第5話



 真莉が蘇った翌日、学校にて。


「はーい、今日は研修合宿に向けてのホームルームだ。まず研修合宿で何をするか、ざっと言っていくぞ」


 教壇に立ってるホームルーム担任がそう言い、黒板に行事の流れを書きつけていく。

 それを真面目に見る人、話半分に聞いて課題を進める人、机の死角にスマホを隠して触ってる人、様々だ。


「研修合宿てなに?」

「気になるなら聞いてれば良いだろ。自分も知らないし」


 研修合宿は遥時の属するコースに限定して行われるイベントの一つだ。


 県内の他高校の生徒も参加し、主に大学や企業を巡ったり、山奥の施設で交流を深める。泊りがけで行われる行事だ。


 内容は一日目に県内の大学のキャンバスを巡ったり講義を聞き、二日目に施設で野外活動や交流、三日目に企業の工場見学という形だ。


「ふーん、面白そうだね」

「そーか? 僕としては貴重な時間を潰されて残念だ」

「クラスメイトや他校の生徒とも触れ合うチャンスなのに?」

「いや悪いが興味がない。至極、どうでもいい」


 他人にはとことん無愛想な遥時。そういえば蓮と紗楽ちゃん以外でとりわけ仲良さそうな人がいなかったな、と真莉は思い返す。

 クラスメイトと話せないわけではないけど、その内容は大体が連絡・報告。ホウレンソウには相談が足りない。


 そこに担任がふと生徒に問いかける。


「さて二日目についてだが、ディベートがあるのは知ってるな?」


 誰一人答えない。知っている人も知らない人も、みんな等しく黙っている。そういうものだ。


 二日目の交流行事の中にはディベート、つまり”討論大会”が予定されてる。決められた一つのテーマに対し、2チームがそれぞれ肯定と否定の立場に別れて討論をし、審判員がより説得力のあるチームを勝者と判定するものだ。


 通常は五人などの少数班を一チームに行うもので……


「今日はディベートの班を決めてもらう。一班五人で、このクラスで八班作れるはずだ。男女人数は問わない。全員決まったなら、次に話を進める」


 チーム分けの時間だ。早速クラスメイトは席を立ち、交友関係のある人のとこに締め出しを喰らわないよう一直線。もちろん遥時も蓮のところに行く。


「蓮、同じチームで大丈夫か?」

「むしろ歓迎だな。遥時のブレインに期待してるし」


 あともう一人いれば三人組。これならそうそう別れる羽目にはならないはずだ。そして……


「……椎名くん、同じチームで良い?」

「他の知り合いじゃなくていいのか?」

「……居心地の問題。特にこういうイベントになると、皆盛り上がるから……」

「なるほどな。気持ちはわかる」


 白鳥もチームの輪に加わった。遥時も白鳥も、体育祭とかで皆が血気盛んになってる中、そのノリに本心ではついていけないタイプ。白鳥的に同志の遥時がいる方がやりやすいらしい。


 さて白鳥が加わったことで、残りの輪は二人。と、そんなところに女子の集団がやって来る。


「ねえねえ神崎君、私達のチームに来ない? 貴方がいれば絶対に優勝できるわ」

「神崎君の思考力と行動力は誰もが買うわ。好待遇で歓迎するよっ。色々してあげるよっ」


 精一杯の誉め言葉と、醸し出す色気。どこかのアブナイ店の客寄せだろうか。


 どうやら蓮を引き抜きに来た模様。確かに蓮は人前で話すのは上手いし思慮も深い。まさにディベートにふさわしい存在といえるだろう。

 しかし蓮がそんな簡単に色気に釣られるわけでは


「うーん、内容によっては良いかな……」

「おいっ!」


 いや蓮も男だった。自分に正直な男だった!


 遥時の本気のツッコミに「冗談だって」と苦笑いしながら蓮は返す。洒落にならないと遥時は冷や汗だ。


 そんな中で遥時の後ろにいた真莉は、ただただ女子を睨んでいた。


(あの、女達っ!)


