新作VRMMORPG。それは異世界との接続装置でした
智台裕作
第1話
「う〜寒みぃ。寒みぃ。」
四月下旬。春とはいえど早朝は流石に冷え込む。自転車に跨って、華麗にハンドルを切り、目的地の場所へと急ぐ。まだ日は登っておらず、青白い空気が世界を満たしていた。漕ぎ出す度に吹き付ける、冷たい氷のような風が顔をじんじんと痛めつける。
それでも、これからの目的地のことを考えれば我慢できた。
「おーい。遅いぞ。響灯(ひびと)。売り切れちゃったらどうすんだ」
「ごめん。ちょっと寝坊してさ」
「おいおいこんな重代な日に寝坊なんていいご身分だな。今日で日本は変わるんだぞ。いやもうたぶん、世界とか宇宙とかいろいろ変わっちゃう」
「お前はいつも大袈裟なんだよ浩介。それに『たぶん とか』、『いろいろ』とか曖昧な事ばっかり言ってるから、彼女のひとつもできねーだよ」
毎度、最新ゲームを発売日当日にきっちりと揃えてくれる、安心と信頼のTUTAYA。その店の前に並ぶ行列の最後尾から、見慣れた顔の男が会うやいなや、軽口をふっかけてくる。「うるせぇ」なんて言いながら、本気で嫌がってはいないようだ。
「いよいよだな」
「ああ」
ーーVRMMORPG。『ディメンションゲート』と銘打って発表されたそのゲームは、世界中のメディアに取り上げられた。
今までにないフルダイブ型VRシステム。五感(視覚。聴覚。味覚。嗅覚。触覚)全てがゲームに反映され、仮想世界に自分のアバターを通じて冒険ができる。
アドミニスト社を代表とする、数々のIT企業の共同開発によって生み出された次世代据置型VRゲームである。
その発売日が今日ーー
「良かったー。並んでた時はどうなる事かと思ってたけど、ちゃんと買えたな」
店から出ると、すっかり陽の光が出ている。行列を作っていた人集りは消え、皆いそいそと、その場を後にしている。
「とりあえず、一安心だな。お前、今日プレイするんだろ」
「もちのろん。でも、まあ学校あるから放課後かな」
「おいおい相棒。学校とか、そんなもんに行ってる暇あんのかよ。仮病って言葉を知らないのか?」
「お前……まさか」
「そのまさかだよ」
吐息混じりに爽やかボイスだ。ふむ。流石、性格は難ありのイケメン野郎だ。最近校内でも、女の子のファンクラブが非公式ながらも設立されたと聞く。変なやつだが、流石に十年以上の付き合いともなると愛着が湧いてくるもんだ。
「いや、何いい感じに言っちゃってんの。アウトだから。」
「融通が聞かねぇなあ。そんなんだから彼女が出来ねんだよ」
意趣返しのつもりか。根に持ってやがったな。…確かに、俺も彼女いた事なんて無いけど。
「じゃあな〜」と体を帰る方向にベクトルを向け、手だけで別れの挨拶をしている。ガニ股をおっぴろげて歩く様はまるで飲み会帰りのおじさんだ。
「おう。またな」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
学校に着くと、授業はもう3時限目を終える頃。午前授業だった今日は、すぐに、俺を学校という魔の手から救い出してくれた。
ただ、新作ゲームの度に堂々と遅刻をかます俺に、[指導]という名の拷問を受けたことは言うまでもない。
いつもであれば、悪態のひとつでもついてやりたいところだが、今日は違う。
「ヒビ。あんた、何かいい事でもあった?」
「ああ、ちょっとな。新しいゲームがあってさ」
艶のある栗色のセミロングの髪。豊満の胸。それでいて細く引き締められたお腹周り。可愛いに可愛いを掛け合わせたような、その女の子。
ーー佐倉百音(さくらもね)。俺の幼馴染だ。
幼馴染じゃなかったら近づくことすら出来なかっただろうと常々思う。一緒に下校している俺たちを見て、嫉妬に心を覆い尽くされた男子の目線が痛い。やめて。私のために争わないで。
「またゲーム?ほんと好きよね、あんた」
心の中の漫才もそこそこに、サクに向き直る。いつもは少しツンケンしているが、本当はとても仲のいい腐れ縁だ。たぶん。
「ったりまえよ。好きだからな。超好きだからな。なんならもう愛しちゃってるまである」
「うーわきっも」
仲のいい……
「そういうの私の近くでしないでよね。同じにみられちゃうじゃない」
くそ。ちょっと可愛いからって言っていいことと、悪いことがあるだろうが。
だが、落ち着け。俺は大人の男だ。ここはひとつ、冷静に対処しよう。
べ、別に可愛い子にビビって強く言えないとか、そんなんじゃ、ないからね。ないんだからね。
「ぬぐ、お前なぁ。ツンデレもそこそこにしないと、俺のハートが持たないよ。もうHP黄色ゲージまで来ちゃってるから」
「うるさい、ばか」と軽口を返してくるも、一緒に下校しているあたり、やっぱり可愛い幼馴染だ。
