霊界からのお届け物

ココナッツヨッシー

第1話




 僕には幼馴染がいた。


 物心付いたときから彼女はずっと近い存在だった。


「ハルくん、こっちだよー!」


 太陽のように眩しい笑顔を常に浮かべ、どこまでも活動的だった彼女。


「ハルくん、だいじょうぶ?」


 いるだけで植物のような安らぎを与えてくれる、どこまでも優しかった彼女。


「ハルくん、はいどーぞ!」


 生命の輝きともいえる暖かい心を持った、どこまでも一緒だった彼女。


 このままお互いに大きくなると思っていた。



――もうあれから五年も経ったんだね、真莉マリ


 夏の終わり、街の片隅にある小さな墓地で椎名 遥時シイナ ハルトキは懐かしい記憶に想いを馳せていた。


 気が付けば遥時の頬に涙が伝っている。毎年そうだ。でもこればかりはどうしようもない。


 遥時はカバンから花を取り出して墓前に供える。真莉の大好きだった、黄色の太陽のような花だ。

 小さな墓の周りにもその花はたくさん咲いている。それこそ真莉の象徴だった。遥時にとって太陽に向かって咲くこの花の一つ一つが、真莉の千変万化な表情のそれぞれと重なって見える。



 急に訪れた遥時と真莉の別れは本当に唐突だった。


 五年前のあの日、遥時は真莉と遊んでいた。しかしちょっと真莉の容態が悪そうだから彼は早めに家に帰った。

 そのあと遥時が自分の部屋で宿題をしてると、ふと外が騒がしいことに気付いた。大人達がドタバタしてるし、救急車のサイレンも……?

