第4話

「ユウシャ」確かにいまそう言った。凍えるような冷たい声で。抑揚がない、感情がない。そんな悲しい声で。


 その女は、さっと身を翻し、ハイヒールでコツコツとこの場を後にしようとする。


「ちょっ、ちょっと待って。勇者ってなんだ。あんたは何を知ってるんだ。そもそもあんたは一体ーー」


 誰。の言葉は出なかった。振り返った冷たい瞳が俺を見つめている。息が詰まる。窓から吹き抜ける暖かい風をも凍てつかせるかのような。


「お前が知りたい答えはそこだ」


「そこって……」


 そう言い残した彼女は、今度は止まることなく教室を出ていく。追いかけて行ったが、もう彼女の姿はどこにもなかった。


(あーもう訳わかんねぇ)


 なんに対しての悪態でもない。その言葉とは裏腹に、違和感の答えがどこにあるかは俺は分かっている。俺は急いで帰り支度を済ませ、校舎から飛び出した。

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

(こいつに何かがあるんだろか……)


 見つめる先には真っ黒に真四角のVR器。迷う理由などない。確かめればいいだけの話だ。


 ネットで[ディメンションゲート]を調べても、何らおかしな点はない。好評の声が波紋的に広がり、世界中で在庫切れが多発する程の人気ぶり。


 ーーボタンを押す。


 刹那、眩い光が世界を覆う。

 白い光の世界が全ても包む。自分の体の感触がない。触れられない。感じない。全てが意識のなか。白い白いどこまでも続く世界。


 ーー何かが見える。これは、映像?


 『怖くないの?』


 『うふふ。変な人』


 『これは重症ね』


 『本当にありがとうね』


 『ヒビヤ!』


 『いやぁぁぁぁぁ』

 

 ーー記憶。現実(リアル)の記憶。痛みの記憶。恐怖の記憶。ゴブリンの記憶。

 

 ーーアリシアの記憶。

 

 世界が暗転する。

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「ここ……は」


 見慣れない天井。幾分か豪華に見える造形だ。ふかふかな感触が俺の全身を包んでいる。首元には、ストレスのない低反発のマクラ。


 つまり、俺はベットの上にいるのか……ここは、客間のようなものか?こじんまりとした部屋にしては、綺麗に掃除が施されているようだし。そして、ふと思い出すーー


「アリ……シア。そうだアリシア。俺は何故こんなにも大事なことを」


 そうだ。俺はこのゲームの世界で……いや、ネットの情報と照らし合わせても、ディメンションゲートとは全くの別物だ。だとするとここは全く別の世界。


 ーー確かに俺は死んだはずだ。否おうなく、ゴブリンに頭を弾き飛ばされて絶命したはず。


「おえっ」


 思い出すだけで物凄い吐き気がする。あの後は一体どうなったんだ?アリシアは?あの子は無事でーー


「お前っ!一体何者なんだ!」


 甲高い咆哮が俺の耳を劈く。声の主はすぐ側にいた。ベットのすぐ横。栗色にくすんだ淡い色の椅子の上。驚いて立ち上がっている。その少年。


「さっきまで確かに死んでいたはずなのに!頭がなくて胴体だけだったのに。なぜ!お前は何が目的だ!アリシア様に近づいて何を企んでいる!」


 絶叫にも満ちた声の主は腰に剣を携え、ウルフヘアで金髪。中性的で美形の顔立ちだ。


「……耳っ!」


 カチューシャの類だとは到底思えない……人間の顔立ちをしながらもソレは異彩を放っている。


 ーー獣人族。ファンタジー物の小説にはありふれた種族。だが目の前で見るソレは、科学によって塗り固められた俺の思考回路を鈍らせる。


「お前ッ!」


 人間が獣人族等の種族に偏見を持つこと。そのことを主題とするストーリーは多く存在し、また目の前のソレも例外ではなかっただけの話。


 それを初対面。初動の一言目で発してしまった愚かさ。それに気づくのに、幾分かの時間がかかってしまった。


「スチアート!」


 俺の耳に残る、記憶にある声。


「下がりなさい」


「で、ですが……」


「いいから、一旦落ち着きましょう」


「……はい」


「うん。いい子」


 サラサラの銀髪にオッドアイ。優しい声。やっぱりアリシアだ。

 

 スチアートと呼ばれた少年が俺を睨みつけながらも、部屋から出ていく。


「アリシア……アリシア!無事だったのか?俺、ごめん。全然助けられなくって。足でまといだったよな。でも俺怖くて、足震えちゃって。それで……死んじゃって。でも、助けに行こうとしたんだけど、だけど、記憶がなくて。その……」


「大丈夫。落ち着いてヒビヤ。ゆっくりとお話しましょう」


 何を聞いたらいいのか分からず、テンパってしまった俺をなだめるように手が包まれる。アリシアの手は彼女の心のように暖かった。


「悪い。ちょっとテンパって」


「そうね。ちょっと意外だったかも。もっと冷静な人だと思っていたわ。ヒビヤはドジっ子さんってやつなのかしら」


「ドジっ子さんは辞めてくれ」


 苦笑気味に返事を返す。


「それじゃあ、変な人?」


「なんで俺のイメージの候補には、そんな残念な肩書きしかないんだよ。もうちょっとカッコイイやつを要求するね」


「あら、いいじゃない。他の人と違うって素晴らしいことだと思うわ。だから、ヒビヤはちょっと変な素晴らしい人よ」


「いや、もうちょっとだよ。惜しいよ。大将、もう一超えだよ」


「ふふふ。やっぱりヒビヤはおかしいわ」


 あぁ、もうこの娘には敵わないな。こんなにも心が暖かくなる。さっきまで取り乱していたのが嘘みたいだ。こんなにも安心出来る。

 

