第14話
「外に出ないって、出してもらえないの間違いじゃないの?」
多々良は大きなため息をついて飲みかけのお茶を置く。
「琢磨が喋ったのね。全く、どうしてあんなにお喋りなのかしら?」
「心配してでしょ。多々良の事、すっごく気にしていたし、悪いやつじゃないって知っているんだろ?」
「悪気がないのが問題なのよ。それに本当に出してもらえないじゃなくって出ないの。慣れている場所は良いけど、慣れてない場所に行くにはこの視力じゃ誰かがそばに居てくれないと危ないし、おばさんが忙しいの知っているし。おばさんは連れて行ってくれようとするけど私が遠慮しているの」
「おばさんなのに気を使っているんだ」
「当然でしょ、私はおばさんに養われているんだもん。勝手ばっかり言えないわよ」
少し神妙に、暗いというほどではないが何かを思っているようなそんな顔つきになった多々良を見て、僕は思わず「何だ、僕と同じじゃないか」と小さくつぶやいていた。
僕と同じ、彼女もまた周りの人達の想いに気付いていない。
自分のことは一番良く知っていうようで知らないんだ。
「うちの親と違って多々良のおばさんは本当に君と何処かに行きたいのかもよ?」
「片目が不自由で、さんざん迷惑をかけているのに?」
「そう言っているのを聞いた?」
多々良は首を横に降ったが、寂しげな笑みを浮かべて、
「言ってなくても、想像すれば分かることじゃない。おばさんが結婚しないのは私が原因だってわかっているもの」
と言った。そんなことを言っている奴がよくもまぁ人のことを言えたものだと、苦笑いをする。
そんな僕の様子を感じ取ったのか、むっとした表情を浮かべた多々良は「もういい」と言って広げた食べ物をバスケットに仕舞い始めた。
多々良を横目に僕は立ち上がって手を差し伸べる。
「何?」
「確かめに行こうか」
「だから、何を?」
「おばさんの気持ち。変に気を使って色々面倒だろ? だったらはっきりさせればいい」
僕の言葉に驚きと戸惑いを見せる多々良。
当然といえば当然だろう、急な提案だし、多分多々良は一生おばさんに対してそんなことを聞くつもりは無かっただろうし。
「聞けるわけ無いでしょ。それに、貴方が行けばおばさんの機嫌が悪くなるからそれどころじゃないわ」
「大丈夫だろ。今日は制服じゃないし、君が一緒なら問題無いはずだ。それとも、人に偉そうに言っておいて自分は自分の事を知るのが嫌なのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「なら、行くぞ」
バスケットを抱え持っている多々良の右手首をとって僕はコーラルへの道を歩き始め、多々良は戸惑った様子で歩き出す。
抵抗は全くなく、つまりそれは多々良が心の中で本当はおばの気持ちを知りたいと思っている証拠だと僕は思った。
しかし、店の近くまでやってくると多々良の足が止まり、僕は自然と立ち止まる。
「やっぱり、ヤダ」
「往生際が悪いぞ。まぁ、気持ちは分からないでもないけど。僕は知哉みたいにスマートには出来ないからね、直球勝負なんだ」
「だったら知哉君の方と仲良く慣ればよかった」
全く、これだから女子というのは好きになれない。
ついてきたのなら覚悟を決めたということであるはずなのに、直前になってやめてしまう。
どっちがいいと聞きながら結局自分で答えを持っているように、他人に任せるような素振りを見せて、その実、自分の中で結論は出ているのだ。
いつもなら、こんな女子の態度には「はい、そうですか」と突き放してしまうのだが、今回はそういうわけには行かない。
どちらかというと僕自身が結果を知りたかったから。
「本当に、すみませんでした!」
裏路地で、行く行かないともめていると、店の方から大きな声が聞こえ、多々良と僕は顔を見合わせて首をかしげた。
その声はお互いに知っている声であり、そういうことを言わないだろう声。慌てて二人でコーラルの店内に入った。
「ちょ、本当に? 何なの? どうなっているの?」
多々良はコーラルの入り口で呆然としてその様子を眺め、僕もまた、一体どうなっているのかとその光景を見つめる。
コーラルのレジ近くに立っているのは多々良のおばさん。
困惑した表情を浮かべているその視線の先にあるのは、床に座り込み深々と土下座をしている都筑の姿だった。
「都筑先輩、一体何をしているんですか?」
驚く多々良に変わって聞けば、今度は都筑が驚いた表情をしてこちらを見る。
「散歩をしていたら聞き慣れた声が聞こえたのできただけです。多々良さんとは入り口で会いました」
都筑が質問をしてくる前に、答えた僕にそうなのかと呟いて立ち上がり、ちらりと多々良の方へ視線を向けてすぐに下げた。
その様子は明らかにこの状況に多々良が関わっていると思わせる。
「で、これは一体どういうことなんですか?」
知哉なら、きっと何かしらの理由を付けて多々良をこの場からスマートに退場させるのだろうが、あいにく僕にそれは無理。
それに、多々良が関係あるならば多々良にも聞く権利はあるだろう。
都筑が話すのを渋っていると、多々良のおばさんが多々良に奥へ行くように言い、明らかに多々良をこの場から立ち去らせようとしていた。
「二人の態度を見れば多々良が関係しているのは一目瞭然です。なのに、当の本人をこの場から払ってしまおうというのはなんだか違う気がしますが」
「貴方、部外者でしょう? 部外者は黙っていてほしいわね」
当然といえば当然の言葉であり、ありきたりな返事。
僕がわかりましたと頷いて外に行こうとすれば、多々良が僕の腕を掴んで首を横に降った。
「いいえ、彼の言う通りよ、おばさん。私の事なら私が居る所で話して。第一、琢磨がこんな状況なのに何も聞かされないなんて納得出来ないわ」
「幸ちゃん」
しっかりとおばさんの瞳を見据えて言う多々良の、僕を掴んでいるその手はかすかに震えている。
震える手で僕を引き止めたということは、ここに居ろという事だろうと解釈して、僕は外に出ようとしていた足を止めた。
おばさんも多々良の表情を見て観念したのか、都筑を見つめて頷く。
「俺、やっぱり幸とは仲良くしたかった。だから、あっちゃんのアドバイス通り、思い切って親父に聞いてみたんだ」
そう言って語り始めた都筑の口から出てきた内容は驚くことばかりだった。
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