第3話 竹の花(3)

 ***


 館長とは電話で話しただけで初対面だった。私は彼に対して舞台演劇などでよく見かけるクドクドガミガミと話しかけるような、いかにも面倒臭い博士のイメージはまったくなかった。というのも、彼は私の返答を急かすわけもなく静かに最後までゆっくりと聞いていて、すこし慌てていた私の言葉と混線しないように一呼吸置いて話してくれた。それを悪く言えばどこか女性慣れをしている印象があった。


 ベンチに座って待っていた私と目が合うと、彼から無味乾燥な顔で「こんにちは」と挨拶をされて、私もそのまま「こんにちは」と返した。それ以外何も話すことが浮かばず言葉に詰まる私に全く動揺せず、落ち着いた様子で「こちらへ」と館長室へ案内された。


 真っ白な頭髪の館長は、60代後半に見えた。そのまま静かに部屋のソファーに座る。テーブルにはすでに用意していたポットがあり、澄んだ紅茶のいい香りがした。館長は言った。


「砂糖は」

「いらないです」


 面食らい、物珍しい顔をするかと思ったらそうでもなく。慣れた手つきで淹れてくれた。館長は困った顔をした。


「アイリーンさん。実は納得してもらうために一体何から話せばいいのかわからなくて、ずっと悩んでいたんです」

「え?」


 私はこの人は真剣にものを考えると、他に何もできなくなるのだろうな、と思った。彼は言った。


「祖母の弟さんのことは、どのくらいご存知ですか?」

「どのくらいと言われてましても……祖母から聞いた話では昔は気弱な子だったとか、好きな食べ物は母が作ったオニオンスープだとか……それに……戦場で味方を裏切ったとか」


 館長は少し嫌な顔して、それに私は少し怒りを覚えた。


「では彼ら、O•D•Pオーバードーズ・パトリオットへの関心は?」


 オーバードーズ・パトリオット。旧祖国の魔法兵士たちのことを総括した呼び名で、蔑視に近く感じて、可哀想な印象にしか思えない。


「貧しい家庭の親が、子供を生活費の足しにするために魔法訓練施設に売ったとか……そういう……兵士たちという印象しかありません」

「そういう家庭もあったのは事実ですよ。ですが、クライブはそうじゃなかった。ご存知だとと思いますが父親は紡績工場のオーナーです」


 館長は立ち上がり自分の机の引き出しからファイルを開いてみせた。


「これは、旧祖国からの達しでね」

「ただの流行病を抑えるために旧政府が完全保証したワクチン摂取の告知じゃないですか」

「当時の祖国は軍事に金を回すことにしか頭にない国家だったんですよ」

「なにが言いたいんですか?」

「ワクチン摂取と同時に子供たちに魔法の適性検査をしたんです。敗戦後に押収された公文書にもそう書いてある。軍から適性の高かった者へ再度通知をして、兵となるかわりに多額の報奨金が支払われたと記録されています。もちろん魔法訓練の説明をした上で、拒否もできた」

「はじめて聞きました」

「義務教育の教科書には載せていませんから。わざわざ他国へ留学して自分の国を知ろうと自ら調べないと、これは知ることはできませんよ」


 館長が嘘を言っているようには思わなかった。というより彼が嘘をつこうがつかまいが単純に断ればいいだけで。私は話が終わったら思い切り断ってすぐに帰ると心に決めた。私は言った。


「電話口でおっしゃった通り、今歴史の教科書を作り直すお仕事をされているのですよね」

「ええ。それも戦争を賛美せず抑制的なものをと、協議会で強く言われていてね。それでO•D•Pオーバードーズ・パトリオットのクライブの名前が上がり、親戚のアイリーンさんに連絡を入れました」


 連絡を入れる、その部分に関して言えば誠実な対応だと思った。親戚の私に知らせずに、そのまま勝手に教科書に載せることもできたはずだ。はっきりと私には人権があることがわかるし、祖国に大事にされていると感じて嬉しかった。それと教科書に載せるかどうかは別の話だが。館長は咳払いして言った。


「彼らたちが訓練した『魔法』について、どう思われていますか? もっと知りたいだとか、そもそも魔法創造について肯定的? 否定的?」


 私はため息をついた。


「どうって……。ここに展示されている過去の魔法中毒者の写真をみて、創造したいとは思いませんよ。そもそも創造の仕方自体わかりませんし、もし創造できたら麻薬を所持するよりも重罪になるじゃないですか」


 だが魔法が使えたらな、と思うことはたまにある。たとえば仕事先まで空を飛んで楽に通勤したいだとか。ほつれた服をすぐ直すとか。花壇を枯れない花で満開にするとか。


「旧祖国が敗戦し世界大戦が終わってから、魔法使いは激減したという話は知っています。現在では、人間に牙を剥いた細菌の末路のように、ぱっと消えたと」

「彼らの功績ですね。魔法が恐ろしいものと世界中に認知させたのですから」


 人類は、魔法に変わる中毒症状を起こさない新たな『魔法』として、戦争後急激な成長を遂げたのが科学……というのが世界中の共通認識だ。空を飛びたかったら飛行機に乗るし、服が破けたらミシンを使えばいい。枯れない花は……うーん。でも、いつか科学の力で枯れない花も咲くかもしれない。


 私はすっかり冷えてしまった紅茶をすすった。


「やはり、私の気持ちは変わりません。歴史の教科書には載せないで欲しいです」


 館長は、クライブや、他の兵士、魔法のことを深く知って欲しい……私のためにまとめた資料を読んでほしい……と頭を下げた。これは向こうの骨が折れるまで相当時間がかかると、私はサジを投げた。そのまま思い切りつっぱねてもよかったが、祖国の知られていない歴史に直で触れられることに興味が湧いた。


 私は自宅の住所を伝え、資料を郵送してもらうことに決めた。

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