その後、散々ウザイだのキモイだの罵られたがノープロブレム。我々の業界では、ご褒美です。
指導が長引いたせいか、日はもう傾き始めている。俺に熱い視線を浴びせてくる男達も、部活帰りのようだ。
※※※※※※※※※※※※※
「ご馳走様、サク。いつも悪いな」
「いいのよこれくらい。それよりこのコンビニ袋の山。いい加減栄養考えないと、死ぬわよ」
親のいない俺に、サクは時々こうして、夕食を作りに来てくれる。本当にいい幼馴染だ。暴言ワードは慎んでもらいたいものだが……他の人には見せない一面を見れているのは案外喜ばしいことなのかもしれない。もしろ罵ってくれるのであれば、一石二鳥まである。
夕飯をたらふくかき込んだ俺は、サクを家まで見送って、湯気がまとわりついた浴槽に浸かる。温度は熱めの43度。来たるゲーム初プレイに向けて英気を養っているのだ。
風呂に浸かった後に、牛乳を一瓶いっきに飲み干し準備万端。
「浩介はもう、大分進んだかな……」
抜け駆けして行った、浩介に悪態をつきながら専用のヘッドセットを身につけ、説明書の通りに進める。
次世代型ハードと言うだけあって、大きさはそれなりのものだ。無骨に真四角の黒いその塊は、俺たちゲーマーを夢の世界へ旅立たせてくれるらしい。ベットに横になり、脳波を刺激することで、一時的な仮眠状態でプレイできるようだ。
「これで……っ」
ボタンを押した刹那。眩い光が視界を覆う。
目も開けられないほどのその光は、どんどんと輝きを落とし、次第に視界が開けてくる。
『役職をせんたくしなさい』
無機質な声が頭に鳴り響く。だがどうも様子がおかしい。視界にはモアモアとした光の中に〈勇者 〉〈勇者〉〈勇者 〉〈勇者 〉〈勇者 〉の文字。
「なんだこれ。初期不良か?」
全ての選択肢が勇者。有無を言わさずストーリーを進める子供向けゲームが頭に浮かんでしまう。
「ええぃ、後で変えれるって、前情報にも乗ってたし、とりあえず勇者にしとくかっ」
ワクワクしていた分、初期役職固定とは、少し残念な気分だ。本当は魔法使いをやってみたかったのだが。
俺は勇者の選択肢を押す。
〖お待ちしておりました。勇者様。どう……わた……ご健闘……〗
「なんだこれ。バグだら……けっ!」
無機質な音はノイズが走ったように、聞き取ることが出来ない。耳に覆っても聞こえてくる不快な音波。黒板のそれとは別物の、刺激。痛み。
〖……また逢う日を心からお待ちしております〗
ノイズの音は消え、最後の音だけ、人間の、少女の声で、はっきりと聞こえた。
ーー瞬間。意識が遠のき。世界が暗転する。
※※※※※※※※※※※※※
「おお!きたぜVR!……すげえ、本当に現実みたいだ」
ついにVRに降り立った俺はもうテンションMAXだ。古びた、中世ヨーロッパのちいさな町が眼前に広がる。涼しいそよ風から、馬車を引く馬の獣臭までしっかりと感じ取れる。
「まずは確か、冒険者組合って所で冒険者として話が始まるはずだ。……冒険者組合ってどこ?」
事前情報を見た時には、チュートリアルとして、カーソルが表示されるはずなんだが……
「まずカーソルってどこの事だ?それに持ち物リストとかのボタンもないーー」
どうもおかしい。先程から、バグやらなんやらで正常にゲームが作動してないのか?それともーー
「うわっ」
「きゃっ」
衝突ーー
考え込んで前を全く見ていなかった。ぶつかった拍子に体がよろけてしまう。現実で貧弱だったおれは仮想世界でもまだ貧弱なようだ。
薄汚れた黄土色のローブに身を包んでいる彼は冒険者なのだろうか?NPC(ノンプレイキャラクター)の可能性もあるが、プレイヤーだとすると……
ここは全面的にこちらに非がある。
「ごめん。あの怪我とかない?」
フードを深く被り顔がよく見えない。
「大丈夫、それじゃ」
足早にこの場を立ち去ろうとするその人から、酷く汚れた、年代を感じる程の髪飾りが外れる。身に付けていた訳では無いので、〈落とす〉の方が表現的には正しいが。
「あの、これ……」
こちらの声を聞いているのか、聞こえていないのか、ずんずんと先へ進んでしまう。
「ちょっと待って……っ!」
存在を知らせるために肩を少し、揺らすと、拍子にフードが外れーー
それはそれは綺麗な女の子だった。長いサラサラの銀髪の髪。長くて細い綺麗な足。華奢な体格。それでいて、豊満なボディライン。極めつけは左右で色の違うオッドアイ。真っ直ぐに何もかもを見通すかのような目だ。不純な物がない。清らかで、凛々しくて、美しい。
神谷響灯(かみやひびと)。若干十七才にして、彼女経験無し。童貞。ゲームオタク。
不覚にも、一目惚れをしてしまったようです。
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