第2話

※真莉との会話は「」で書かれてますが、全部声に出してないものとの認識でお願いします





――起きて、ねえ起きて!


 意識の外から聞き覚えのある声が聞こえる。


 暗い水底に沈んでいたような感覚が一気に明らかになっていく。声のする方向に意識が導かれる。


 その先に明るい場所が。そこには小さな精霊が羽をパタパタと動かして飛んでいた。


 あぁ、そうか。そういうことなんだな。


 ゆっくりと重い瞼を上げて一つ呟いた。


「知らない天井だ」

「見知ってるでしょ!」


 真莉に思いっきりツッコミを入れられたことで、遥時はやっと正気に戻って理解した。


 朝の眩しい陽の光が遥時と真莉を照らす。遥時は朝陽に眩しげにしながら眠そうに返す。


「なんだ真莉か……」

「なんだじゃないでしょ。寝ぼけてないで早く起きて」

「あーちょっと待って……昨日の出来事を思い出すから」


 そういえば昨日、真莉が蘇って自分に付いてくるとかという奇妙奇天烈なことが起こったような……と思い返す。


「ごめん、まだ夢見てるようだから寝るわ。ついでに学校も休むわ」

「戯言いわないで早く起きろーっ!」


 そのあとは特に何も無かった。家族に紹介するわけでもないし、そもそも見えないのだから。真莉は外に出かけて自分が認知されないことを確かめてた。


 その後真莉は遥時の部屋にいてずっとこの五年間何があったかを遥時から聞き出していた。気づいたら日付が明日に回っているほどには話し込んでいたようだ。


 そして真莉は精霊ということで眠気は感じないらしい。でもスリープモードというべきか、疑似的に寝ることは可能らしいので問題では無かった。


 ついでにモーニングコールを任せて、今に至るというわけだが。


「いかんせん、慣れないと困惑する日々が続くなー……」

「そのうち慣らしてみせる・・・・・・から大丈夫よ」


 こうして真莉と話してるのも、他の人にとっては”無”と喋ってるように見える。今の遥時にはその緊張感があるが、それがやがて薄れるといつかボロが出かねない。


 それもさることながら早く準備をしなければ学校に遅れてしまう。ということで遥時は寝間着のままリビングへと降りた。



 ◇◆



 夏休み明けの学校はとても憂鬱だ。しかも早朝特有の気怠さが襲い来ると、高校へ続く坂が地獄の峠に思える。

 自転車のペダルがとても重い。向かい風かつ急傾斜というデスコンボだ。


「ほえー、こんなに街並み変わったんだね」

「お前は気楽で良いよな」


 そんな遥時の内心は露知らず、真莉は周囲の風景に見惚れていた。それもしっかり自転車に並走して飛んでいる。疲れ知らずでかなりのスピードで飛べるとは羨ましい限りだ。

 遥時は溜息を一つ吐き、ギアを変えてペダルに力を込める。坂もあと一息、一気に駆け上がってしまおう。


「えーと、ハルくん制服似合ってるよ」

「真莉に制服着てもらいたい」


 ちなみにこの遥時と真莉の会話は言葉に発していない。念話というべきもの。言葉に出さずに伝えたいことだけを念じるというのは中々に難しいのでふと口に出たのを聞かれてないか、と心配になる。