 嫌な予感が一瞬で遥時の頭の中を駆け巡り、がむしゃらに真莉の家へと向かい、そして現実を見た。


 簡単に言うなら重篤の難病。真莉の入院は必至だった。急いで治療しても容態は一向によくなる気配を見せない。

 遥時はただ真莉がもう一度目を開くのを祈っていたが…… 結局、それも叶わなかった。


 まるで嵐が過ぎ去った後で花が散っているように、本当に一瞬のことのように思えた。



 人とは残酷なもので、今ではもう遥時は真莉がいない世界に慣れてしまった。すっかりこの運命を受け入れていた。

 悲しい過去は乗り越えるもの。いくら振り返っても、もう変えることはできないから。


 でも、もし叶うのならば……


――またもう一度、姿を見たい


 遥時がそんな夢みたいな想いを抱いた瞬間ときだった。


「……ん?」


 墓石が段々と白く眩しく、光を纏い始めた。

 夏の日差しが激しく反射してるだけなのかと思っていたが、すぐにそれがどうもおかしい事態だと気づいた。


 同時に真っ白な墓石から何かが飛び出してきた。

 掌に収まりそうなほどに小さい人型。よく見ると半透明の羽が生えていて、まるで精霊みたい。


 何事かと思ってるとその精霊はくるりと向きを変え遥時と顔を合わせると言葉を発した。


「お久しぶり、ハルくん」


 その顔は遥時がよく見知ったもので、その声も遥時はよく聞きなれたもので……


「……真莉?」

「そうだよハルくん。いや、遥時ハルトキくん」


 明らかに体の大きさが違うのに、纏う雰囲気を含めて全てが懐かしい。それは紛れもなく遥時が数年前に失ったものと同じ。

 目の前で自分のことをそう語る少女、真莉のものだった。


 遥時の眼前に信じられない光景が広がっている。ありえないと思うがそうであってほしいという矛盾。頭の処理が追い付かずに混乱してしまう。

 そんな様子に真莉はくすりと微笑んで言葉を続けた。


「私、こうして蘇ったよ。……いや蘇ったというのは間違いかな。霊体のままだけど帰ってきたよ」


 これは夢なのかな。悲しみと理想が呼び起こした幻覚なのかな。だってこんなことは常識で考えてもありえない。

 触れるのかな、と遥時が手を伸ばしてみると真莉はそれに応じて手を伸ばす。そして遥時の指先は真莉の手が触れる感覚をちゃんと捉えた。


「精霊なのに、触れるんだな」

「うん。あくまで感覚だけだけどね。残念だけど質量はないみたいで、大体のものは透過してしまうらしいけど」


 そう言ってすーっと移動する真莉は、目の前の墓石を確かにすり抜けた。


「見ての通りだよ。でも確かに私はハルくんと会話ができる。意思疎通ができるんだ」

「信じられない…… 本当にこれが現実なのかなって」

「そりゃそうだよね。私だって信じられない」


 でもね、と真莉はその綺麗な瞳で遥時の眼を捉えた。


「ハルくんにもう泣いてほしく無かったから。神様が叶えてくれたんだよ」


 夢物語のようなのにそれが真実だと感じさせるような強い語調。普通なら御伽噺だと笑って言い捨てるけど、遥時はそうすることができなかった。


 そしてこのありえない出来事を現実だと思い始めていた。


「真莉……だよな?」

「もう、何回その質問するの? 伊藤 真莉です。椎名 遥時の幼馴染だよ」


 度重なる確認でさすがに真莉は呆れたのか苦笑いしながら返す。その反応も遥時の記憶にある真莉とピッタリ重なる。

 懐かしい、何もかもが。遥時は無意識に涙を流していたらしい。


「泣かないでほしいから戻ってきたのに、泣かれたら本末転倒でしょ。ほら泣かないで」

「うぐ……なんとも面目ない」


 それでも無茶を言うなというべきだ。遥時が軽く真莉を睨むと彼女は微笑を浮かべながら頭を撫でてくる。まるでそよ風のように優しい手つきで。

 しばらくそうしていたら気持ちが落ち着き、すっかり真莉がいる現実を受け入れていた。


 もうこのまま時間が進まなければ良いのに。遥時は体中でこの幸せを感じていた。


 何分かそうしていたのだが、ふと遥時は誰かがやってくる気配を感じ取った。


 即座に遥時は真莉の前に出て彼女の姿が見られないように覆い隠す。そうだ、今の真莉は普通なら受け入れがたい存在。見られるわけにはいかない。

 しかし真莉はとても落ち着いた様子だった。遥時が不思議に思ったが、どうやら理由があるらしい。


「あー、おそらく私の姿はハルくん以外には見えないから大丈夫だよ。会話も言葉に出さなくたって念じればできるって。神様はそう言ってた」


 その神様という存在は有能だ。ちゃんと後先を考えている。確信に欠けているところが怖いけど。


「でももし見える人がいたとするなら、できるだけ見られないに越したことはないよね。今からハルくんの家族・・の下へ行くわけだから。そうだハルくんの……」


 やはり万が一は何にだってある。真莉もそれを考えているらしい……


「……ち、ちょっと待って。なんで僕の家に来ること前提なの」

「だってそれ以外にどこに行くの? 私の居場所はハルくんの近くくらいでしょ」

「むぐっ、それもそうだけど」


 遥時以外に見えないのなら居場所はないのは分かってる、がだからと言ってプライベート空間に侵入していいかどうかは別問題。特にそれが異性ならば。

 もうあの頃の遥時じゃない。お互いそういうのは気にする年齢になった。それなのに簡単に自室に入れるというのはさすがに遥時も抵抗があるわけで。


 でも真莉はグイっと顔を近づけて、遥時に目を合わせて主張する。

 

「ハルくん……私達、幼馴染だよね」

「それとこれに何の関係が?」

「幼馴染の間柄で立ち入り禁止はしてはいけない」

「それは酷すぎないか!?」


 無茶苦茶だ、と叫べば真莉はあらゆる言葉を並べて意見を通そうとする。お互いに大事なものを賭けている。


「もうっ、だったら私も強硬手段に出る」


 そういうと真莉は、遥時の羽織ってた上着の内に入り込んだ。


「ここで籠城する。意見は貫かせてもらうもん」

「真莉はすり抜けられるから無意味だと思うけど……」

「そういう屁理屈言わない! すると言ったらするの!」

「ひーっ 理不尽だーっ」


 当然、真莉には遥時の家の場所を知られてるし、部屋に鍵をかけても物体をすり抜けることができる。その上に羽で飛行も可能という最早無敵。


 そんな真莉の強硬手段に叶うはずもなかった。


「あーもう、分かったよ……」


 遥時の降参宣言に目を輝かせる真莉。この笑顔が対価に……いやそれ以上に大切な何かを失った気がする。

 遥時はそうため息を一つ吐いた。


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