 いつの間にか励まされていた。

 いつの間にか震えが止まっていた。

 もっとずっと話していたい。

 だからまずはーー


「あの後どうなったか聞かせてくれ」

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 話を聞くとこうだった。

 俺はゴブリンに首チョンパされ、絶命。それでもなんとかアリシアが死体を連れ出し、魔法を使ってゴブリンを一掃。その後、本来であれば四日で着く所を、六日間かけて俺を隣町まで運んで来てくれたらしい。最初は死体だった俺の体を燃やそうとしたらしいが、心臓は動いたまま。全身に血流が正常にながれ、冷たくなることはなく、頭が無い状態で生きていたそうだ。


 まだ助かるかもしれないと、アリシアが俺をここに運び込んだらしい。どうして元に戻れたのかを聞かれたが、こればかりは、俺にも全く分からない。


 ただひとつ言えるのはここはゲームの世界では無いということ。アリシアにVRの話をしても、頭にハテナを浮かばせるだけだった。そもそもとして、科学の知識を知らない様子だった。ここが異世界だったとした時、魔法で人類が発達したと言われれば、納得せざるを得ない。そして最も重要な問題として、帰る方法が分からないということ。


じゃあ、俺が取るべき行動は……


「アリシア。俺に何か君の助けになることは出来ないか?命を救ってもらったんだ。その恩返しがしたい」


 無一文で何も無かった俺に。どこぞの馬の骨とも知らない軽薄な俺に。下心丸出しの阿呆な俺に。命をかけて守ってもらったのだ。だからそれ相応のお返しがしたい。


「ダメだ。お前のような素性が分からない男など……それにゴブリンなんぞに殺されるという体たらく。アリシア様のお側に相応しいとは思えない」


「アーチャンってば、きっびしい〜。恋敵でも見つけたの?」


「ッッ!黙れ。俺は単にこの男が信用に値しないと言ったんだ」


「はいはいわかったわかった。あんたがいると話が進まないから。ほら行った行った。……ん?そんなに熱い視線を送られると照れるなー死体君。そんなに見てもこのしっぽは取れたりしないよ〜」


「いや、そういう訳じゃ……」


 アリシアは、皆にも事情を知って貰いたいと、その皆とやらと一緒に状況を整理していた。スチアートをなだめるように外に追いやったその少女はキャント。見た見は一見普通の女の子だが、この子もスチアート同様、尻尾に獣耳と獣人族のようだ。


「まぁ、なんであれ。今はひとまず体を安静にすることが先決ですぞ。傷はないにせよ、一度死んだ身。労ることになんの理由もごさいませんゆえ」


「はい、マスヴィウムさん……でも俺、アリシアの助けになりたいんです。どんな下働きでもいいんです。ここまで助けて貰って、何もせずただ元気な体を持て余すなんてーー俺には出来ない!」


 ダンディに白い髭を生やし、目が線のように細い、マスヴィウムと呼ばれる老男は力強い眼差しをうけ、ニヤリと笑う。


「ワッハッハ。その意気込み。それこそ若さですぞ。老いぼれにはこの熱は耐えきれませんからな……アリシア様、私のもとで働かせてみるのはいかがでしょう?きっと良い力になってくれると思います」


 スチアート、キャント、マスヴィウムはアリシアとは主従の関係のようで、アリシアを敬称で読んでいる。どの程度の身分なのだろうか?この屋敷自体もアリシアのものだと言うし。


「そう……でもこれ以上私と関わったらいけないと思うの。迷惑をかけてしまうわ。今回は助かったとしても次はどうなるか分からない。そもそも私と一緒に行かなければ、ゴブリンの郡勢なんかーー」


 そんなことはないと言おうとした時、


「アリシア様。男の覚悟を、決意をどうか汲み取って欲しい、と愚行致します。私は老いぼれの身ゆえ、アリシア様の寛大なお心を全て汲み取ることは不可能でございますが、この若い男の熱意は理解できるのです。真っ直ぐで揺るぎない、かつて私もそのような時代がーー」


「うぇ〜また始まったよマーちゃんの昔話。……ねぇ、アリシア様。死体君、マーちゃんの所なら別にいいんじゃない?きっと必死になって働いてくれるよ〜」


 これが毎回の常套句なのだろうか。マスヴィウムが話し始めた途端二人は呆れた顔で話を合わせ始めている。


(でも、これなら、どうにか、アリシアの為に動けそうだ。マジグッジョブだぜ、マス爺)


「もーう。分かったわ。じゃあマス、頼んだわよ」


「理解して頂き幸いでございます」


 胸に手を当て、紳士な作法で頭を下げる。その合間に、俺の方を見て、細い目を見開き、こちらにウィンク。


(もうマジかっけぇっすマス爺パイセン)

 

 

 

 

 

 

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