 真莉はそれがデフォルトだから一切苦に思ってないようだが。あれ、真莉ってチートかな。


 そんなことを思いながら長い坂を上り終えて、ようやく校内へ。指定された置き場に自転車を置いて鍵をかけ、早速校舎へ歩こうとしたところだった。


「おうハル、お久しぶりだな」

「おうおひさー」


 遥時の肩をポンっと叩きながら挨拶をかます男子生徒が一人。遥時はその行動だけで行動主は分かるので振り返りもせずに返事をする。


「ハルくん、この人は誰?」

「えーとこいつはな、神崎 蓮かんざき れんって言うクラスメイトだ」


 真莉の質問には念話で答える。気の知れた仲だということは一目瞭然だろうし、特に多くを語る必要もないだろうと判断する。

 真莉はふーんと小さく呟き、蓮のことをじろじろと見る。かなり失礼な行動だから、姿が見えないのが幸いだ。


 蓮が校舎へ歩き出すので遥時も追従する。人が多い時間帯ということせ周囲が騒がしい中、ふと蓮が言う。


「今日から二学期だなー。楽しみ」

「だなー。とはいっても、あって研修合宿くらいだが」


 遥時の学校では三年生に対する配慮なのか文化祭も体育祭も一学期にある。そのため本来なら一番密度の濃いはずの二学期が一番行事の少ないのんびりな学期になる。

 その代わりなのか研修合宿というのが存在するのだが、今はまだ関係ないお話だ。


「そういえば皆元気にしてるのかな。課題終わってるのかな?」

「小学生かよ。そんなの自己責任に決まってるし心底どうでもいい」

「そういうハルは?」

「……別にご期待には沿うつもりはないぞ」


 蓮がどんな期待をしてるかは知らないが。普通なら「課題見せて下さいお願いします」の遠回しな言い方なのかもだけど、蓮に限ってそれはない。

 もし「課題終わってないのか?」という期待だとしても生憎遥時は終わらせている。


 素っ気なく返す遥時に蓮はあきれ顔で言った。


「全く、つまらないやつだなー」


 別に普通の反応で、ませているわけでもないと遥時は思う。


 そんな会話をしながら下駄箱、そして廊下と通り一年一組の教室へ。蓮が先導で教室の扉を開けると、多くのクラスメイトが手を振り挨拶をする。


「おおー、ハルくん人気者」

「……いや違うから。よく見てみろ」


 感動と驚きの声を上げる真莉に遥時は遠い目をしながら指摘した。


 周りのクラスメイトの視線はただ一人、蓮へと向けられていた。対して注目を浴びてる蓮は爽やかな笑顔と挨拶で返す。


「あー…… さっきから謎に周りの視線がこっち向いてるなー、と思ったら」

「蓮は好評嘖々なやつだ。成績優秀、容姿端麗、才徳兼備…… 褒め言葉は数多にある」

「まあ、そんな予感はしてたよ」


 天は蓮の上に人を作らず、と言われるほどの人格者であり神の祝福を授かってるのでは、と学校で囁かれてる。


「ただ、ある欠点を除けばな」


 それが神崎 蓮という人物だ。それこそ遥時は一生涯無縁であろうと思っていた存在。


「そんな人を親友に持つハルくんも大概だね」

「まあ正直、自分でもどうしてこうなったかが分からない。僕のどこに気に入られる要素があるのやら」


 入学してからのここ数カ月を思い出してみても、やっぱりよく分からない。でも人間関係なんて謎の力が絡み合ってでき上がるものだと思考放棄している。

 アイドルのように囲まれてワイワイしてる蓮はさておいて遥時は彼の席に向かう。鞄から荷物を取り出して無造作に机に詰めていく。


「……おはよう、椎名くん」


 そこに丁度やって来た隣の席の女子が挨拶をしてきた。その顔と声を聞いて真莉が目を丸くする。


「えっ、紗楽ちゃん!?」

「おはよう白鳥さん」(そうだよ、白鳥 紗楽。小学校からずっと同じだ)

「わー、紗楽ちゃんだー! ってそうだ、話しても気づかないんだった」


 歓喜し、またしょぼーんとする真莉。なにせ彼女は真莉の昔の友達こと白鳥 紗楽しらとり さらなのだから。

 遥時も真莉を通じて知り合ったことで昔から話す仲だ。今は席が隣なので話す頻度は増えてる。


「そうそう、これ。面白かった」

「ああ、ありがとう」


 白鳥は鞄から本を取り出して遥時に渡す。真莉は咄嗟に回り込み、その本の表紙を見てから呟いた。


「ちぇっ、服着てるじゃん」

「自分を誰だと思ってるんだ……」

「でも紗楽ちゃんもその道歩んでるんだね。ハルくんとおそろいだ」

「文句でもあるか?」

「ないよ。紗楽ちゃんが昔からゲームとか好きだったの知ってるし。私も抵抗ないから」


 世の中ではサブカルチャーと呼ばれる類の書物。真莉は抵抗があるのかな、と心配したけど杞憂だった。まあ昨日真莉が遥時の本棚を眺めていた段階で予想はついてたらしいが。


「……椎名くん、どこをずっと見てるのよ。熱中症で頭やられたの?」


 遥時がそんな思考を脳内に巡らせていたところ、冷気のように凍てついた声が飛んできた。はっと我に返れば、白鳥がジト目で睨んでいる。

 そして遥時の視線は顔より少し下の場所に刺さってる。


「いや、注視するほどお前の胸は主張してないから」

「……蹴るわよ」


 どこを、とは言わない。白鳥は淑女なのだから。


「そうだよハルくん、このスケベ親父っ。どうせなら大胆にやれっ」

「僕は真莉を見てただけだからな。お前が他人に見えてないのが原因だ」


 もちろん遥時が白鳥の胸部に見惚れていたとかそんなのは無い。真横でパタパタと浮いてる真莉に視線を合わせてただけだ。

 とは言え真莉は見えないわけだから誤解は必至になる。これは今後気を付けなければいけない課題になるだろうか。


「おいお前ら、席に座れー!」


 そこにやって来たホームルーム担任が鶴の一声を上げる。時間は八時半を回っているようで、もうそんな時間だ。

 始業式とかいう面倒な行事が後に待ち構えてる。それを考えると遥時はどうしても憂鬱な気持ちにならざるを得なかった。


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