第11話 花畑

 人間はどの時代になろうと、花というものに関心を抱かないわけにはいかないようだ。ツタンカーメンの墓には矢車草の花束が添えられているという。それは若きツタンカーメンの姉さん女房からの、お供えである。


 好きな人に花をプレゼントするという風習は、ユミリンの時代でも健在である。しかも、それは造花ではない。

 数多くの種類の花が、ちゃんとした花畑で栽培され、居住区の花屋に出荷されていく。


 ここもやはりロボットが、すべての作業をしているが、誰でも自由に入れ、その上、好きな花を手で摘んで持って帰ることも可能であった。お金の要らない時代である。花屋でさえタダであった。もちろん、一人何本という決まりはあるが。

 一般人の住む居住区は、どこも似たような間取りで、殺風景であるため、花を部屋に飾るのが、一つの流行りとなっていた。その点において、他家との違いが出てくるのだ。

 

 目の前に花畑が広がっていた。

 ユミリンは、愛犬ロビーの背中から降りて、自分の足で花畑に突入した。

 花畑は、パッチワークのように種類分け、色分けがされていた。たとえば、チューリップ、カーネーション、ダリア、ベゴニア、スイートピー、ガーベラといった感じで……そして、チューリップ一つでもいろんな色や模様があるのだ。

 花畑には、ユミリンが初めて見る花も多かった。


 花の種類が多いことでも知られたこの花畑は、人気の観光地であり、多くの人が訪れていた。

 趣きを添えるためか、起伏のある丘があり、その丘の上に一本の大木があった。

 ユミリンと愛犬ロビーは、その大木に向かって歩を進めた。


 花畑の作業員ロボットは、昼間はめったに見かけない。それは花の摘み取りは専ら夜中にすませるからである。ロボットたちは、昼間は、倉庫の方で休んでいる。

 作業員ロボットは、花の摘み取りをするだけではなく、パッチワークの補修をする必要があり、朝までに見頃に整えておかなければならないのだ。

 広大な予備地に若苗を育てていて、苗は一本一本カップに入っている。作業効率を考えて、植え換えるのではなく、置き換えるのである。


 花畑に隣接したレストランの方ではキュートな身なりをしたロボットが、給仕をしていた。若い男性は、このキュートな女性がロボットと知りながら恋をしたりするのも、見た目が人間の女性とほとんど変わらないからである。

 なぜ、ここだけ人間そっくりなロボットがいるのか、という質問には答えようがない。……これも電脳という、この巨大なビルを管理している帝王の遊び心の一つなのだろう。


 ユミリンは、丘の上の大木の下で休憩をとろうと、前屈みになって丘を登ったのである。

 この花畑に来るまでは、ユミリンはロビーの背中に乗って、とても楽ちんな遠足であったが、丘に登ると少し息が切れた。

 考えてみれば、ユミリンはこれまでスポーツというスポーツをして来なかった。

 耳が聞こえないというハンディは、団体競技も個人競技も不利であった。

 したがって、ユミリンは施設で本を読むことを専らとしていた。


 さて、丘の上に到着したユミリンは、大木の横に座って休もうとしたのだが、すでに先客がいた。若いスマートな男性であった。寝そべっていた。

 この男性は、以前ちょっと話に出て来た放浪の詩人である。詩を作りながら、ビルの中を彷徨っている。

 しかし、彼の本当の目的は、自分の親を探すことであった。彼もユミリンと同じように孤児院で育ったが、その孤児院は、上階にあるため、ユミリンの施設とは違っていた。

 因みにユミリンは、自分の親が生きているのか死んでいるのか何も知らない。幼い頃、聞いた話では、ユミリンには兄がいるという。

 ある事情があって、兄とは別々になるのだが、それはユミリンが赤ちゃんの頃のことだ。だから、とても兄の顔を覚えてはいない。もし兄がいるのなら会ってみたい。ユミリンは以前からそう想っていた。

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バビルの月 有笛亭 @yuutekitei

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