第6話




 ディベートの班を決定した日の午後の授業。この時間は化学の授業だ。ホームルームに化学の先生がやってきて、始めるのは授業……ではなかった。


「……」


 普段無表情の白鳥がより一層仏頂面になり、なおかつ明らかに顔面蒼白になっている。無口清楚を地で行く彼女をもここまで変化させる暴力。


「はい次ぃ、富澤君」


 テスト返しだ。早くも夏休み明けテストの結果が返ってきて、結果が悪かった人は嘆き悲しみ、特に赤点の人は顔色が赤点なのに青色になる。一部の人は最早開き直ってるが。


「白鳥、悲惨かー?」

「……フェスガチャ三十連引いて全部レアだったレベルの悲惨さ」


 それはどのゲームかにもよるが。とにかく真莉が驚くくらい、白鳥は豹変していた。思わず真莉がすり寄り、頭を撫でるほどに。効果はないようだ。


 それに対して遥時はあっけらかんとしている。彼の点数は悪くないどころか、むしろ予定より高得点。溢れ出る勝者のオーラから憎たらしい。


「……なんで椎名君は点数良いの。夏休み中、結構な時間ゲームにオンラインしてたよね」

「日頃の努力じゃね。だって全部課題から出てるんだし、ちゃんと勉強したら取れる問題だと思うが」

「ぐっ……世の中には勉強しても点数取れない人だっているのよ」

 

 悲しいとき、白鳥はいつもより饒舌になる。逆にそれが哀れみを誘い、真莉はより一層頭を撫でる。もちろん効果はないようだ。ゴーストはノーマル無効なのだから。


「さてぇ、テストの解説をしていきますよぉ」


 全ての解答用紙を配り終えたということで、語尾がやたらねっとりとした口調でテストの解説を始める先生。黒板にテストの問題と解法を書き、解説を始める。


「つまりぃ1モルの亜硝酸ナトリウムとぉ、1モルの塩化アンモニウムからぁ、1モルの窒素が出るわけでしてぇ」

「はぁ退屈ー、頭が頭痛で痛いー」

「……嘆いても物質は消えない」


 難解な呪文のごとく降り注ぐ化学式に頭が追い付かず嘆く白鳥。そんな彼女に遥時は悲しい真理を告げる。真莉は黒板を凝視している。


 そういえば真莉の知識は死んだときから止まってるのだろうか。そうだとするなら中学の学習を踏んでないわけで、高校の内容を理解できないのは最早当然なのだが。

 そう遥時はその瞬間まで思っていたのだが


「そうだよねー、なにが水兵リーベだー、なにがストロンチウムだー爆弾でも作るの? 化学なんて花火みたいにパッと無くなれば良いんだーっ」

「……あれ?」


 それにしてはなぜか真莉の嘆きに含まれる知識が豊富なような。というかこれ、クラスメイトの心の声を代弁してない?

 そんなツッコミも露知らずに嘆きを垂れ流す真莉はこの際置いておいて、遥時はしたいことをする。


「白鳥さん」

「ほいっ」


 隣の席の利点は大きく、授業中でも資料・・のやり取りがやりやすい。今日も今日とて作業だ作業。


 化学のノートに重ねるように別のノートを開き、机の左には資料を置いてその上に教科書を。そして前方に筆箱を置き、鉄壁のガードを構築。


 ……まあ高いところにいる教師から見るとバレバレなんだろうけど、何も言われないのだから無問題なはずだ。


「あれハルくん何してるの?」

「秘密だから、構ってこないで」


 今更現実に戻ってきた真莉にかまってる暇はないようだ。集中している様子がひしひしと伝わり、触らぬ仏に祟りなしといったところだ。


 仕方ない、と真莉は外に遊びに繰り出すことにした。

 この太陽の石ソレイユストーンのエネルギーを貯めるために日光に晒すのは効果的だし、ちょうど良い。


 校舎を飛び出して、飛翔したまま学校の敷地外へ。


(高いところから見ると……やっぱりいい街ね)


