1926年
第4話 ぼくたちの結婚
西歴一九二六年、初夏。
祖国は「魔法またはこれらに類する術および神秘学的手段の戦争における使用を禁止する議定書」にサインをした。
海外の魔法使用禁止のデモは一般人の死傷者が現れるほどの悲惨なものだった。
仲間内で科学小説の話を持ち出し、次はどこの国がどんな科学殺戮兵器を作り出すのか話題になる中……ぼくは、祖国を勝利に導くため命を捧げる任務につけると、何かしら感謝をしてしまうことが多くなっていた。
訓練所に来た頃は、ただ暑苦しい気合が入っていただけだったけれど、仲間たちと半年間同じ訓練をしているうちに火照りは冷めて濾され、気持ちは純になってゆく。命をかけて祖国を守る仲間のまっすぐな思いを邪魔したくない。文字通り人生をかけて訓練に熱中している自分が清々しくて、自分が健全であることに自信があった。
だだっ広い訓練場にピンと突っ立っているぼくらは遠目から教官がやってくるのが見えて、敬礼した。
みんな、ピシッとしたいかにも兵隊らしい顔をしているが、実はわりと邪なことを考えていたりする。五時間後の昼食のことだったり、長考の末、明日の休憩まで持ち越したチェスのことだとか。
同室のジョーなんて……いや、というよりぼくを含めた男子は皆これから行う訓練の内容が気になってしょうがないと思う。ぼくらは今、知らない女子と『結婚』をする気持ちでいるのだ。
大規模な殺戮を目的とする高位魔法の創造は基本的に男女一組で運用される。魔法が種を媒介として成立するため、男女でなければ最大限の効果は見込めない。ぼくらは、作戦の中で男女でバディを組むことを『結婚』と呼んでいるが、厳密に言うと結婚ではない。魔法を造る時に他の言いようのない幸福感に満ちるのだが、男女でひとつの魔法を創造し幸福感を共有することが、まるで結婚をするようだと、結婚したことのないぼくらは思っている。男女でバディを組ませる命令の中、戦場で死ぬ前にご縁が出来てよかった……とほっとするジョーのような者もいれば、すでに故郷で婚約していて見知らぬ女子と組むことに本気で嫌がる者もいた。
強面の教官は尻にしかれているように、心配そうに言った。
「くれぐれも地雷を踏まないようにな」
はじめてそんな顔で、洒落なのか本気なのかよくわからないことを聞いたぼくらは、くすくすと笑った。
集合中の私語は厳禁なのに、教官はぼくらを見なかったことにした。軍からすると、ただの作戦として男女でバディを組ませるだけだろうが、それを結婚と揶揄するぼくらにとって、教官にそんな反応をされると本当に結婚をするみたいだし、それにぼくらのことを血の通っていないただの駒ではなく、きちんと人間扱いされているのだと、故郷にいるような安心を覚えてしまう。
ザッザッザッザッザ……。
女教官に連れられ女子たちが男子訓練場へやってきた。
ザッザッザッザッザ……。
今朝は雨が降ったのだが、空は雨雲に磨かれたのかガラスのように澄んでいる。彼女たちのぴったりと息が合っていてまったくブレていない清潔な行進と重なる。女性とバディを組むという現実感のないことが相まり、目の前の彼女たちは人間味がなくずらっと陳列された人形か、はたまた並べられた商品のようにも見えた。向こうもぼくらのことを同じように見ているような気がした。
相手は事前に決まっていて、男女互いに誰と組むのか知っていた。ぼくは相棒である彼女——メグ・トーゴーを見つけた。
「……!」
ぼくは彼女と目が合って、おもわずびっくりした。彼女は「こんにちは」と挨拶するように笑った。まるで下書きされたように笑顔が似合っていて、よく笑う人なのだろうとすぐ分かった。戦場で互いに死を看とる相棒が、笑顔がよく似合う人だなんて最悪だ、とぼくは思った。
「全体、止まれ!」
女教官の野太い声が訓練場に響き渡った。
さよなら、ファンタジー 高坂仁 @moudamei
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