第5話 性転換は男のロマン

「俺は…… 俺は女の子に転生したいんだぁぁあああああッ!!!」


「うおおおおお! めっちゃ共感出来ますそれ!」


 フィギュアやらポスターやらで溢れかえった部屋で、ジャージ姿の男と、スーツ姿の男性がそれぞれ手に好きなキャラクターのフィギュアを持ちながら叫んでいた。


「やっぱそう思うよな! 女の子になったらあれだろ? ロリっ子捕まえてぐへぐへするよな!?」


「当たり前じゃないですか! それは女の子に転生した者の特権ですから!」


「ひゃっほぉぉおい! 温泉回で揉みしだくんじゃい!」


「一緒にお風呂入ろうって言って合法にするんじゃい!」


 息を荒らげながら話す男性とジャージ姿の男。その内容を警察が聞けば、即逮捕案件だが、男性とジャージ姿の男は止まることを知らない。


「女の子に転生すれば、ゆるいのばっかでニートの俺には最高な人生だぜ!」


「僕、転生したら白髪のロリになって金髪ロリとゆりゆりするのが夢なんですよ〜」


「うわぁめっちゃわかる! 男の体は歳の数だけ使ってきてるから飽きたんだよなぁ」


 話す事に段々とテンションが上がってきたのか、男性とジャージ姿の男は声のボリュームが上がっていき……


「「ロリっ子最高!!!」」


「声デカすぎなんだよ!! ぶっ殺すぞ!!!」


 壁越しでも十分に響く怒声が、男性とジャージ姿の男に向かって放たれた。その声を聞き、青ざめた顔で壁を見ていた2人だったが、バンっと扉が閉まる音と共に、遠ざかっていく足音が聞こえ、小さく息を吐く。


「い、今の人ここの職員ですか……? 随分と荒々しい性格の方……」


「まあ彼女も仕事中は丁寧な言葉を使いますよ。仕事中は。とりあえず、さっきの話はまた今度にして、相談を始めましょうか」


「そうだな。よろしく頼む」


 男性はまとめてあった資料を3枚ほど抜き取ると、ジャージ姿の男の前に出した。


「まず、お聞きしたいことがありまして、お客様がさっき言った性転換プラス転生。これはやはりガチガチの戦闘系ではなく、ゆるゆり系がいいでしょうか?」


「まあ、そりゃあガチガチの戦闘系に百合展開は少ないからな」


「ですよね。一応2つの違いを説明していくとですね、ガチガチの戦闘系はゆるゆり系と違い、主人公が男にヌフフンなこととされたりする物が少なからずあります。まあそれがいいという人もいるのですが。一方ゆるゆり系はギリギリを攻めるが基本です。完全にアウトといった状況にはなりません」


 男性は自分の言ったことに合わせるように、資料に描いてあるイラストを指さしていたが、ふとなにか思ったのか手を止めて。


「これは僕個人の質問なのですが、お客様は何故性転換だけでなく転生も付け足したのですか? 転生を付けずに性転換だけでもお客様のご希望と似たような状況になったはずでは?」


「確かにそうかもしれない。でもさ、俺、よくアニメとか見てると思うことがあるんだよね」


「思うこと…… ですか?」


深刻そうな男の顔に、男性は息を飲む。


「まあ質問とはちょっとズレちゃうんだけど。キャラクターが絵を描くことが多いアニメ。例えば美術部のやつ、あれに男の子が萌えキャラを描くシーンがあったんだけどさ、俺それ見て思ったんだよね。この人達は2次元。そして、この人達が描いているのも2次元。なら、あっちに3次元という概念は存在するのかっていう」


「なるほど。確かにそう言われてみればそうですね……」


「仮にあっちが3次元だと仮定してもさ、彼らが描いているものは変わらないんだから、絵も3次元になる訳よ」


 男性はジャージ姿の男の言葉を聞き、共感するように頷くと。


「つまりお客様は、性転換後、現状が2次元ではなく3次元である可能性を恐れているのですね」


「そういうこと。だから転生なの。転生はこことは別世界なんだから、キャラクター達が動いて話しててもおかしくないだろ?」


「頭いいですねお客様!」


「だろぉ!」


 男性はドヤ顔する男を拍手すると、コホンと咳払いをし、話を元に戻す。


「それでは、ゆるゆり系の転生ということでまず、転生前の話をしましょうか!」


 男性はジャージ姿の男の前に、資料を出すと。


「まず、性転換して転生というのは前世の記憶が無い。つまり、男だった記憶がないという所から始まるのが多いため、正直、転生前にどんな職業だろうが転生後に影響はありません。ですが、段々と思い出していく中で、自分が転生前にしていたことが役に立っていくといったケースになる可能性もあるので、転生前はできれば、サバイバルの知識など活用できそうな物を覚えておくといいでしょう」


「ニートだし、時間はかなりあるからそこの所は大丈夫だよ」


「他には、なんか目が覚めたら女の子になっていたという、とても楽な方もありますが、まあどっちになるかは運次第ですね!」


 男性は書いていたメモを1枚切り剥がすと、机の上に置き話を進める。


「さて、性転換から転生は転生後が大変です。なにしろ転生後は確実に美少女になってますから、男に狙われやすいんです。まあ男達に絡まれたけどつよつよ魔法でフルボッコというのがテンプレなんですが、ごく稀に魔法が使えず、そのままムフフンフンなことをされる場合があります」


「それだけは何としてでも避けたいな」


「はい。なので転生後は必ず、自身の魔法がどの程度なのか、十分に理解した上で街に出てください。確認方法としてオススメなのは魔物狩りです。ゆるゆり系なので、魔物も可愛いやつばっかですし、なにより、擬人化出来る魔物と遭遇するかもしれないんです!」


