昔のこと 1
私は、もともと下界に生きていた。
人間なのだから当たり前には違いないけれども、ここで長い時を過ごすと、それもなんだかふわふわした夢のようにも思われてくるのだ。
己の母は、自分が生まれてすぐ亡くなったそうである。
兄弟はおらず唯一の肉親は父親のみだったが、彼は酒ばかり飲んでいた。
だが、暴力などただの一度もされた記憶は無かった。
そんなある日、あばら家の隅で酒瓶に囲まれ虚空を見つめる父親が、ふと
「人間は何のために生きているのだろうね、×××××。」
その時の顔が物悲しく、妙に美しかったのを覚えている。
その夜、父親は首を吊って死んだ。
母親が死んだことによる寂しさではないことを漠然と確信していた。
私は家を出た。
四歳の子供の中には、言い知れぬ心を紛らわす方法が浮かばなかった。
雪の中を走っていった。何度か転けたが、痛みはあまり感じなかった。
涙が出ていた。
遠くから透き通るような声がする。
歌が聞こえる。
「人はなあぜに夢を見る
三千世界始まって以来の
定めなのかね」
百鬼夜行が近付いてくるのだ…
「わかりゃせぬ
わかりゃせぬ
何にも持たぬ妖なぞに
ただ在るだけの妖なぞに
どうして どうして
わかりましょう」
なんだかわからない。視界が暗くなってきて、もうどうでもいいや。
「人の心を傾けて
人の心を傾けて
醜さを悪とした
鮮やかにひらりと
春の夢」
突然、声が真上で止まる。
シャランと鈴の音。
「人の子、お前は何故生きる?」
「生きることに、いみなんてないんです。ですが父は、たしかに今日まで生きていた。」
人外は、何も言わなかった。
不意に脇に手を入れられ持ち上げられた。見上げたそこには
「ならお前もまた、生きていくのだろう。」
––美しい鬼がいた。
––––––––––––––––––––––––––––––––––
「…連れ帰るん?」
「どうせ百鬼夜行を見た時点で普通には生きられないだろうから。」
「お人好しがすぎるぞお前、別にその辺りに放っておけば良いものを。」
「情でも沸いたんかいな。」
「……違う、なんとなく。」
ヒトノコ幻想奇譚 正木修二 @plmqazzM1
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