タイムマシーン

ふうりん

第1話 タイムマシーン

 ある朝起きると、玄関前に洗濯機ほどの大きさの段ボール箱が置かれていた。

 送り主名には、時空研究機構と判が押されている。

「こんなでかい荷物、いつ届けられたんだ?それに、時空研究機構って何だ?」と訝りながら、その荷物を眺めた。送り状の隣に、封筒がガムテープでしっかり張り付けられている。封筒を段ボール箱からはがし、封を切ると2枚の白い紙が現れた。

 1枚目の紙に目を落とすと、

「おめでとうございます。あなたは、厳正な審査の結果、タイムトラベラーに選定されました。ここに、当機構の開発したタイムマシーンをお送りします。」と書かれている。

「なに?タイムマシーンだって?どっきりテレビか何かで、どこかからカメラに撮られているのか?」辺りを窺うが、特に、怪しい動きなどは感じられない。

 手紙は続く、

「あなたが不審に思われるのは無理もありませんが、時空研究機構は政府が秘密裏に設立した組織で、我が国の科学技術を結集して、20年の歳月をかけ、タイムマシーンを開発しました。このことは、国家の最高機密事項とされています。もし、この機密が漏れた場合には、悪意のある者達により、過去が変えられ、全く異なる世界が生じてしまう、そうした重大な危険性、可能性を有する研究開発だからです。しかしながら、タイムマシーンは実在し、今あなたの目の前に置かれています。あなたは、国家が信頼し得る人間として選考されました。次のページの留意事項を熟読の上、この貴重なチャンスを掴まれるのか否かをご判断ください。タイムマシーンをご使用になる、ならないは全くあなたの自由です。どちらを選択されたとしても、あなたに何らかの不利益が生じるようなことは一切ありませんのでご安心下さい。もし、ご使用にならない場合は、以下に記す連絡先にご連絡下さい。なお、本件につきましては、一切口外なさらないようお願い申し上げます。万一秘密が漏洩された場合には、国家により重大な制裁が科される場合があります。

       2020年8月吉日 時空研究機構 理事長 奥田〇夫

       連絡先: 東京都千代田区××××× TEL 03-3581-△△△△」


「な、なんなんだ、一体?夢でも見ているのか。」しかし、夢を見ている感覚はない。今までも、リアルな夢を見ることは何度もあった。しかし、その時は、自分自身の思考と行動を眺める別の自分自身のようなものがいる感覚があった。そう、これまでの人生37年間の経験からしてそうだった。記憶の限りでは。ということは、これは夢ではない、そう確信した。


 手紙の2枚目を読み進めると、こう書いてある。

【留意事項】

1.このタイムマシーンは、過去にしか行けません。

2.一度過去に行くと、決して戻ってくることはできません。

3.過去に行った場合には、決して何もしてはいけません。蝶の羽ばたきが地球の裏側で竜巻を起こすというバタフライ効果と同様な現象が時間軸においても発生し、あなたのほんの些細な行為が、歴史を大きく変え、現在が全く異なった世界となってしまうからです。


「たったこれだけ?留意することって。」拍子抜けした。

 操作方法が続いて書いてある。

1.マシーンの扉にあるダイヤルを回し、西暦1600年から2019年までの間で行きたい年を選ぶ。

2.マシーンの中に入ったら、中にある赤く光るスタートボタンを押す。

3.睡眠ガスが噴出され、目覚めると希望の年についている。

(注)スタートボタンを押した時点で、上記留意事項を承諾したものと見做されます。

「な、なんて簡単なんだ。」これまた、調子が狂う。真剣に悩むのがばからしくも感じてくる。

「どうするか、現在にはもう戻ってこられない片道切符か。しかし、こんな今の生活に未練なんてない。毎日つまらない、金もない、仕事はつらい、彼女もいない、友達もいない、皆俺を見下しやがって、疲れた、こんな社会なくなってしまえと何度思ったことか。失うものなんて何もないじゃないか。」普段から鬱々と感じている生活や社会に対する不満が、あふれ出すように脳裏に浮かび流れ続ける。

「過去に戻れば、未来を知っていることになる。うまくやれば大金持ちになることもできるし、なんだって思い通りにできるかもしれない。」次々と、『超人』となった自分が、やりたいことをやりまくっている姿が思い浮かぶ。

