そして、銀次とは反対側にいるモリス中佐がふと呟いた。


「まさか。あの日の……、引っ張り出してきたんですか」


 彼が同じ雷神の先輩だったウィラード大佐を見上げた。


「そうだ。自分の若き頃の声はどうだ?」


「はあ、自分の声というより、あの時のことをこんなふうに掘り返されるのはよい気分ではありません」


 エミリオも気がついた。つまりこのパイロットは、当時のモリス中佐、ゴリラの声!


『ゴリラ、マックス。すぐに追え! みつけたら即時に措置に移れ!』


 聞き覚えのある声がまた。


「副艦長をしていた橘准将がゴリラとマックスを指揮していた。状況を説明すると、一機の大陸国戦闘機su27が侵犯をし、航行中の御園艦隊空母艦へと向かっているという状況だ」


 御園艦隊――! はっきりと告げられ、誰もが海人の顔を見た。海人はもういつものお日様君と呼ばれる快活さも消え、非常に苦悶の様相を醸し出していた。


 母親が当時乗艦していた空母艦で、大陸国機が空母へと直進しているその時。海人はいま当時の母親が艦長としてどう指揮をするかを目の当たりにさせられている。


 この時にエミリオは思った。これと母親が被害者となったタブーとなにが繋がる? わざわざ自分たちに確認すべきことだったのだろうか。関係がない気がするのに、ウィラード大佐が言い残したように、すでにいまこの打ち合わせの席は異様な空気になっていた。


 この映像に任務に直接当たっていたパイロットがいて、そして、艦長だった女性の息子がいる。エミリオの目の前にいる藍子もその状況がわかったのか、海人の様子を非常に気にしている。

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