第13話
休みの日は少し遅く起きる。
寮の決まりで六時起床だったりするが、食堂を使わないのであればそれは無視してもお咎めは無かった。
部活に熱心な連中は土日だろうと祝日だろうと学校に行って部活動に勤しむ。
当然、僕はそんなことはせず、寮を出たらコンビニでおにぎりを買い、軽く腹を満たして古本屋へと向かった。
小遣いの少ない僕にとって、この本屋は数少ない立ち読みが出来る店。
数冊の漫画を立ち読みし、適当にふらついてから寮に帰宅する。
だが今日は、数冊の漫画を読みふらついた後、路地を入って例の場所へと向かった。
入り組んだ路地の記憶をたどりながら歩いて行けば、人工的な街の風景から自然の風景へと変わり、気持ちが良いほどに開けたあの場所にやって来る。
風が走り、なぜだか大きく深呼吸をしたくなる風景。
「なんだ、来てないのか」
見回してみたが人の姿は無く、僕は以前、多々良が腰をおろしていた場所に座った。
あの時は夕方だったのもあって、あまり良く見ていなかったが、ここからの景色は清々しい気分にさせてくれる。
街が一望でき、毎日何となしに通っている学校が小さく見え、近くて広い空がどこまでも続いて気持ちいい。
学校の屋上など比べ物にならないくらいの開放感で大きく伸びをすれば、背後から笑い声が聞こえて振り向いた。
「多々良か。呼び出しといて来ないのかと思ったけど来たんだ」
「多々良かって。どうせ呼び捨てにするなら幸にしてほしいわ」
大きなバスケットを抱え、少し呆れたようなため息をつきながらも笑顔で言う多々良は横に腰をおろしてじっと僕を見つめる。
「何? 顔に何かついている?」
「ついてないけど、何かいいことあった? 全然違うから」
「別に、一緒だろ」
「違うよ、眉間に皺がないもの。この前なんてちょっとしたらすぐに眉間に皺ができてこんなだったわ」
そう言って、多々良は眉間に皺を作って睨みつけるような表情になった。
「そんな顔してないだろう」
「していた、自分でわかってないなら相当よ」
「面倒事ばっかりだったからじゃないのか。ホント、都筑と言い多々良と言い、面倒が多いんだ」
「今日は面倒がなくってリラックスって所? 言葉使いまでこの間と違う」
くすくすと笑いながら楽しげに言ってくる多々良に僕はため息を吐きかける。
「何? 怒らせたいの?」
「まさか。印象が変わったのに驚いているだけ。何かあったの?」
隣で目の前にビニールのシートを広げ、パスケットの中身を出しながら聞いてくる多々良に、僕は少し迷ったが昨日の知哉との出来事を話してみることにした。
そして僕があまりその出来事が理解できずにいることを話せば、静かに聞いていた多々良は大きく笑い出す。
「ここで笑うか?」
「だって、面白すぎでしょ、そこまで自分を分かってないのって」
多々良は目の前に広げた、まるでピクニックのような食べ物を指さし、食べようと誘って更に続けた。
「だから私言ったじゃない、変わっているって」
「変わっているって。だったらあんなふうに言われないだろ」
「普通はしないことを自然にやっちゃっているのでしょ。普通じゃないなら変わっている、でしょ?」
一見理屈はあっているが、そういう風に言われて、なんというか釈然としない物がある。
「人ってさ、目に見えることが第一じゃない?」
「いきなり何、当たり前なことを」
「それを当たり前だと思えるって少ないでしょ。どんな人も中身や内容が大事だって口では言うけど結局は目の前にあることしか考えない。陰ながらの努力なんて見ている人が居てなんぼでしょ。努力も結果がでなけりゃ誰もその努力を見てはくれないわ」
多々良のいうことに僕は酷く納得できてしまっていた。
努力には報われるものと報われない物がある。
だから僕は努力は必ず報われるという言葉が大嫌いだ。
必ずなんて誰にもわからないし、報われる報われないの基準も人それぞれ。
本当言えば、報われる報われないという言い分もおかしい話なのかもしれないけど、この世界に勝者と敗者という区別があるかぎり、其れは仕方の無いことなのかもしれない。
「良くドラマとか物語とかで、人は二種類に分けられる。とか言って二つの種類に分けちゃうことってあるじゃない? 成功するものと失敗するものとかさ。あれって私に言わせれば茶番もいいところよ」
「そうかな? 結構的を射ているなと思うものもあるけどな」
「だって考えて見てよ、たった二種類よ? 人間以外の動物なら強者と弱者で分けることは出来るわ。生きていくため、力の差がモノを言う世界ですもの。でも人間はそうは行かないじゃない? 何の事柄での強者とするかで『力』そのものの意味合いが違ってくるもの。人間と一言で言っても環境も違う、当然性格も違う、見た目も違う、何通りもあるそれらを二種類で分けようというのは無理があるわ」
「でも、例えばさっきの話じゃないけど『努力をしている人』『していない人』で分けようと思えば分けられるじゃないか」
「それも基準があるじゃない。Aという人にとって十の努力が、Bという人にとっては一の努力だとすれば、Aという人は努力をしたけれどBから見れば努力をしていないに分類されちゃうでしょ。Aにとっては不満が残る分け方のはずよ」
確かに、言われてみればそうかもしれない。だが、
「そうなると、全員が全員納得するような分け方なんて存在しないってことになるぞ」
「そうよ、存在しないの。本当はね。でも人は何かを何かで分けたがるから勝手な基準を設けて分ける。視点を変えてしまえばそんな分け方に意味は無くなってしまうのに分けるのよね。で、分けられた方も別の視点で見ることはせずに分けた結果を見て納得する」
「……小難しいな、結局多々良は何が言いたい?」
「そんな中でもたまに、自然と、難しく考えること無く色んな見方をして、たった二つで分けること無く全てを行えちゃう人がいるの。それって凄いことなのよ」
そう言って多々良は僕を見つめ、にっこりと微笑んだ。
僕はため息をつきながら多々良に向かって首を横にふる。
「残念ながら僕は違うよ。常に誰かと自分を比べているし、分けているからね」
「自分と、でしょ。それは誰でもすることじゃない。私が言っているのは一方的に何も見ること無く上から勝手に分けている人のことよ」
「買いかぶり過ぎだ。僕は僕をよく知っている」
「嘘つき。知哉君に言われるまでどう思われているか知らなかったくせに」
いたずらな笑みを浮かべてサンドイッチを頬張る多々良に言い返すことが出来ず、僕もサンドイッチを手にとった。
全部自分で作ってきたのだと得意気に言う多々良。得意になるだけあってかなり旨い。
「外出することがないし、おばさんは店が忙しいからこういうことだけは上手いんだ。凄いでしょ?」
笑顔の多々良にそういえば都筑が外出させてもらえないと言っていたことを思い出した。
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