第2話

 藍色で深みのある色と、純粋で絶えることのない煉獄の炎のような二つの双眸は、俺の心を容易く撃ち抜いた。

 

 ーーーーー

 

「どうかしたの?」


「え、あ、その。こ、これ」


 つい、見惚れてしまったのを誤魔化すように、花飾りを差し出す。彼女は酷く驚いたように続ける。


「私ってばこんな大切なもの落とすなんて。ありがとう。本当にありがとう。これは本当に大切なもので。何とお礼を言えばいいのやら」


「お礼なんていらないよ。その……綺麗な顔が見れただけで。俺はもうグッジョブです」


 照れをどうにか隠すために、俺は拳を掲げながら、親指をつきだす。彼女は何拍か置いてフードを慌てたように被り直した。


 (髪飾りに夢中で気づいてなかったのか?)


 見た目の完璧さとは裏腹に、中身は意外とドジっ子だったりするのだろうか。それはそれで保護欲がそそられたりするのだが……


 彼女はプレイヤーなのだろうか。NPCにしては、造形が細すぎる。


先程のバグといい、初のVRMMORPGのモブキャラに、ここまで凝ったデザインが出来るとは思えない。

 然し、データ保存パックの影響により、プレイヤーの見た目は現実のものに依存すると書かれてあったはずだ。


 (リアルにオッドアイの銀髪美少女なんているのか?まぁ、最近は整形やらなんやらも色々と進歩していると聞くし。ここにこうしているのだから、実在はしているんだよな。ていうか、そもそもーー)


「怖くないの?」


 声が小さく、考え事に集中していたせいで、全く聞き取れなかった。


「なんだって?」


「私の事怖くないの?」


「いやまったく(この可愛さは確かに怖い)」


「だって目。左右色違うんだよ」


「うん。初めて見た。猫とかのなら見たことあんだけどなー」


「髪の毛。銀色で皆と全然違うんだよ」


「うん。いいよな銀髪。俺も人生で一回なってみたいもんだぜ」


 彼女は驚いたように目を丸くする。そして考え込んで、思いついたように口をする。


「あなた、ちょっぴり変な人?」


「なんでだよ!俺は変な人じゃない。確かに俺の友達に一人だけ、変な奴がいるが……俺は違うぞ。ホントだぞ?確かに今日は堂々と社長出勤かまして、クラスのみんなに白い目で見られたけど。それとこれとは、べつでだな。そのーー」


「ふふふ。お口がよく回るのね。あなた」


 平凡に平凡を貫いてきた俺に最も対極的な問であったため、つい早口で語ってしまった。


「あなたお名前は?……私はアリシア」


「俺は……そうだな。ヒビヤだ」


 ネットゲーム上での本名プレイは何となくタブー視されている。

 とは言っても、ヒビヤという名前は俺がよくゲーム上で使う名前だが、本名と捉えられても仕方ない。本名と大してかわりがないし。


「な、なあ。ここら辺で冒険者組合ってどこにあるか知ってるか?」


 まだ緊張が抜けていないのか、ついたどたどしくなってしまう。


「そうね。この町にはなかったと思うわ。確か、一番近いのは隣町にあったはずだけど」


「隣町!?」


 耳を疑った。チュートリアルにしては回りくどすぎる。


「なぁ。ここから隣町まではどのくらいかかるんだ?」


「四日も歩けば着くと思うわ」


「四日!?」


 さっきから同じようなリアクションを取ったせいか、アリシアが不思議なものを見る目で見てくる。


「ねぇヒビヤ。あなた、行き方は知ってるの?」


「いや、全く」


 自信満々で答える。


「食料は?」


「ありません」


「お金は?」


「あったらいいな。ハハ」


「将来の夢は?」


「僕は死にませぇーん」


「うん。これは重症ね」


 波に乗ってしまった。仕方ない、これがビッグウェーブなんだから。


 心の中で言い訳をしながらも、緊張がだんだんと溶けて来たことに安堵する。彼女は少し考え込むように口元に手を当て、思いついたように口を開く。


「私と一緒にいかない?ちょうど行くところだったのよ」


「なんですと!?でもでも、お高いんでしょう?俺、何も持ってないよ」


「今なら出世払いで許してあげる」


 (え、何この可愛い生き物。一生愛でていたい)




 ※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 アリシアの提案を受け、ただ今一緒に隣町へと移動している。隣町の名前はグリーンコックス。小さい町ではないらしく、検問所があるという。身分証を持ってない俺はアリシア抜きでは入ることも出来ないらしい。


 (どんな無理ゲーだよ。アリシアいなかったら、初動死まっしぐらじゃねぇか)


