おまけ フィッシャーズの娘

 いつものように、王宮の門番に首から下げたメダルを見せる。今日の門番は初めて見る顔で、キャリーはほんの少しだけ眉根を寄せた。

 案の定、門番は険しい顔でこちらを見下ろして来る。


「お嬢ちゃん、ここは子供の遊び場じゃないんだが」

「わたくしは王宮付き魔術師のキャロライン・フィッシャーズよ。召喚状ならここにあるわ」

「……は?」


 門番の顔が呆けたようになったかと思えば、いきなり笑い出した。


「お前、騙るにも限度があるだろう。あの方は現魔法大臣の妹だぞ? それにもう成人していらっしゃる。お前みたいにちんちくりんなわけがなかろう」


 キャリーはため息をついた。新しく入った兵士たちが現場に配属される時期だということを忘れていた。

 自分の姿を見下ろす。今のキャリーはかわいいエプロンドレスの似合うつるぺたの少女だ。以前の彼女とはまるで違う姿なのだから、止められるのは仕方がない。

 が、ここでもたもたしていたくないのだ。とりわけ、かつてを知る者たちにだけは会いたくない。


「……いいから早く照会なさい」


 口調をあらためたところで、居丈高な少女にしか見えないのだろう。門番はなるべくいかつい顔をしてキャリーを追い払おうとする。が、少女が全く動じていないことに苛々し始めた。


「だーかーらー、フィッシャーズ大臣の妹がだなあ」

「私がどうかしたかね?」


 門番は背後から聞こえた声に振り返った。そこには銀髪を長く垂らしたフィリップ・フィッシャーズが立っていた。

 優しげな微笑を目にした通りがかりの侍女が頬を染める。城で働く独身女性のお嫁さんに行きたい相手ナンバーワンの座をここ数年明け渡したことがない。美しく強く、しかも賢く、名家であるフィッシャーズ家の嫡男とくれば、それも仕方のないことだろう。


「お兄様!」

「あー、閣下は下がっていてください。すぐに追い払いますから」


 門番はフィリップの笑顔に一瞬目がくらんだ気がしたものの、気を取り直してそう告げる。が、フィリップは門番の横を通りぬけた。


「遅いから迎えに来てしまったよ」

「閣下、危のう……」


 振り向いた門番は、続きを口にできなかった。それでも役目を果たさんとばかりに間に割り込もうとはしたが、体もうまく動かない。


「ごめんなさい、なかなか通してもらえなくて」

「そうならないように召喚状を出したというのに」

「見てもくれないんだもの」


 門番は振り向いたフィリップの凍り付くような眼差しに、ようやく過ちに気が付いた。


「きちんと手配しておくよ」


 妹に向き直ったフィリップは、軽々と妹を抱き上げた。


「お、お兄様っ、わたくし歩きますわっ!」

「この方が早い。それに皆お前を待っているんだ」


 そう言われては断れず、キャリーは仕方なく兄の首に手を回した。



 その後しばらく、フィリップ・フィッシャーズのロリコン疑惑や隠し子疑惑がまことしやかにささやかれたという。

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