6

 頭を撫でられること暫く。さて、とフィナ姉が言葉を始めた。


「お腹は空いているかな?」

「んっ」


 その質問に対してボクは素直に、そして迅速に頷いた。


 腹ぺこという訳ではなかった。しかし、食への興味が大いにあったのだ。


 ボクはあまり食べる事が好きじゃなかった。匂いだけしか分からないものを口に放り込む感覚。それはあまりよろしいものでは無い。美味しそうな匂い、というものは理解出来たが、それ以上は分からないのが現実だ。オールウェイズ闇鍋、と言っても過言では無いかもしれない。


 そんな食事だが、今は目で見て食べられるのだ。これに興味を持たない理由がなかった。


「あーそう言えば。ユキはお肉を食べれるのかな?」

「ん、もちろんっ。鶏肉が一番好きだけど他の肉も好きですっ」


 因みに、違いはあまりわかってない。鶏肉がやわっこい事だけは知っていて、柔らかい鶏肉が好きっていうだけ。


「そっか、食べれるんだ。そっかそっか。うん、良かった」


 フィナ姉はやけに嬉しそうな顔を浮かべた。ボクが肉を食べられる。そんな事で喜んでいたとは露知らず、ボクは疑問符を浮かべることしか出来なかった。


「それじゃ、席に着いて待っててねぇ。ちゃっちゃと作るからさ」


 それからフィナ姉は台所へと向かった。足取り軽く、という表現が似合う後ろ姿がボクの目に映る。


「ん。何か手伝う事は······」

「お、手伝ってくれるのかい。優しいねぇ。ならお皿を並べてもらおうかな」


 その背に声を掛けるとフィナ姉は振り返った。そして笑みを浮かべる。


 指示の下食卓に食器を並べていく。こういった手伝いも昔は出来なかった。完全にしてもらう側だったボクにとっての初お手伝い。感謝の言葉は気持ちよかった。


 それらを済ませてから席に着いた。椅子は3つあったが、フィナ姉にどれでも良いよ、と言われたので適当に。


 少し古びた木製の椅子。座り心地はとても良かった。ただ、ボクには若干高過ぎたようで足がブランブランと浮いてしまっていた。


 足を揺らしてフィナ姉の調理を待つ。タンッタンッタンッという野菜を切る音。ジュージューという肉が焼ける音。カチャカチヤャという何かを混ぜる音。それらに耳を傾けながら出来上がりを待った。


 暫くすると香ばしい匂いが部屋に充満し始めた。料理の歓声も近いらしい。


「お待たせ」


 フィナ姉が料理の乗った皿を机に並べていく。サラダにスープ、パン、そしてメインである肉料理。所謂ステーキと言うやつだ。綺麗に焼き目が付いたそのステーキからは肉汁が溢れ出ている。見るからに美味そう。初見だが、その威力は絶大だった。くぅ〜、と小さく腹の音が鳴ったのだから体は正直と言えるだろう。


「ん!」

「それじゃ食べようか」


 フィナ姉はボクの対面に位置するように椅子をずらして座った。それからボクは手を合わせる。


「ん、いただきますっ!」

「召し上がれ」


 サラダやスープも食べたい気持ちはあったが、やはりボクの意識を集めたのはステーキだった。食べる順番なんて知ったこっちゃない。ナイフとフォークを持ち、そのステーキに飛び付いた。


 しかし上手く切れない。キコキコとナイフを動かすも上手く切れなかった。そんなボクを見てフィナ姉はくすくすと笑う。


「ユキ、それ持ち方を逆にした方がいいよ。ナイフが右手でフォークが左手ね」

「ん?そうなの?」

「そうだよ。ほら、見ててね」


 フィナ姉がナイフとフォークを上手に扱って肉を切り、口へと運んだ。小さく口を動かしてから飲み込む。何とも美しい食べ方だ。


 ボクも見様見真似でやってみる。持ち方を逆にし、ナイフを右手にフォークを左手に。そしてフォークで肉を押さえ、ナイフを動かす。確かにさっきよりは切りやすい。しかし、フィナ姉のようにはいかなかった。