 その他にも色々と聞きたいことがあったが、まずはーー


「アリシアってどこの出身なんだ?」


「エムパリスタよ」


「やっぱ外国人かー。エムパリスタは聞いたことねぇな」


 世界同時発売の[ディメンションゲート]は、翻訳機能が着いているのはリーク情報で知っていた。この技術自体は前時代のものだから別段驚くことではないが。


「エムパリスタは結構大きな国だとおもうけど……」


「くそ、こんなことなら選択科目、地理にしておけば良かった」


全力で額に手を当て、オーバーにリアクションをとる。


「本当に変な人。……まさか本当に無一文とは思わなかった。最悪その剣、売っちゃっていいから、ちゃんと食べなきゃダメだよ?」


 道中には、危険なモンスターも出るから、護身用に持っておいた方がいいと、アリシアに見繕ってもらったのだ。本当に何から何まで、申し訳ない。


「ダメだ。もうこの剣と世界を渡り合うことを決意したから売ることなんて出来ない。愛の契約だから。永久保存版だから」


「そんな簡単に決まっちゃうんだ」


「これが決まっちゃうんだなー。愛は世界とか宇宙とか色々救えるらしいから」


「本当に変な人」


 困ったように、でも嬉しそうにそう告げるアリシアは、俺が今まで見てきたどんな女性よりも美しく見えた。


「今日はここまでね。日も落ちてきたし。ここで一泊して、明日に備えましょう」


 そう言うと彼女は、てきぱきとテントに焚き火に食料に全てを準備してくれた。


 (さっきから俺、いいとこねぇな)

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 アリシアが用意してくれた焼き魚を食べ、アリシアが用意してくれた水を飲み、アリシアが用意してくれたテントで体をゆっくりと休める。いや、本当に俺格好悪い。


 横でアリシアが寝ている。目をつぶっていても画になる。


 (ゲーム時間と、実時間。どういう関係になっているかは分からないけど、体感時間ではもう、十時間を超えている。そうなると、ゲームの方が遅いのか?それとも、もう現実の方は朝ーー)


 思考を巡らせているうちに、眠気が襲ってきた。この眠気がゲーム内なのか、それとも、自分の体が睡眠を欲しているのかは、分からない。


 ただ、万が一モンスターに襲われないか、アリシアを見守ろうとした決意は、この睡魔によって壊されそうだ。仮想現実の中で就寝したら、夢を見るのだろうか?


 そんな堂々巡りのどうだっていいことを真剣に考えているうちに意識が遠のき、眠りに落ちる。

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「ヒビヤ!起きて!」


 慌ただしく、焦りが全面に出たような口調で眠りから覚まされる。まだ暗い。だが、アリシアが持つ松明によって辺周辺が、ぼんやりと、浮かび上がってくる。


「これ……は!?」


 胴長に短足。緑色に全身を染めたそれはーー


いわゆるゴブリンと言われるモンスターの郡勢。俺とアリシアを囲むように散らばっている。


「これが、ゲーム!?」


 鋭く鋭利に尖った歯。醜く、吹き出物に溢れたゴブリンの顔。それは狂気に満ちている。ただこの場いる人間を殺すことだけを見ているような……


「下がって!この数……まずい」


 アリシアが絶叫にも満ちた声で、俺を動かそうとするが腰が抜けて身動きが取れない。


(なんで?あれ?力が……立ち上がれなーー)


「うヴあぁぁぅ」


「ファイア・エッジ」


「あうぅアアアーーー」


 俺に飛びかかろうとしてきたゴブリンに、幾つもの炎の玉が炸裂する。弾き飛び、緑緑しい血が吹き出す。生き物が死んだ。その確かな感覚が俺を一層恐怖に落とし込む。


腐りきった卵のような腐乱臭が鼻に襲いかかる。頭が正常に働かない。グルグルと目が回って、毒でも入れられたかのような気分だ。


「……っ。ま…ほう?」


 気持ちの悪い光景に目を眩ませながらも、助けて貰ったという事実になんとか辿り着く。


「サンダー・ライトニング」


 瞬きも許されないような一瞬で電撃が流れる。その電流は、ゴブリンの郡勢に襲いかかり、敵の陣形が崩れ始める。


「ヒビヤ。私から離れないで。これならいける」


 アリシアは手を前に突き出し、詠唱を唱えると、何も無かったはずの空間に次々と魔法繰り出される。判断力を失ったかのように突進してくるゴブリンを尽くなぎ倒していく。





「私の名は、キャベンディッシュ・アリシア・クラーク」

彼女は、高々と声を張り上げて宣言する。


 その名がどんな意味をもたらしているのかを、この時の俺はまだ何も知らなかった。

 


 

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