第3話
ホームルームで先生の話を聞き流した後は始業式のために講堂へと移動する。
まだ暑さが残る廊下を一気に数十人単位で生徒が移動すると圧苦しいし暑苦しい。そんなサウナ状態の中で遥時達は心の中で文句を呪詛のように唱えながら歩みを進める。こんな状況でも柳に風といった蓮は本当にさすがだ。
そして講堂前の通路へ辿り着くと、他の学年と合流するだけあり人口密度は一気に増す。まるで満員電車だ。痴漢冤罪を防ぐために男女で分けて行動する必要があるだろうか。
「ほんと綺麗だよね」
そんな文句垂らしてた遥時の耳に、ふと周りにいた女子の会話が入った。確か彼女達は吹奏楽部の人だったか。面識はないが知ってはいる。
「だよね~ あんな部長を持って羨ましいよ! ……って噂をすれば」
「あっ、いた! 御剣先輩だ~」
吹奏楽部の部長……
容姿端麗で成績優秀。所作が一つ一つ上品で人との接し方はとても親身で柔らかい。皆は仰々しく”学校の女神”と呼んでいるが、それも納得できる。
「御剣先輩、人気だねー」
「蓮、もしお前が女子になったらきっとあんなものだと思うぞ」
「なんだ、そういう同人誌はあるよな」
「いや悪いがその性癖は持ち合わせていない」
どこの学年にも必ず一人は聖人がいるというもので、蓮に肩を並べるかそれ以上の聖人との噂だ。
なんでそんな万能はどこにでもいるのだろうか。いや逆に学校という狭い世界で一番だから誇張されて見えるだけで、所詮は井の中の蛙なのかもしれない。
「素っ気ないなあ。ハルは御剣先輩に興味ないのか?」
「いや興味はない。まあ第一印象はとても良いけど。でも接触ない人だし、もし関わったとしても周囲の嫉妬とかで面倒だしね」
彼女にしたいランキング一位を誇る御剣先輩だが、顔も性格も良いのだから納得できる。それでもあまりにハードルが高すぎるから、恋愛感情があまりに高じた人かイキり男子以外は告白に及ばないわけだ。
まあ及んだ人はことごとく返り討ちにあうがオチだ。御剣先輩はそう簡単に受け入れないらしい。
普段から煩わしいほどにイキる人ほどキツいカウンターを喰らってることに内心スッキリしてる人もいて、またそれが御剣先輩の評価を上げる好循環だ。
「ふーん、まあ堅実だな」
「良い評価してくれてありがとよ。それに対して蓮、お前はどうなんだ?」
「どうなんだ、とは?」
「お前は御剣先輩がどうなんだ、ってことだよ」
自分が問われたんだ。だったら逆に問い返すのは問題ないはず。まあこれも蓮は華麗に切り返すのだろうが、と遥時は思っていて全くの冗談のつもりだった。
しかし珍しく蓮は歯切れ悪く返した。
「うーん、非の打ちどころがない人だからね。そういう感情はないといえど、尊敬してるってとこ?」
普段から言葉が明晰な彼のことだ。言葉を選んでるのは珍しい。それは真莉も気づいたらしい。
「ねえハルくん、もしかして……」
「可能性はあるな」
わくわくと言った表情で目を輝かせる真莉。年ごろの少女は恋愛話に目がないのだ。遥時は親友の恋愛事情ということで、割と神妙な口調(喋ってないので気持ちは)で返す。
らしくない蓮に遥時はかなりの違和感を覚えるが、その様子に気づいたのか蓮もすぐさま普段のペースを取り戻す。いつもの明るい表情の絶えない彼に戻ると話題を変えた。
そんなことをしながら講堂へ入って整列する。あまり喋ると教頭か生徒指導が怒鳴るので、
こういう時、真莉の視界を借りることができればなと思う。実体はここにいながら、視界はあちこちを飛び回ることができる。
……ってそれは実質的には幽体離脱じゃないか。
始業式の前には表彰式もある。苦行の時間が伸びることに対する生徒達の不満がオーラとなって講堂を覆っている。夏季休業中に色々な部活が賞を獲っていることでいつもより時間が長いのも理由だろう。
だが表彰式の中には御剣先輩も混じっていた。吹奏楽部の部長だから、部で取った賞は代表して彼女が貢納する。彼女が壇上に上がるとその瞬間に怨嗟のオーラは吹き飛び、明らかにざわつく周囲。
「おおー、凄い人気を博してるんだね。皆も単純ね」
「これでも部長になったのはこの前だけどね。部長になってから一気に頭角を現したというか…… きっと三年生に抑えられてたんだろうね」
「そっか、二年生だもんね」
吹奏楽部の知り合いからの又聞きだし詳しい事情までは知らないが、御剣先輩の人気が急上昇したのは事実。とはいえ遥時にとっては関係ない以上、深く知る義理もない。
流石に生徒指導の教師も一睨み。眼と頭がフラッシュをし、それによって場は鎮まる。それを一切意に介さない御剣先輩は流石と言うべきか。
「いちいちざわついてたらキリがないね。先生の髪の毛も日にちを重ねるごとに減っていきそう」
「落葉樹かよ」
あの先生の髪の話はやめてあげて。あの少ない髪の毛を大事にしてるんだから! 少ない髪の毛を念入りに洗って、ワックスまでかけてるらしいから!
