プリンを食べたのは

ten10

プリンを食べたのは

「我のプリンを食ったのは誰だ!」


 そんな王様の怒号が聞こえてから早2時間。未だに王様の怒りが収まる様子はありません。

 城一番広い大広間には大臣や執事などの重要ポストの人間から、王様と面識のないような馬車小屋水汲み代理補佐見習いまでの末端の人間までが集められている。その数は五百。いくら城一番広い大広間でも、斜めにして歩いた弁当箱のようにギュウギュウ詰めである。

 普段椅子にふんぞり返ってばかりの大臣などは既に立ちくらみを起こし床に尻をついている。

「王様! 王様! いったい何があったのでしょうか!」

 馬車小屋水汲み代理補佐見習いの少年が両手と声を大きくあげた。

「ええい、貴様は何も分からず2時間も突っ立ってたのか!」

「すみません! 俺の位置、凄く王様から遠くて! 今も蚊の鳴くような、むしろ蚊の屁程度の声しか聞こえません!」

「誰の声がおならだ! もっと良い例えがあるだろう!」

 城一番広い大広間、一番後方にいる馬車小屋水汲み代理補佐見習いは王様から300mは離れているだろう。

「ならば馬車小屋水汲み! 貴様にも聞こえるように話してやろう!」

「馬車小屋水汲み代理補佐見習いです!」

「馬車小屋水汲み見習い! 貴様にも」

「馬車小屋水汲み代理補佐見習いです!」

「馬車小屋水汲み補佐代理見習い! 貴様」

「馬車小屋水汲み代理補佐見習いです!」

「ええい、うっとしい! 執事長、今すぐこいつを御者まで格上げしろ! 今から貴様は御者だ、いいな!」

「ありがたき幸せです!」

 見事に三か四かあるいはそれ以上の昇進を少年が果たしたところで、王様は自分の身に降りかかった不幸を妻が死んだ時以上の大粒の涙を零しながら語り出した。

 王様は普段から自分の舌をよく自慢している。もちろん形のことではない。むしろ形としては舌が長すぎて、はっきり言ってキモい。

 自慢してるのは味覚のことである。国内一、いや世界一のグルメを自称するだけのことがあって唯一無二の舌をお持ちである。

 そんな王様。実は夜な夜な調理室に忍び込み夜食を食い漁るという悪癖がある。王様なんだから堂々と食えばいいのに。まるでネズミだ。はしたない。恥を知れ。

 そして昨晩。いつもの如く恥知らずの王様が調理室に入り、その類稀なる舌に合うものを探していたところ。調理室の倉庫の棚の奥の奥の奥の埃のかぶった隅の方に3つのプリンがあったのだ。

 これだけ厳重に隠してあるということはさぞかし美味に違いない。そう確信した王様はその内の1つをパクリ。食べた瞬間あらゆる感動に包まれた。

 残りは2つ。すぐに全部を食べてしまうのはもったいないとして、その晩はそれで撤退。しかし翌朝になると、その2つが消えてしまったのだという。それで王様はこうして城中の人間を集めて大騒ぎしているということだ。

「あれだけ美味しい真っ黒なプリンだ。ひとつは食べてしまっても、もう一つはあとで食べようと残すか、売り払う為に隠しているはずだ。だがそれはならん。あんなに美味なるものは我の舌にこそふさわしい」

 王様のうるさいだけの怒号とありがたくもない説教を聞いてるうちにメイドのひとりが泣き出してしまった。まあ正直に言ってしまえば、この泣き出したメイドが犯人である。

 もちろんメイドは食べていない。調理室の清掃中、埃のかぶった真っ黒なプリンをゴミと勘違いして捨ててしまったのである。

 ここまで言えば勘の良い人なら分かるだろうが、王様の類稀なる唯一無二の舌は何も美味しいものに反応してるわけじゃない。腐ったものを最高に美味しいと勘違いするように出来ているのだ。そんなポンコツは確かに類い稀で唯一無二だ。むしろ他にあってたまるか。

 そしてお察しの通り、プリンも腐っていた。調理室の倉庫の棚の奥の奥の奥の埃のかぶった隅の方で、誰からも忘れられて残っていたのだ。これにはどんな料理でも作れると豪語するコック長でもお手上げである。いつから放置されてたかも分からない腐ったプリンをどうやって作ればいいのか。

「いっそ王様にアレはゴミだったと打ち明けるのはどうですか」

「それはマズイですぞ。それだと王様に自分の味覚が世紀末級のバカだと教えることになる。あれだけ世界中で自分の馬鹿舌を自慢しているのだ。ショックで心臓が止まりかねん」

 執事長とメイド長がコソコソと耳打ちをしている。しかし解決策は未だ思いつかず、ウロウロと問題の出口を探すばかりだ。

「王様! 俺知ってます!」

 またまた元馬車小屋水汲み代理補佐見習いの少年が声を上げた。

「どうした、馬車小屋水汲み代理補佐見習い。どうだ、言えたぞ!」

「今は御者です!」

「うるさい、御者。いったい何を知っているというのだ」

「真っ黒なプリンの在り処です」

 御者の一言で大広間は静けさに包まれた。何故御者の少年が知っているのだ。

 実は御者は城内で出た食べ物のゴミを家畜の餌の足しにしていたのだ。そして腐ったプリンも一応は食べ物のゴミ。いやどう見ても単なるゴミなのだが、御者の目には食べ物のゴミ程度には写ってくれたのだろう。御者は腐ったプリンを回収してくれていた。

 王様に命じられ、急いで真っ黒なプリンを持ってきた御者。コック長が用意した豪華絢爛なお皿の上に乗る腐ったプリン。ああもったない。これだけで市場価値は半分に下がった。もちろんお皿の価値の方だ。腐ったプリンは元々がゼロなのに半分もなにもない。

「よくやったぞ、御者。ここにはプリンが2つある。褒美にひとつくれてやろう」

 王様と真っ黒なプリンを前にして御者は首をゆっくりと横に振った。


「いいえ、王様。俺の舌は王様の味覚の位置から一番離れている自信がありますので」



〜終〜

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