第4話



「おい」


 遥時の下に戻ってきた真莉に早速浴びせられたのは、水も凍てつくほど冷たい声だった。


「な、なんの御用です?」


 原因なんて分かってる。でも知らんぷり。冷や汗を垂らしてそうな真莉は明らかにざわついてる教室内から意識を逸らしながら遥時の言葉を待った。


 遥時はそんな真莉の様子を確認して、一つ。


「何をした」

「何も」


 遥時の言葉に被せるように真莉の言葉。


 ざわつく教室内だってきっといつも通りのはず。会話の内容が「さっきの光は何?」と言ってるが、きっと生徒指導の先生のおでこのフラッシュだ。


 ワタシナニモシリマセン、を貫こうとする真莉に遥時は溜息を一つ吐く。


「99パーセント怒らないから、正直に言ってみな」

「嫌だ。1パーセントでもあるなら嫌。私の判断は0か100に限る」


 遥時も妥協する必要があるらしい。仕方ない、とため息を吐き、改善案を提示する。


「100パーセント怒る・・から、正直に言え」

「わかっ……おい、ちょっと待て。騙されないからね」


 ちっ、と隠しもせず舌打ち。作戦は失敗のようだ。


 とそんなところに蓮がやって来る。


「おーい、昼飯食おうぜ」

「りょーかい。今日も弁当だろ?」

「あぁ。隣の席確保してるから来いよ」


 今は昼休み、昼食を取ったり色々な仕事を消化する時間だ。遥時もかなりお腹が空いている。


「ということで、言え」

「何が”ということで”なの!?」

「……これ以上問答する気はないから、もう何も言わないんで早く簡潔に言ってくれ」

「あ、折れた」


 くだらない交渉で貴重な時間なんて潰したくない。既にもう怒る気力すらないから、とりあえず説明だけしろとのこと。


 遥時は蓮の隣の席に移動し、机を動かす。こうして面と向かい合って食事するのも実に久しぶりのことだ。

 遥時がそそくさと昼飯の準備をしている間に、真莉は簡潔に説明し始めた。


「えーと、さっきやってたのは儀式」

「まあ、そのあたりだろうな」

「石に”自然の力”を取り込ませるの。今回は”太陽”」

「早速意味不明になったんですけど」


 どうしてこうも常識から離れてることをさも普通に説明して来るのだろうか。ファンタジーにある程度精通している遥時とはいえ、もっと順序立てて説明してほしい。


「私がこうやって霊体で存在しているように、この世界にも色々な霊がいるの。その中には各自然を司る精霊もいるわけ」

「……それはどんな平行世界のお話ですか?」

「だから儀式によってその精霊と契約を結び、自然の力を分けてもらうわけ。今回は”太陽”の力を分けてもらう契約をしたから、これ以降ちょっとずつ、この石に太陽の力が集まるわけ」

「……はぁ、資源は大切にね。リサイクルしろよ」


 ファンタジーだなぁ、と大きな溜息。まあ言葉だけで言われても実際に認識できないんだから、それが本当かウソかなんてわからない。


(シュレディンガーの猫、ってとこか)


 とはいえ真莉が嘘をつくとは信じがたいし、ここはそうだという前提で受け入れるしかないか。


「んで太陽さんからエネルギー貰ったのは良いけど、それをどうするつもりだ。キ〇ワリでも進化させるんか?」

「それは秘密。禁則事項ってやつ」

「どうしても言えないやつか?」

「うん。こればっかりは。でも一つ言えるのは、この計画はハルくんにとっても良いことだということ」


 全くもってよく分からないが、真莉が何か計画を進めてるということだけは分かった。やっぱりただ蘇っただけではないらしい。

 一体何を隠してるのかは分かったものではない。分かろうとするつもりもそんなにない。ただ遥時に迷惑をかけるものじゃなければ、何でも良い。


 そこに蓮が、不満げな声色で話しかける。どうやら真莉との会話に熱中で、蓮のお話をすっぽかしてたらしい。


「……おーい、遥時」

「あおっ、なんだなんだ?」

「何上の空になってるんだ。絶対に俺の話聞いてなかったやつでしょ」

「あぁ、ごめんごめん。もう一回よろ」


 軽い謝罪に、仕方がないとばかりに話し出す蓮。そんな様子を見て真莉は、しばらく教室を回ってみることにした。


 それならクラスメイトの会話でも聞いてよう、とばかりに真莉は数人の女子の輪に近寄ってみた。

 そこでふと肩前で後ろ髪をパッツンにしてる女子Aが言葉を発した。


「はぁ~ やっぱり蓮くんって王子様だよね。どこかの大企業の御坊ちゃまと言われても違和感ないよ」


 どうやら蓮のレビューをしているらしい。その言葉におかっぱな女子Bとサイドテールの女子Cが続く。


「あんな御曹司がいたら理想だね。でも実は石マニアだったとか意外な一面も……?」

「実は家では物凄い自堕落だったとしても、逆にアリだね……」


 恋愛対象というよりは、理想的存在。クラスメイトにとって蓮とは、シンデレラに出てくる白馬の王子のようなものらしい。真莉だって女子。彼女達が語る理想には共感してる模様。


「だからアイツの存在は認められないね」


 そこに赤いフレームのメガネをかけた女子Dが僅かに震える声で告げる。その言葉に誰も動揺せず、むしろ共感で返す一同。


「あぁ、”彼”ね。なんで蓮くんに優しくされてるのかしら」

「嫌味なやつなのに、蓮くんは見る目がないのかしら。いやそんなことないから、きっとアレよ。ダメな人ほど優しくしちゃう系の」


 ”彼”って……? と一時は真莉も悩んだが、続く言葉で嫌な予感が霊体を駆け巡る。でもすぐに否定の思いが沸き上がる。真莉の記憶の中にある”彼”は、そんな評価される人じゃないんだから。


「二人は正反対だし、そういうカテゴリーがお好みの人には受けるかもしれないけど。私は断固拒絶よ、時期を見計らって排除ね。それと彼に親しくしてるあの女子も巻き添えよ」

「やっちゃう?」

「やっちゃおうよ」


 嫌な企てだった。とても真莉の知ってる”彼”が受ける仕打ちとは思えなかった。

 ただ蓮のそばにいるだけで? 蓮には釣り合わないから? 彼女達の理想に沿えないから?


 いいや、そもそも”彼”は蓮と親しくするだけの人柄がある。それなのに”彼”だけでなく、生前の親友すら巻き込むのは許せない。


 真莉の中に明らかな怒りの炎が灯ったが、彼女の中の冷静さが訴える。衝動で動いてはいけない。自分の立場を弁えろ、と。

 これ以上この場にいては感情が荒ぶるだけ。看過し難いとはいえ、距離を置くことにした。


(……ねえ、どうして嫌われてるの?)


 真莉は誰にもなく、一人そう問いを投げた。


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