第15話

 多々良の父親は都筑の父だというのだ。

 都築の父、学園長は当時二人の女性と付き合っていて、結局多々良の母親を捨て、もう一人の女性と結婚。

 その相手は学園の理事の娘で、丁度学園整備されている時期で、駅前商店街の勝手な改築なども行われ住民たちには頗る印象の悪い人だった。

 駅前商店街の件については都筑の祖父がメインで悪かったのだが、さらに悪いことに都筑の父親が学園長に就任。

 地位と財産が欲しくて多々良の母親を捨てたのだと噂されることになり、この界隈での「都筑」の評判は地の底よりも低く悪いものになっていった。

 その雰囲気のまま多々良の瞳の件が発生し、都築は2世代で多々良を貶めるのかとなって、そこから何故か学園の生徒までが敵視されるようになってしまったのだという。

 ただ、学園長の言い分としては、二股をかけていたことは事実だし悪いことをしたが、子供が居ることは知らなかったと。理事の娘のほうがが妊娠をしたと言ってきたから責任を取るため、多々良とはきっちり話し合って別れ、商店街の事も前理事長からちゃんと話は付いていると説明を受けていたという。

 っていうか、二人同時に付き合ってる時点であれだが、妊娠もさせている時点で下種としか言いようがない。

「タイミングもあるし、当事者でもない、だから一概に批判していいものでもない上に、人の親のことを悪くいいたかないけど。個人的な感想としては学園長、最悪だな。自分のことなのに何一つ、自分で動いてないじゃないか。言われたからこうしただの、聞いていたからやらなかっただの。そんなのが理事長って、通っている僕が情けなくなる」

「あっちゃんの言うとおりだ。俺も我が親ながら情けないと思ったよ。だから、今日俺だけでもと思って謝りに来たんだ」

「ふん、謝ったからって済む話じゃないわ」

 おばさんの頑なな態度に僕はため息を付く。

 その僕の様子に気がついたおばさんが僕を睨みつけてきた。

「当事者じゃないから気楽でいいわね」

「そうですよ、僕は当事者じゃない。そしてこの都筑先輩もそうでしょう?」

「なんですって?」

「都筑先輩も、そして多々良も何も知らなかったんだ。大人の都合で起こった不都合な事を大人が言う訳が無いから知らなくて当然だけど。当事者じゃないなら都筑先輩がここで謝るのもおかしな話だし、何より、まったくもって関係のない僕ら学園の生徒が制服を着ているっていうだけであんな態度を取られるなんて、もっとおかしな話でしょ」

 僕がまくし立てれば多々良のおばさんは開けた口を閉じることも忘れてぽかんと僕を眺める。

「貴女がそんな風だから多々良がいつまで経っても遠慮して貴女と一線を引いているんです」

「え?」

「自分は養われているのだから。そんなことを気にしてしまうんだ。大人っていうのは、子供が気を使わないとでも思っているんですか? 僕たちだって自分の立場を理解して、大人に気を使うこともあるんだ。いくつであろうと人間は人間で、同じような感情を持っているし、大人の勝手な都合で僕たちを操作することなんて出来ないんですよ。自分がどう思われているか、それを知りたいけど知りたくない、だから気を使って我慢するんだ」

 自分で言いながら、自分の言葉にあざ笑いたくなる。

 それはこの人に言うべきことではなく、自分の親に向かって言うべきことだし、自分自身に言わないといけない言葉だと思っていた。

 僕の言葉を聞いていた多々良は、僕の腕を握る力が少し強くなり、大きく呼吸をしておばさんに力強い瞳を向ける。

「おばさん、私、ずっとおばさんのお荷物だと思っていたの。おばさんに恋人がいるのも知っている。でも結婚しないのは私を育てているせいだって」

「そんなこと! 私は幸ちゃんが本当に打ち解けてくれるまでって思って。相手の人もそれを理解してくれていて。だって、幸ちゃんいつも遠慮ばかりしていて他人行儀だったから。本当に家族になれたらって」

 僕の手が握りしめられ、腕に水滴が当たって見てみれば、多々良の瞳からは大きな涙がたくさん出ていた。

 さらに僕の隣でそんな二人の様子をみて同じように大泣きしている都筑。

 いや、っていうか都築に関してはどうして泣いているのかわからないんだけど。

 多々良はおばさんに駆け寄って、必死で都筑の事を許してくれるように頼むが、言葉途中でおばさんが多々良を抱きしめた。

「都筑が悪くないといえば嘘になるし、許せないわ。でも、確かに琢磨君にはなんの責任も無いことだもの。すぐには変われないかもしれないけれど、少しずつ、琢磨君を理解できればと思っている。琢磨君、こんなおばさんがいるところだけれど幸に会いに来てくれるかしら?」

「はい! もちろんです」

 コーラルと言うのは珊瑚の事で、珊瑚は幸せを運んできてくれるのだそうだ。

 感動の、こういう場面は僕は苦手で、そっとばれないようにその場を後にする。

 結局、皆自分自身を分かってないし、他人を分かっても居ない。

 言葉を交わし合っていないし、本音をぶつけることをためらっているから当然だが、僕はそれでは駄目なのだと思い知らされた。

 僕が、ほんの少し、知哉と向き合って本音を話してみてもいいんじゃないかと思っていると、携帯電話が鳴り多々良から、

「また、あそこで会えるよね?」

 とメッセージが来る。僕は少し考えて、少し微笑んで、

「もちろん」

 と返事をした。

 

 自然と笑みが溢れる。

 胸が熱く、明日という日が少し楽しみになっていた。

 僕は今、ようやく僕という「もの」を作っていこうと一歩踏み出したのかもしれない。

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「僕」という「人間」 御手洗孝 @kohmitarashi

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