第9話    蛍

 ユミリンは公園の池のほとりで、体育座りをして愛犬ロビーと一緒に星空を眺めていた。ロボット犬のロビーが星を認識しているかどうかはユミリンには分からないが、ユミリンと同じように星空を見上げていたことは事実である。


 ロビーの目は、夜中でも物が見えるが、それは赤外線で見ることができる。聾唖者・ユミリンの介助犬という設定で作られたロボットだからだ。


 音が聞こえないユミリンは、子供の頃から夜の闇を恐れていた。居住区であれば、通路に灯りがついている。しかし、それ以外は闇となっていた。だから、誰かが声をかけても、ユミリンは気づかないでいることが多かった。


 そんなことだから、ユミリンはロボット警官がすぐ後ろに来て、自分に声をかけても振り返るということをしなかった。ロボット警官は、仕方なくユミリンの前に移動した。


 ロボット警官は、常に体全体から淡い光を発して存在を示しているが、この時は頭にあるライトをユミリンに浴びせた。

 ユミリンは驚いた。


 早速、ロボット警官はユミリンに職務質問をしたが、耳の聞こえないユミリンには、それが分からない。

 でも大丈夫。愛犬ロビーが体の横にある電子掲示板で、それを表示させた。

 ロボット警官は、ユミリンが聾唖者だということが分かり、自身の胸の電子掲示板にも同じくそれを表示させた。


━━アナタハ、コンナジカン、ナゼ、ココニイマスカ?━━


 ユミリンは、愛犬ロビーのキーボードを叩いた。


━━ワタシハ、イマ、ホシヲ、ナガメテイマシタ━━


 ロボット警官は、ロビーの体の横に記される文字を読んだ。


━━ヨルハ、キケンデス、ハヤク、イエニ、モドリマショウ━━


━━ワタシハ、イマ、タビヲシテイマス、ココデ、ノジュクヲシテイマス━━


 ロボット警官に強制力はない。犯罪行為でないかぎり、人間の好きなようにさせる。相手が十代の少女であろうと、それは同じだ。


 ━━ソレデハ、オキヲツケテ、オスゴシクダサイ━━


 ロボット警官は、ライトを消して、立ち去った。


 ユミリンはホッとした。別にホッとする必要もないのだが、普通の少女なら今の時間、家で休んでいるだろう。


 ユミリンは、家族というものを知らなかった。どんな暮らしをしているのか、想像さえつかない。


 蛍が一匹、ユミリンの前を飛んで行った。これはおもちゃの蛍なのだ。どこか子供のいる部屋から、逃げてきたのだろう。実際の蛍よりかなり大きいが、音もなくふわふわと飛んでいく。ユミリンは立ち上がり、その蛍を追いかけた。しかし、蛍は池の上に飛んで行って、やがて見えなくなった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る