「なるほど! ドラゴンとかか!」


「はい! ドラゴンだとロリが基本ですね! 逆にロリ以外見たことないです!」


「まあロリが1番可愛いからな!」


 再びニヤニヤと頬を緩ませながら話し始める2人。だが、今回は男性の方がハッと気づき、切り替えとして手を叩く。


「さて、魔法が使える。可愛い仲間も出来る。この条件が揃えばそうそうルートから脱線することはありません! つまり、待っているのは百合のパラダイス!」


「うおおおおおおっ!!! やる気が漲ってきたぜ!!!」


 男性の言葉を聞き、ガタッと勢いよく立ち上がるジャージ姿の男。それを見て、男性はニコニコと笑顔を浮かべると。


「それでは、相談は以上になります。僕が書いたメモがあるので、良かったら参考にしてくださいね」


「ありがとう! お前のことは一生忘れないぜ……」


 ジャージ姿の男は、男性に向かってグッと親指を立てると、持ってきていた荷物をしまい始める。やがて、荷物をしまい終えたのか、ドアに手をかけると、男性に向かい再びガッツポーズをし、部屋を出ていく。男性は男が出ていくのを笑顔で見送り、出ていくのを確認すると、すぐさまポケットからスマホを取り出しメールを開いた。




 ***




『雪菜さん、明日のデートだけど、午後12時に駅集合でいい?』


『ご飯食ってから行くの?』


『いや、僕が奢るよd(˙꒳​˙* )』


『有能。彼氏じゃなくて財布としてなら使ってやらないこともないぞ』


『財布はちょっとやめときます』


『それで、ご飯食って、その後どうすんの? 私、服みたいんだけど』


『別に僕はどこでもいいから雪菜さんの好きな所に行きなよ。それで、時間が経ったらカフェに行って解散でいいかな?』


『カフェも奢りな。それでいいよΣd(・ω・*)』


『決まりだね! それじゃあ明日、駅集合で!』


『遅れたら殺す。あ、そうだ、言い忘れてたけど……』


『ん?』


『自分のこと天使って言ってた子、あの子も一緒に来るから、金多めにね』


『…… ん?』




 ***




「エリー様ぁっ!!!」


「きゃっ! もうアテネ、抱きつく時はちゃんと言って!」


「えへへ〜 ごめんなさーい」


 全く反省してる気配が無いな。後でちゃんと叱ろう。

 私…… いや、俺が転生してからもう3年が経っている。最初の頃は男に絡まれたりして、ゴタゴタしていたが、今はギルドから貰った報酬で家を買い、こうして平穏な日々を遅れている。


「さてとアテネ、お風呂沸いたからミーシャを呼んで入ってて」


「はーい! あれ? エリー様は入らないの?」


「私はまだ仕事があるから……」


「ええー! 私エリー様と一緒にお風呂入りたい!」


「ダメなものはダメ!」


「ええーエリー様のいじわる」


 そう言うと、アテネは私を見て頬を膨らませる。


 すぅーッ…… か、可愛い。だがダメなのだ。幼女と一緒にお風呂なんて、そんな、そんな、そんなことしたら俺が俺じゃなくなってしまう!


「ほら、ミーシャと一緒に入ってきなさい!」


「はーい」


 トコトコと尻尾を振りながら、ミーシャの元へ歩いていくアテネを見送ると、私は本棚から本を取りだし、2人が風呂から出るのを待った。


 30分ほど経っただろうか。そろそろ、2人も出てきた頃だろう。私も入ろうかな。

 そう思い、私は読んでいた本を本棚にしまうと、風呂場へ歩き始めた。


「それにしても、あの二人妙に静かだな…… もう寝室に行ったのかな」


 私は脱衣所にたどり着くと、部屋に入り服を脱ぎ始める。

 しかし、最初の頃は苦労したものだ。なにしろ女なんて、体験したことがない。特にトイレの時なんかは、男よりも我慢出来ないことで大変なことになった。


 私は服を脱ぎ終えると、風呂場の扉を開き、シャワーを浴びた。

 この長い髪も鬱陶しかったなぁ。

 そんなことを思いながら苦笑いしていると、脱衣所から何やら物音が聞こえる。


「ま、まさか……」


 私は恐る恐る風呂場の扉を開けようとすると。


「じゃーん! エリー様と一緒にお風呂入るーーーーー!!!」


 勢いよく扉が開かれ、裸体の幼女2人が、私に飛びかかってきた。


「あ、え、な、なんで!?」


「エリー様のお仕事が、終わるまで待ってたの!」


「ええ!? ミーシャは止めなかったの!?」


「わ、私もエリー様とお風呂入りたかったから……」


 角の生えた元気な少女の後ろに隠れるように、長い黒髪の女の子がボソッとそう呟く。


 どうしよう。これはアウトなんじゃないだろうか。


 様々な思考が私の頭を掻き回す。


「エリー様の背中流す〜!」


「わ、私も」


「ちょっと待ってぇっ!!!」


 2人を静止させようと叫ぶが、どうやら耳に入ってないらしい。2人は石鹸を手に持って、私の髪やら体やらを洗い始めた。


 ダメだ。これはやばい。こんなことされたら自我を失ってしまう!


 私は2人を止めるために口を開くと。


「しょうがないなぁ、私も洗ってあげるから2人ともこっちに来なさい」


「「やったー!!!」」


 な、何言ってんだ私は!? く、口が勝手に…… そうか、本能がそうしろというのならば。


「こちょこちょこちょぉっ!」


「エリー様くすぐったいよぉ〜!!!」


 これが終わったら自首しよう。

 私は2人の髪を石鹸で洗いながら、意識は透明な世界へと行くのだった。

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