 誘っていた女は、昨日の昼休みに悪辣な計画を企てていた女子。蓮を引き抜こうとしたのも、その計画の一端かも知れない。

 かといって念力などで手を出すことはできない。必要無しに不可思議な現象を顕現させるわけにはいかない。それは真莉の決めた、守るべき一つのルール。


 だから、意味がないと分かっていても睨む。その身体を、身体の中心に存在する魂を、ただ一心に睨みつける。


「……真莉?」


 そんな真莉の様子に気づいた遥時が振り向いて問いかける。それで我に返った真莉はなんでもないように装う。遥時も怪訝な表情をしながらも、まあいいか、と思考を棄てた。


「……」


 そして一人のクラスメイトも、一瞬だけ遥時の後頭部を見上げ、また視線を戻した。


 そんな真莉達の様子に構わず、蓮と女子陣の交渉は進んでいた。平行線を辿りそうになっていた会話だが、ふと後ろ髪をパッツンにした女子の一人が奇策を提案した。


「んー、じゃあ私が神崎君達のチームへ行くよ」

「どうしてそうなったし。支離滅裂やん、バカなん?」

「酷い言い様ね。理由? これが皆ハッピーなまとめ方だからよ」

「……なんだそれ。他の女子はどうするん」


 蓮を誘えないなら、蓮の方に行けばいいじゃない。その理屈は分かるが、他の女子はどうするつもりなのか。ジト目の遥時が投げかけたその質問に対して他の女子達は。


「私達はこのままで良いわよ。というかそっちの方が都合が良いわ。他のチームも人数問題で揉めてたけど、そこから一人引き抜いたら丁度良い感じにまとまるし」

「……お好きにどうぞ。蓮は?」

「俺は別に構わないよ」


 そういう問題じゃないような気もするが、他人ひとの思考なんて分からない。分かろうとも思わない。


(……ちょっとした狂気を感じるよ)


 その様子を眺めていた真莉は思う。真莉的に見ても、この流れは理解できないのだから。何らかしらの思惑はあると踏んでも、よく分からない。だからより一層警戒を強めることにする。


 そんな中で後ろ髪をパッツンにした女子Aは自己紹介する。


「改めて、私は天凪 葵あまなぎ あおい。ちょっとの間同じ班員としてよろしく」


 女子A改め天凪 葵。実は一学期に保体委員をしていた陸上部の女子だ。


 紆余曲折あってなんとかメンバーは四人になった。最後の一人は誰かという話になる。


「正直言って、誰でも良いんだけど……」

「だったら彼で良いかな?」


 そういって蓮が指差したのは、自席近くで静かに立っている男子生徒。


「彼、えーと……富澤 詩穏とみざわ しおんか。話したことないんだよな……」

「俺も滅多にないよ。向こうからは一切話そうとしないから」


 クラスメイトとほとんどと言っていいほどに関係を持たず、基本じっと本を読んだりしてる男子生徒。バスケ部に所属はしてるらしいが、それといった活躍は聞かない。成績なども不明の、謎多き存在だ。

 そんな彼は一人ぼっちでいる。だから彼を加えることで丁度五人。まさに願ったりの存在といったところだ。


 富澤には蓮が話しかけに行く。きっと今まで誰にも誘われずに残ってたのも、話しかけ難いオーラみたいなのがあったからなのか。蓮以外に気安く話しかけられる人もいないだろう。


「別にいいけど……」

「おっ、そうか。なら決定だね」


 蓮は富澤の返事を聞いたらグッドサインを送る。それに遥時もグッドサインで返す。交渉成立といったところだ。

 ちょっと波乱だったとはいえ、無事に五人が決まって万々歳だ。ここで争いに巻き込まれるほどの悲しいことは無いのだから。


「富澤くん、よろしくな」


 その蓮の言葉に富澤も会釈で返す。無口なだけで、人と話せないわけではない。


「ふぅ、決まった決まった」

「お疲れ様、ハル君」


 決定ということで自分の席に戻り、ゆっくり一息吐く。


 そんな様子を見つめている人が一人いたのに、まだ二人は気づいていない。

 


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