第4話 お爺様
ずんどこ進んで行く有栖の後を追うと、彼女はスパーン! と勢いよく障子を開けた。
「ただいま帰りました! お爺様!」
「……うるさい、バカたれ」
有栖の後を追って障子から中を覗くと、十畳ほどの畳の部屋に布団がひとつ。
久し振りに見たお爺様はその中でしわくちゃの顔を顰めていた。
「お邪魔します。お久しぶりです」
黙っているのもあれなので、頭を下げつつご挨拶。
お爺様は横になりながら俺を見て、見て、見て。
「……すまんなぁ、どちら様かな」
そりゃあ最後に会ったのは小学生の時で、今は高校生。
身長もだいぶ伸びたし、分かれって方が無理な話か。
改めて自己紹介をしようとして——。
「総一よ、お爺様!」
「そういち? ……あぁ、神田の倅か! 大きくなったなぁ」
「ど、どうも」
有栖が先に紹介してくれたおかげですんなり思い出してもらえた。
「有栖が総一総一うるさかったからなぁ。その名前は嫌というほど脳裏にこびり付いておるわ」
「ちょ、お、お爺様!?」
「中学生になったぐらいから、特にその名前は良く出てなぁ」
「ストップよ、お爺様!」
……あれ、この流れ既視感があるぞ?
けれど、カエデちゃんの時とは異なり、お爺様は有栖の言葉を耳にして、眉間に皺を寄せる。
「むぅ……それで、神田の倅が何の用だ?」
その言葉を受けて、有栖と視線を合わせる。
彼女の瞳は爛々と輝いており、俺からお爺様に伝えて欲しい、という思いが見て取れる。
いや、まぁ最初からそのつもりではあったけどさぁ。
いざその時となれば緊張して仕方がない。
心臓とか小動物並みに脈動を刻んでいるのではないだろうか。
と、不意に左手が握られた。
驚いて目を向けると、顔を真っ赤にした有栖の姿。
彼女は俺を見て、口パクで『頑張りなさいよね、おほほ』と言っていた。
俺を煽るような言葉選び——しかし、先ほどは恥ずかしくて手を握ることを拒んでいた彼女が、自ら握ってくれた。
それは、有栖なりの気遣いなのだろう。
俺が視線だけで有栖の想いやしてほしいことを理解できるのと同じで、有栖も、俺の様子を見るだけで大まかのことが分かる。そういうことなのだろう。
俺は大きく息を吸い込むと、有栖の手を握り返しながら、お爺様を見据え……。
「この度、有栖さんとお付き合いすることになりましたので、そのご挨拶をしに来ました」
真剣な口調で告げた。
すると、お爺様は目を見開き、俺を見て、有栖を見て、そしてその中心でつながれた手を見て、口を結び——大きく息を吐く。
「そうか」
それは、どっちの意味だろうか。好意的か、それとも……。
「…………神田の倅には悪いが、認めることは出来ん」
まさかの拒絶に、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「な、何でよお爺様!」
「認められんものは認められん」
頑とした態度は揺らぐことがない。すると有栖は立ち上がり、
「ふ、ふんっ、別にお爺様に認められなくっても、付き合うんだから! 結婚するんだから! バーカ!」
若干涙目になりながら、捨て台詞と俺を残して部屋を出て行った。
「……」
「……」
え、この状況で俺を置いていくの?
不安になっていると、お爺様の鋭い瞳が俺を射抜く。
彼はしゃがれた声で、語り掛けて来た。
「悪いな、神田の倅」
「……理由を伺ってもよろしいですか?」
「まぁ、その権利はあるからなぁ。……端的に言えば、アレには許婚が居る。昔からうちと仲良くしている家の、息子だ」
「……」
「そいつは人格者で、ある企業の次期社長という将来も決まった人間。……あとは、分かるな?」
なるほど、俺と比べるととんでもなくハイスペックな許婚、ということか。
それでお爺様的にはそう言った裕福な家庭の嫁となり、有栖には苦無く生きて欲しいと、つまりはそういうことなのだろう。
「なるほど」
「おぬしのことは知らんが、おぬしの父はいい奴だ。ゆえに、お前もいい奴なのは間違いないだろう。しかし、家庭環境が異なり過ぎている。有栖はあれでもそれなりに裕福に生きて来た。こういっては何だが、お前と一緒になったとしても、そのギャップに悩むことになるだろうことは、想像に難くない」
凄いな、そこまで考えての判断だったとは。
「ゆえに、おぬしと有栖の交際を認めるわけにはいかん」
全てを聞き終えると、俺は大きく息を吸い込み、お爺様に言った。
「それだけですか?」
「…………なに?」
お爺様の視線が鋭く突き刺さる。
正直、気迫というかオーラというかが凄いので、すごんでしまいそうになるけれど、ここで引くわけにはいかない。
だって——俺は有栖が好きだから。
反撃開始だ。
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