 それでも何とか、不格好ながらも肉を切れた。その一切れの肉を口へと運ぶ。


 その肉はべらぼうに柔らかい、口の中で溶けた、という程のものではなかったが、ボクの顎と歯で十分に噛み切れるものだった。脂身は少ない。肉肉しい少し臭みのある肉。それは嫌悪感を抱くものでは無い。調理である程度消されており、旨味として引き出されている。


「ん、美味しい!」

「ははは、気に入ってくれたなら良かったよ」


 ボクは更に一切れ口へと運んでその肉を味わった。その旨味を堪能しながらパンを食べる。これはもちもちで柔らかい。若干の甘みがある白パンだ。


 それからサラダやスープにも手を付けた。新鮮な野菜を使ったサラダも、よく煮込まれたスープも美味しかった。


 ふと顔を上げると、いつの間にかフィナ姉がワインを飲んでいた。当時ボクはぶどうジュースかと思っていたのだが、アレは確実にワインだ。それも結構度が強いやつ。それをグラスに注いで飲んでいた。


 ボクはボクでジュースを飲んだ。これまた新鮮な果実をふんだんに使ったもので、とてもサッパリしていて美味しかった。


 最後にジュースを飲み干して完食する。


「んー、ごちそうさまでした」

「お粗末様。綺麗に食べたねぇ」


 ペロリと食べれてしまった。これにはボクも驚いていた。というのも、前までは食が細い方だったのだ。


 それ以上に考えるのは辞めた。答えが出るとは思えなかったからだ。


「ん、そう言えば」

「どうした?」

「ん。なんで皆ボクらのことを見ていたの?」


 まだ食事を摂っているフィナ姉に訊ねた。村の中で視線を集めていたことに関してだ。あれは異様な目線だった。何か理由があるに違いない。


 するとフィナ姉の顔が少し暗くなった。その事に気付き、聞かなければよかったかも、と考える。しかしフィナ姉が口を開いた。


「ああ、私が少し異端な存在だから、かな。でもあんなに見られたのは久々だよ。あれはユキが原因だろうねぇ」

「ん?ボクなの?」


 注目された原因とやらに心当たりが無く、ボクは首を横に傾けた。するとフィナ姉がボクの頭へと手を伸ばす。そして優しく髪の毛に触れた。


「そうさ。この美しく、そして珍しい髪色が人目を集めたんだよ」

「ん?珍しいの?」

「あぁ、とってもね。少なくとも私は見た事ない髪色だ······と言っても、私はこの森から出た事ないからあまり知らないんだけどね。あはははは」


 フィナ姉は笑う。顔色に変化は見られないが、少し酔っているのだろう。ただ、若干無理したような笑いでもあった。その事に気付いていたものの、なんと声をかければいいか分からなかった。


 そしてまたワインを呷る。ボクは黙ってフィナ姉を見つめた。


「ん、森から出ないの?」


 ボクはそう、訊ねてしまった。ボクの言葉にフィナ姉は動きを止めた。口に付けていたグラスを机に置き、ボクに向き直る。


「ユキ」

「ん······」


 名を呼ばれ、少しだけ緊張する。聞いてはいけない質問だったか、と再度後悔した。


 ボクらは見つめ合った。しかし、ボクには耐えきれず、視線を下へと落としてしまう。


「それは名案だねぇ。あはは」


 フィナ姉は笑いながらポンポンとボクの頭を撫でた。見上げてみてれば変わらぬ表情だ。口調も変わっていない。少し陰ったように見えたのは、聞こえたのは気の所為だったのかもしれない。


「私がそれを決心したら、ユキは着いてきてくれるのかな?」

「ん!もちろん!ボクはフィナ姉に着いていきますっ!」

「そっか。ふふ、ありがとねぇ、ユキ」


 優しく頭を撫でてくれる。ボクよりも少し大きな手で上から下へとゆっくりと、そして何度も。撫でられると安心する。


 ボクの言葉は本心だった。今日知り合ったこの人に着いていく。その気持ちはボクの中で確信めいたものだった。

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新進気鋭パーティの雑用係が追放されて盲目剣聖様の世話係になるお話 めぇりぃう @meiry

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