「駄目だ、何もしてはいけないルールだった。何かしたら歴史が変り、現在が現在でなくなってしまう。いやでも、過去に行ってしまえば、誰が見ているというのだ、時空研究機構の奴らなんていないんじゃないか?俺を止められる奴なんかいないぞ。どんな罰が下されるというのだ?一か八か勝負するか。」決断はすぐだった。


 段ボールをはぎ取ると、ドラム式洗濯機のような銀色に輝くタイムマシーンが姿を現した。大人が入るには、体育座りをするように膝を抱えて小さくなる必要がありそうだ。「ちょっと窮屈だな、まあ、睡眠ガスですぐ眠るからなんとか我慢できるか。去年やった脳のMRI検査も寝ているうちに終わったしな。きっと、あれと同じようなもんだ。」閉所恐怖症ではなかったことに感謝した。

「いつの時代がいいかな。うーん、あまり昔だと生活も不便そうだし、戦争になんかに巻き込まれたらたまらないな。やっぱり、ある程度知っている時代の方が安心だな。それに、あんまり前に戻って、歴史が変わり、俺自身が生まれないなんて事になってしまったら、元も子もないしな。バブルで一山あてるのが良いか。」

 1986年に扉のダイヤルを合わせて、中に入った。扉を閉めると、ほとんど身動きができない、目の前にスタートボタンがうっすらと光って見える。「3歳の頃の俺自身にご対面か。」などと思いながら、やっとのことでボタンを押した。その瞬間、シュッと音がして何かが顔に噴きかかったような気がした。


《警察公安庁地下3階の犯罪未然防止室》

 ここでは、今年6月に施行された犯罪防止緊急特別措置法に基づき、通り魔による大量殺人等の凶悪な犯罪を未然に防止するため、人工知能(犯罪未然防止システム)により、全国民のインターネットやSNSの行動履歴、通信内容等を監視し、潜在的凶悪犯を探索している。


刑事A:「参事官、犯罪抑止装置28号機の回収が終了しました。遺体の方は、火葬の上〇〇〇に埋葬が済んでおります。」

参事官:「お疲れ様でした。また一人凶悪犯罪予備軍を社会から排除することができましたね。安全安心な社会が日に日に近づいています。一層頑張りましょう。」

刑事B:「この装置は、現代の踏み絵ですね。」

参事官:「そうとも言える。社会にとってのリスク集団である彼らは、現世に残ることを望むかどうか、自分の意志で選ぶことができる。そして、現世から消えることを選んだ者だけが、その望み通り消えていき、社会はより安全になっていく。彼らにとっても社会にとってもウインウインの素晴らしい施策だよ。」

刑事C:「現世から消えることを望む一方で、過去の世界で生きることを彼らは望んだというのが正確かと思いますが。」

参事官:「そうとも言えるかもしれない。しかし、バタフライ効果を考えて現世に責任を持とうとすれば、過去に戻った場合には呼吸さえしてはいけないことになる。過去における一つの呼吸が、予測困難な影響を現在に与えてしまうからね。すなわち、過去に戻ることを選んだ者は、過去において息さえしないことを選んだか、あるいは、現在を破壊してしまうことを選んだかのどちらかということだ。前者であれば、やはり消えることを望んだということになろうし、後者であるとすれば、社会にとって極めて危険な思想の持主であり、かつ、実行力を備えた者であったということになる。現在に残り続けていたとすれば、いずれ、大変な事件を引き起こすであろう者であったということだ。」

刑事B:「社会や今の生活に大きな不満を抱えている者は、いつ自暴自棄になって凶暴犯に変身し、社会に牙をむくかわかりませんからね。社会を破壊するなんて危険な思想を実際に行動に移そうなんていう輩に、踏み絵を踏ますという犯罪抑止装置は良く機能していますね。」

刑事A:「彼らのためにもなっていますよ、きっと。現在の不満、怒り、憎しみ、妬みなどに埋もれた心の牢獄から解放され、楽しい夢を抱きながら、笑気ガスで笑いながら、あっという間にVXガスで眠るように逝けるのですから。28号機の彼も幸せそうに微笑んで果てていましたよ。」

 その時、執務室の壁に掛けられたモニター上部のランプか赤く点滅し、モニターに新たな情報が映し出された。

刑事B:「参事官、犯罪未然防止システムが、新たに潜在的凶悪犯を特定しました。住所は、東京都練馬区□□□□ 氏名、鈴木〇正 42歳。」

参事官:「よし、速やかに犯罪抑止装置32号機を配送して下さい。」


                                 (了)

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