第2話 人間《ヤフー》
雨音がやまない焼け落ちた教会の中、屋根がない場所では床が水浸しになっている。しかし教会の奥の女神像の前は屋根も綺麗に残っていて水溜まりも出来ていない。そこにロングコートを着た1人の少年が女を見つめていた。
「あら、綺麗だなんて嬉しい事言ってくれるじゃない!ギャル?て言うのがちょっと分からないけど、とりあえずありがとね!」
少年に向けられていた正規軍人でも一瞬で吹き飛ばせるほどの魔力を込めた右手をゆっくりと下ろしながら女は言った。
「それより、あなたはこんな場所で何をしているの?見たところ軍人ではなさそうだけど、その衣装は民間人でもなさそうね。だいたいここは立ち入り禁止区域よ?どうやって入ってきたの?」
少年はぼーっとした表情でこちらを見つめたまま口を開かない。敵意は無さそうだがここはオシウス街からはるか離れたヨルガンの森。魔獣が徘徊するこの森は余程の強さを持つか、それなりの装備を整えなければ森に入った途端に魔獣に食べられてしまう場所。
さらに気がかりなことが魔力察知にも引っかからなかった事実。女は女神像の前でしゃがみこむ少年に近づいてロングコートをそっと触る。
「この服が魔力察知を妨害してた?って訳ではなさそうね。」
ロングコートには魔力察知を妨害する能力、というか何も魔法が付与されていない。この装備じゃまるで話にならない。裸で魔獣のいる森に入ってきたのと同じだ。女は服を触りながら不思議そうな表情を浮かべていると。
「あのぅ、ずっと何されてるんですか?というかここは凄いセットですね!教会のセットみたいですけど、なんで俺はここにいるんですか?」
女はまた不思議そうな顔をしながら少年を見つめた。
「それはこっちのセリフなんだけど?さっきから何を言ってるの?埒が明かないからひとまず私の質問に答えなさい。」
「はぁ…?」
「返事は!!」
「あ、はい!」
「よろしい。まずあなたはどこから来て何しにここにいるの?」
「えぇーっと、確か今は日本にいて、それでトラックがこっちに向かってきた所までは覚えてますが、なんでここにいるんでしょうかね?」
少年は少しヘラヘラして頭をかきながら答えた。
「日本?トラック?あなあ何を言ってるの?もう結局埒が明かないわね。ふざけているのかバカなのか知らないけどもういいわ。」
少年のことはいささか気になる点が多いが敵意は全く感じられないのでまひとまず置いておく事にした。それよりも女はどうしても気になる事があった。全く魔力が感じられない。この世界の生き物は全て、魔力が微弱ながら存在する。しかしこの少年からは全く感じられない。
見た目は魔法使いだがロングコートにも魔力妨害の付与はなくただ何も感じられない。
女は少年の頬をそっと触った。
「というか、あなた魔法使い?触ったこの感触。まさか
ヒトの形をした人ならざるもの。文献には乗っているが見た目はまるで人では無い。しかしこの少年からは人であるための魔力が感じられない。
「あのぅ、とりあえずよく思い出せないのでそれは置いといて、お姉さんはどなたですか?」
少年の頬を触っていた手をサッと離して2.3メートル後ずさりする。
もし
「わ、私はアリス・スカーレットよ。皆はスカーレットと呼ぶわ。」
「へぇーアリスさんですか!俺は龍也と言います。よろしくお願いします!」
龍也はすっとアリスに手を出して握手を求める。
「いや、スカーレットだから、ちょっとアリスは気に入ってない名前だからスカーレットと言いなさい!」
「えぇー、見た目も綺麗だしその綺麗な金色の髪色はアリス!って感じがして似合ってますよ!」
「う、うるさいわね!まぁ、ありがとね!」
綺麗と言われて少し照れながらアリスは龍也と握手をかわすが、龍也の手からはやはり魔力を感じず冷たい。まるで動かなくなったゴーレムと握手をする感覚だった。
「あなた、やっぱり冷たいわ。本当に何者なの?それにこの教会で一夜を過ごすだけの関係なんだから、それだけは忘れないこと!あと、変な事したらその場で殺すからね?」
「変なことなんてしませんよ!ちょっとこの状況が本当によくわからないですがこちらをよろしくお願いします!それよりもアリスの方が冷たいですが大丈夫ですか?」
それを言われてふと自分が雨ざらしでほとんど不眠不休でここまで来たことに気づいて、緊張のいとが切れたかのように龍也の方へ倒れ込む。
「ちょっと、アリス?変なことするなって言っておいていきなりこれは!ダメだって!…ってアリス?大丈夫?おい、大丈夫か?」
アリスの疲れがピークに来たのか龍也に倒れ抱きつきながら動けなくなってしまう。
「ごめんなさい、ちょっと疲れたみたい。このまま休ませて。これ以上変な事したら許さないけど、この体勢は許すから。」
「あはは、まぁ体に抱きついてくれてるし手は動くからまぁいっか、あのー、髪を触るのはダメですか?」
「ダメっ!殺すよ?」
「あ、はい。ごめんなさい。」
龍也よりは1つ2つ年上の様に見え、綺麗なお姉さん、いや綺麗な先輩のようなアリスは体を小さくさせながら龍也の腰の当たりをぎゅっと抱きついている。体は冷えきっていて小刻みに震えているのがわかった。
「俺もアリスに色々聞きたいことがあるんですが、それは明日にしますね。ゆっくり休んでください。」
「あんたみたいなヒョロい奴に言われるのなんか腹立つけどそうさせてもらうわ。」
アリスは雨音が響く教会のなか。女神像の前で静かに眠りにつこうとしていた。しかし、雨音の中には違う音が混ざったのを聞き漏らさなかった。
「ガルルルルッ!」
「ガググッ!」
「グルルルルッ!」
教会の入口には数体の中型魔獣がこちらを見ながら口から涎を垂らしていた。アリスはこの教会に結界をまだ張ってい無かったことに気づいて絶望した。
「あのぅ、アリス?なんか大きめの狼がこっち見てるんだけど、あれ大丈夫かなぁ?」
「龍也、逃げて!あなたじゃあれには勝てないわ!」
「あはは!逃げるったってアリスが離れてくれないと俺動けないんだけど?」
「無理よそれは!私も体さっきから動かないの!それに何笑ってるのよ龍也!あなた何系の魔法使えるの?あの魔獣は火が苦手だから炎系が使えればいいけど、土魔法が使えるんだったら壁を作って時間を稼いで!」
「魔法?アハハ!使えないよそんなのは!そんなものがあったら化学なんていらなくなっちゃうし!アハハ!」
「何言ってるの!?それに魔法使えないって本当?もしかしてあなた本当に
魔獣がジリジリとこちらに向かってくる。通常のアリスなら片手でひねり潰せるが寒さと疲労で全く体が動かない。
さらにアリスの疲労が限界に達したのか瞼が重くなってくる。
「龍也、本当に逃げて…」
雨音のなか数匹の魔獣の足音が一斉にこちらに早足で近ずいてくる足音が教会内に響き渡る。
「ガルルッ!」
「グルルルルッ!」
「ガヴヴヴッ!」
せっかくここまで逃げてきたがここまでか。牛の魔物、
「いやぁ、大人しくしないとダメだよ、わんちゃん。せっかく綺麗なお姉さんが寝てるんだから!」
「パンッ!パンッ!パンッ!」
乾いた破裂音が教会に響き渡ると同時に魔獣の声が収まった。
魔力ゼロの神殺し デンチュウ @dencyu
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