第2話 竹の花(2)

 手紙の主の名前はクライブ。手紙はところどころボロボロで名前が削れていた。名無しとなっているが、この資料館が出来た際に招待された祖母が、飾られてたこの手紙を見た瞬間「これはクライブの字だ!」と泣き叫び、大騒ぎになったそうだ。便箋も無くなっていて、この手紙の主がクライブという確証はなく祖母が痴呆症だったこともあり、そのまま名無しとなっているのが心苦しい。


 世界大戦中に存在した、祖国の魔法使いの兵士……自らの死を犠牲に、五十名も満たない魔法兵士が二十万を超える犠牲者を出した歴史は、今でも痛ましい——ここは、およそ百年前、祖国が敗戦し魔法中毒になった生き残りの兵士を世間から隔離していた施設だった。だが、今は平和を願う目的で改装し資料館となっていて、多くの人間が学習の場として訪れる。


 痛ましい気持ちで、手紙のガラスケースの斜向かいの白いパーテーションに目をやった。そこには魔法中毒に陥った兵士たちの写真が貼ってあった。


「うわ……」


 痩せ細り、無気力にベッドに横たわって死を待つようにしか見えない者——壁をガリガリと一心に引っ掻いて爪が剥がれて落ちている者——カメラのレンズに目線を合わせているが幼児のように何を考えているのかわからない表情でこちらをじっと見つめる者——私は恐ろしいと息を飲むしかなく、徐々に夏が終わってしまうような静けさを心に感じた。きっとクライブも中毒に苦しんだのだろう。


 クライブは、陸軍二等魔法兵の第三小隊の一員として戦場を駆けた。高位の魔法を創造する時には、もう頭が錯乱していたのか、はたまた自分の意思なのかどうかはわからないが……彼は暴走し、大量の人ならざるものを呼び出した。その人ならざるものは、敵国の兵士も祖国の兵士も関係なく、前線の全ての兵たちの身体を宙に浮かばせ、問いかけた。「もうやめて」と。


 その後、クライブは味方も敵もなく戦場で戦う兵士全員の活動停止・兵器の全破壊を望み魔法で実行に移すも、反逆者として拘束された。


 彼は戦場から強制送還され、軍の牢屋に幽閉されている時に祖国は敗戦。そのまま魔法創造による精神疾患と診断されて死刑を間逃れこの隔離施設……だった資料館で一生を過ごした内の一人だ。

 残された彼の家族はというと、裏切り者の家系として世間から虐げられた。嫁いだクライブの姉である祖母はそこまでひどい難はなかったが、まったくないと言えば嘘になる。私は、残された家族が虐げられたのは事実なのだから、彼と同じ血が流れていると知るだけで気持ちが悪くなる。このモヤモヤはきっと死ぬまで治らない。


 モヤモヤする気持ちに、目の前にはさらにこの写真。魔法中毒が悲惨だと、理解していたが想像を超えていて、私は写真に目を背けた。早く帰りたいと思ったが、ここの館長に私は呼ばれている。


 時代は流れ、今ではその反逆者クライブが祖国の平和の象徴として、注目を集めていた。


 彼の家系はすでに途絶えていて、私の祖母も祖父も父も母も人生を謳歌した。私だけが生きている。クライブを平和の象徴にした新しい歴史の教科書をこの世に出すには、親戚として残された私の承認だけだった。


 残されていた家族は虐げられて肩身の狭い生活をしていたのに、この時代にきて手の平を返しているのが腹立たしく、私は彼を歴史から抹消したくて、頑なに断り続けていた。


 私は飾られている装備や遺品などには目もくれず、順路を進んだ。


 建物内のお土産屋の前が待ち合わせ場所だったので、そこのベンチに座る。辺りを見回すとガラス張りから見える裏庭に竹林が植えてあった。

 竹林は花が咲いていて、見た瞬間は白いゴミがまとわりついていると思ってしまった。竹の花をはじめて見た私は、待ち合わせの時間まであと五分だと板型情報端末で確認した後に、なんとなく竹の花を検索してみると、竹は百二十年に一度だけ花を咲かせるという記事を見つけた。


 暇していた私に話しかけてくれた売店のおばさんは、この竹林は隔離施設だった頃からあったみたいと言った。隔離されて兵士ではなくなったただの魔法使いになった人たちのことを、この竹林は知っているのだと思った。


 おばさんは花が咲いて綺麗と嬉しそうだが、私は竹の花は咲いたあとに枯れてしまうことを黙っておいた。

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