 地上から見る景色と航空写真だと感じ方に違うものがある。真莉はかつて自分の住んでいた街の新たな一面に趣を覚えつつ、思い出の場所を巡ることにする。


 まずは街を囲むように流れてる河川の中流付近に向かう。丁度この河川の中流には名高い橋がかかっており、あたりには数多くの外国人や観光客がいる。


 そんな群衆の間を誰にも見られることなくすり抜けて、二車線道路を横断したら近くの林へ。真莉の記憶通りならここに小道があるはずだ。その記憶は間違ってない。


 ということはこの記憶に従えば……


(あった。秘密の穴倉)


 草木に覆われるようになってる、山肌の小さな穴。丁度子供が数人は入れるほどの大きさになっている。



 懐かしいな。確か私が小学生の頃に遥時や他の友達と一緒にここで遊んだっけ。あの頃からあまり外で遊ばない遥時だったけどこの時ばかりは無理やり引き連れてきたっけ。


 お菓子やゲーム機などを持ち込んで一カ月くらいの間は毎日皆で集まってた思い出。本当の私の大きさなら絶対に窮屈なくらいの大きさなのに、それを快適と思っていた日々。


 あの頃からかなりの時間が流れた。遥時以外のあの時の皆は今頃どうしてるんだろう。きっと昔の日々はほとんど覚えてないかも知れない。皆はそれぞれの道を歩んでる。


 私も、私の道を。本当の道を歩むためにっ……!



 その時、真莉の目前にスっと異形の蟲オニグモが現れた


 真莉の瞳が見開かれた


「っ……き、きゃあああああああああああああ!?」


 真莉の悲鳴が轟き、洞穴内を反響し、山々に木霊する。普通の人には聞こえないが。


 さっきまでの良い雰囲気はぶち壊しだ。キスしそうなほど至近距離で蟲を直視したのだから仕方がない。ドアップのクモが脳裏に焼き付き離れない。


 涙目のまま、もう近寄りたくない……とケツイを固めて真莉はその場を離れた。



 そのまま空を翔んだ真莉は住宅街の方向へと向かう。


 ここも、ここも、本当に懐かしい場所ばっかり。でもたった五年の間で建て替わった建物もたくさんある。変化を楽しむのも良いものだ。


 そしてここは……懐かしの公園。


 今は子供たちがボールを蹴って遊んでいる。もう小学校は放課後なのだろうか。とても楽しそう。

 そんな様子を見たからか、ふと昔の真莉達を幻視する。ドロケイしたりドッヂボールしたり、やっぱりあの頃だからこその思い出。


 懐かしい……そんな感傷に浸っていたところに、ふと響き渡るのは……クラクション。


 クラクション……?


 嫌な予感は何故か他より鋭く察してしまうもの。反射的に振り返り、道路の方を見ると、そこには転がるボールと追いかける少年、


 そして、迫りくる車。


 どうしてこんな状況になったかなんて一瞬で察せる。いや察してる場合じゃない、このままだと……


(念っ……りきっ……!!)


 そう真莉は必死に念ずるが、急に狙いを定めて力を与えても発動までにラグが生じてしまう。車の速度的にいくらブレーキをかけてる様子といえども、これではインパクトまでに間に合わない。


 反射的に目を瞑ってしまう。


 次の瞬間、響き渡るのは鈍い音。完全に衝突音だった。


(あ……)


 目を開けられない。間に合ったと思えない。


 でも現実から目を逸らしてはいけない…… 背いてしまいそうになる顔を必死に抑え、視界の端で確認する。


 そこには淡い紺色の霧みたいなのが車の前方に浮いていて……え?


 どういう……こと?


 怒涛の展開に思考が追い付かないで困惑する真莉。そんな彼女にあてられて、


「そう簡単にこの世界の摂理なんて捻じ曲げてはいけないのに……悪い癖です」


 若い青年の声が後方から聞こえてきた。




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