第44話

「お前、彼氏なんか居たのか! っていうかどうして登紀子は驚かないんだ」

「この年頃の子に彼氏が居たくらいで驚くわけないでしょ。それに私は会っていますしね。いい子ですよ、礼儀正しくて。若い頃の貴方みたいに」

「えぇ、それなんかヤダ。浮気するって事じゃん」

「真由美! お前はどうしてそういう風に」

「そうねぇ、それは困った問題よね」

 慌てる清史とは対照的に笑いながら言う登紀子の心の中はほんの少しだけ明るくなっていた。


 翌日から、いつも通りの毎日が始まる。

 朝、誰よりも早く起きてご飯とお弁当を作り、時間になったら二人を起こす。

 同じような日常がやってきているが、それは少しの変化を起こしていた。

 洗面所での真由美の態度が明るいものになり、いただきますもごちそうさまも二人が声を出して大きく言うようになって、食器は台所の流しに運ばれるようになった。

 お弁当を渡せばありがとうという言葉が返ってくる。

 学校や会社から帰ってくると何か手伝おうかといってくれるようになった。

 小さな変化であり、他愛の無いことだが登紀子にとってはその一つ一つの行動と言葉が頑張ろうと思える嬉しいもの。

 そうした変化も日常の中に溶け込んできたある日、登紀子は清史に一つの提案をする。

「ねぇ、貴方。今度三人で旅行に行きませんか?」

「旅行か、三人でなんて何年ぶりだろうな」

「この前の家出のときに予定より早く帰ってきちゃったから宿の人が特別に残りの期間分、事前に言えば宿をとれるようにしてくれているの。今度、貴方が休みのときにどうかしら」

「家出のときか。そういえばお前、あの時どこに行ったんだ?」

 清史の言葉に登紀子は笑顔で「私の家族のところよ」といい、清史は登紀子にそんな家族なんか居ただろうかと首をひねりながらも、休みが取れるようにしっかり仕事をこなすからちゃんと真由美にも行って予定を組むぞと少し楽しげに声を弾ませた。



 あれから母さんはダイエットを始めた。

 綺麗になるとかそういうのに興味は無いらしいけれど、せめて父さんを幻滅させないように努力だけは怠らないことにしたらしい。

「お父さんも努力をしてくれているんだもの、お母さんだってしなきゃ駄目でしょ」

 そういって頑張って体重計に乗っては一喜一憂している。

 それに父さんのセックスにも出来るだけ応えられるようにと努力しているみたい。

 父さんもちゃんと母さんの気持ちを汲んであまり無理強いしないようにしているみたいだし、本当の意味での夫婦になれるかもしれないわねと母さんは少し嬉しそうだ。

 ただ、協力している父さんもやっぱり大変みたい。一度良い思いをしちゃったからつい思い出しちゃうんだろうって母さんは言うけどそれってどうなの? ってあたしは思っちゃう。

 男の人は一度感じちゃった快楽はそれ以上のものを経験しないと忘れることが出来ないのかしら。竜也に聞いてみたけど「僕は真由美だけだから」ってなんだか誤魔化されちゃった。

 でも、もう絶対に浮気はしないんだって。

 快楽は忘れられないらしいけど女って怖いと思ったらしい。

 一体どんな目にあったんだろう。

 それにどんなに上手い料理でも母さんの料理の旨さには適わないらしい。だから年齢の割にあふれる異常な性欲を別のことに向ける努力をはじめたんだって。性欲が無いのも大変みたいだけどありすぎるのも大変みたいね。

 あたしといえば竜也と二人でセックス初心者勉強中。

 あのことから数日後久しぶりのセックスをした。竜也もあたしも互いの体の変化を伝え合いながら、二人で互いの名前を呼び合いながら、心も体も通じるようなセックスにあたしは始めて気持ち良いと思えた。

 母さんは心のつながりだけで十分って言っていたけど、やっぱり好きな人とは心も体も気持ちよく繋がっていたいって思う。っていうか、本当のセックスってこんなに体が喜んじゃうんだって知っちゃったし。だから竜也と二人で心も体も気持ちよくなるようにお互いを大事に、当たり前にならないように胸のどきどきを大切にしている。

 驚いたのは母さんが父さんの浮気相手と友達になっちゃったこと。

 父さんには苦い思い出みたいだから内緒にしているみたいだけど、母さんにとってはいい友人でお洒落の先生なんだって。

 最近は母さんとセックスについても愛情ってことについても話すようになった。

 必ずしも変化することが大事ではないけれど、当たり前を当たり前にしすぎてしまっては駄目なのだと母さんは痛感しているらしい。

 あたしと竜也がどうなるかは分からないけれど、あたしが母さんと父さんみたいにはならないよって言うと、母さんはあら生意気ねと笑う。

 あたしはいったいどんな恋をしてどんな愛をつむいでどんな家庭を築くだろう。

 とても楽しみだ。



 毎日続けばそれが当たり前になって、好きも嫌いも入り混じり良いのか悪いのかも分からなくなる。

 

 いろんな愛の形もそれぞれに当たり前になりすぎると分からなくなる。


 他愛ない毎日の出来事の積み重ねの日常。

 もう一度、見つめなおしてみれば当たり前の中にある愛を、忘れかけていた何かを見つけることが出来るかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

各家族。 御手洗孝 @kohmitarashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