なぜ知れ渡ってるのかを考えてはいけない。
さて御剣先輩が壇から下りればまた場は冷める。夏と冬が一瞬にして入れ替わる異様な状況に、御剣先輩の次に賞を表彰される人はさもやりづらそう。寒暖差アレルギーかな。
そしてやっと表彰式は終わる。
始業式も校長の長い話を聞き遂げ、更に各指導担当の話も終わり、ようやく解散宣言が降ろされた。
◇◆
休み明けすぐには課題テストが付き物だ。
夏休みの課題を、最終日直前に答えを写すことでこなした人が苦汁をなめることになる。その結果を受けて「今度は真面目にしよう」と決意し、でも冬休みに同じ失態を犯す。この世の常だ。
さて真莉は遥時からテストの時間はそばにいないでほしいと言われたので、大人しく単独行動をしている。
しばらく校内探索でホームルーム棟のクラス、音楽室やコンピュータールーム、部室などを見学していた。
(よし、ここでいいかな)
そして最後には学校の屋上へ。坂の上に建つ学校の屋上ということでそこから見える街の景色は絶景だ。安全上の理由なのか、生徒は平時立ち入り禁止になっている。
だが真莉にはそんな制約は関係ない。その飛行能力で一飛びだ。そして屋上でもとりわけ広いスペースを見つけると、一つ儀式を始めた。
(まずは……よいしょっ)
取り出したるは、体育倉庫から持ち出した石灰。霊体で実体を失ったとはいえ念力である程度のものは動かせる。でも石灰入りの箱は透明化できないので、誰にも目撃されずに持ち出すのは無い骨が折れた様子。
これからポルターガイスト現象が起これば、それ、真莉の仕業です。
本当は化学準備室から水銀を持ち出したかったが、水銀入り瓶の保管されてる薬品棚は施錠されていた。さすがに真莉でも水銀入り瓶を棚を貫通して取り出すことはできなかった。
さてその石灰をあらかじめ計算していた位置に散らしていく。複雑で緻密な模様を寸分たりとも狂わないように。ある程度念力によって石灰を抑えてはいるものの、強風が吹いたらその途端に配置が崩れる。トライアンドエラーの繰り返しだ。
上空から見下ろし、また修正し、の作業の繰り返し。すっかり数時間経っていたみたいで、もう昼下がり。
(ふぅ、さっさと終わらせてハルくんの下に戻ろっと)
ようやく納得がいく形に石灰が散らばったので、最後の一仕上げだ。
一つの小さな丸い石を取り出して、描いた紋様の真ん中に置く。
そして早口で呪文を唱えた。
その瞬間、石がカッと眩い閃光を放ち浮かび上がる。同時に石灰の紋様から文字列が浮かび上がり、丸石の周りを旋回する。
そして、一声。
「陽っ!」
真莉の号令に合わせて旋回してた文字列は丸石へ吸い込まれる。より一層眩い光を撒き散らしながら……
そしてしばらくの時が経ち、ようやく光が収束した先には
(……うん、上出来。完成ね)
透き通る紅い宝玉が、内部に小さな焔を灯したまま浮かんでいた。
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