最終話

「ちょっと、いつまで寝ているつもり? いい加減に起きなさい」

 乱暴に体を揺らされる感覚に、ゆっくりと瞼を開ければ姉貴のふてくされたような顔が目に入ってくる。

 なんだか今ひとつはっきりしない意識の中、起き上がると姉貴がペットボトルの水を手渡してきた。

「姉貴が居るってことは、あの神様連中、ちゃんと願いを叶えたってことか」

「そうよ。まぁったく、元通りに戻すとか、ありえないわ」

 言われるだろうとは思っていたが、やはり俺は姉貴に文句を言われている。ペットボトルの水を口に含んで喉を潤わした後、窓の方へ行って外の景色を眺めた。荒れ果てていた街も、死体や抜け殻となっていた人も、全てが元通り。家の前にあったはずの姉貴が乗り回していたキャンピングカーも無い。

「親父達は?」

「残念ながら元に戻っているわよ。性格も全部そのままでね」

 姉貴の機嫌が悪いのはそのせいもあるようだと理解して、充電した覚えはないが充電器の上にきちんと座っているスマートフォンを開く。

 世界はいつも通りに動いていた。

 そう、本当にいつも通りに動いている。世界の会話ではあの出来事は無かったことのように現実が進行していた。

「元通りだけど、あの時の記憶はないのか」

「当然でしょ、自分が消えてまた元通りなんて記憶、残っていたら世界中で大変な事になるわよ。そうなると、あんたが望んだ『元通り』にはならないでしょ」

 なるほど、言われてみればその通りだが、あの神様がそこまで考えてくれていたとは驚きだ。

「でも、さっきからの口ぶりだと姉貴は覚えているみたいだな」

「そうなのよねぇ~どうしてか覚えているのよ。最終候補者だったからかしら?」

 結局あの出来事を覚えていたのは俺と姉貴の二人だけ。覚えているからと言って何か得なことがあるわけじゃない。

 日々の変わらない日常を送っている連中を見ているとのんきだと思うが、まぁ、それが普通だろうしあの時の記憶がある俺の方がかわいそうかもしれない。

 数日滞在した姉貴も親父への演技と母親からの見合い攻撃に退散し、これぞ日常がというのが戻ってきた。

 いつもと変わらない日常のなか、変わったことといえば、時折あの俺を閉じ込めてくれた大木の場所に行くこと。

 世界が元に戻ったからか、ここに来た所であの男に会えるわけはないのだが、最後に言わなくていい礼を言われてしまい、会えたら一言文句を言ってやろうと思って来てしまうのかもしれない。

 何より俺は今回のことで少し理解した。誰かがほんの断片でも覚えてやればそれは存在する。だから俺はあの嫌な笑みを浮かべるいけ好かない男のことを忘れずにいてやろうと思ってしまうのだ。

 誰かが覚えていれば、瞳の端に少しでも映っていれば、この世界そのものが存在できる。

 人であれ、物であれ、架空であれ。

 「認識」がなければ、それらの「存在」はあってもないものとされてしまう。当然この俺も。

 自らの存在理由を求めるならば、まずは他者の視界に入りこむことだ。特別奇抜なことをしなくても、ただその瞳の端に移りこむだけでも其れは存在として扱われる。さらに何かを求めるならば、より自分を自分として他者に見せつければいい。

 まぁ、あまり主張しすぎれば煙たがられることになるのだが、それもまた存在理由とも言える。

 元に戻った世界で俺は、今日も傍観者としての存在を自らとその他の連中に認識されて過ごすのだ。

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